第十四話 命に代えましても
「何故すぐに報告しなかった!」
「も、申し訳ございません。妃殿下から固く口止めを……」
「言い訳はいい!」
俺はサッちゃんの侍女二人から話を聞いて激怒していた。サッちゃんはここ数日昼食にも夕食にも顔を出していなかったのだ。しかしこの侍女たちからの報告では体調を崩して床に伏せっているということだった。俺も他の皆もそれを信じていたのだが、さすがに三日間も顔を見せないのが心配になって見舞いに来てみたら、サッちゃんは城の外に出て帰ってきていないと言うのだ。
「それで、サトの護衛は!」
「侍女頭のおチヨ様が……」
おチヨとはサッちゃんに限らず常に王妃の身近に付いて、色々と世話をする侍女の取りまとめ役の女性である。中でも侍女頭である彼女は、ユキたんやアカネさんの侍女よりも地位が高い。しかしおチヨが武芸に秀でているという話は聞いたことがなかった。
「お前たち、サトにもしものことがあったら獄門では済まさんぞ!」
「陛下、どうかお許しを!」
ひれ伏してガタガタと震える二人の侍女を見ながら俺は怒りを露わにしていた。その怒りは決して彼女たちに対してだけではない。あの時迂闊にもサッちゃんのただならぬ様子に気付けなかった自分にも、言いようのない憤りを感じていたのである。
「もうよい、下がれ!」
「陛下、至急に捜索隊を結成しましょう」
「そちらの方は頼んだぞ」
俺はツッチーに捜索の指揮を任せることにした。
「ウイちゃん、いる?」
「はい、こちらに」
「サッちゃんのこと探せないかな」
「あちらが呼んで下さればすぐにでも。ですが今のところは呼ばれた形跡はありません」
「まさか命を落としたとかではないよね」
「それであればすぐに分かりますので心配ありませんわ」
よかった。ひとまず最悪の事態には陥っていないということか。
「タンバに命じてはどうじゃ?」
「タンバ……モモチ殿のこと?」
「そうじゃ。彼奴も忍び故、こういう時は頼りになるぞ」
「モモチ殿は……」
「こちらに」
「わっ! びっくりした」
俺がモモチさんを呼んでもらおうとしたら、いきなり目の前に現れたので思わず声を上げてしまった。アヤカ姫とウイちゃん以外の、ユキたんにアカネさん、それにスズネさんも同様に驚いている。
「モモチ殿、実は……」
「事情は存じております故、一言探せとお命じ下さい」
サッちゃんの経緯を話そうとしたら、モモチさんはそう言って頭を下げた。この人なんかカッコいいぞ。
「う、うむ。では……探せ」
「御意に」
そして現れた時と同じように、まるで霧の如くにモモチさんは姿を消した。
「タンバを出したからにはサト殿が見つかるのも時間の問題じゃろうな」
「ではすぐに迎えの支度をしよう」
アヤカ姫の言葉通り、翌日にはサッちゃんの居所は判明していた。しかしそこは、俺たちが簡単に迎えに行けるような場所ではなかったのである。
「申し上げます!」
そこはオダ帝国との国境、トリイ・タダモト侯爵が統治する城下町カイである。彼は俺よりは少し背が低いもののがっしりとした体型で、頭はきれいに剃っているが豊かな口髭を蓄えていた。
このトリイ閣下にはすでにモモチさんから事情が伝わっており、俺たちは彼の案内で国境が広く見渡せる砦に身を置いていた。サッちゃんはこの向こうに渡ってしまっていたようだ。
「何だ!」
「オダ国からの使者が開門を求めております!」
遠見鏡を覗くと、確かに門の向こう側に二人のオダ兵と思われる男が立っていた。
「陛下、あちらをご覧下さい」
傍らのトリイ閣下がその門の先を指差した。門からの距離にして約二百メートルほどだろうか、そこに小さな小屋が建てられているのが見える。
「モモチ殿の話では、サト妃殿下はあそこに捕らえられているようです」
「そうか。拷問を受けた様子は?」
「魔法による警備態勢が敷かれているため、中の様子までは窺えなかったと」
ウイちゃんも同じようなことを言っていた。あの小屋にサッちゃんがいることまでは分かったが、結界が張られているのか中には入れないそうだ。
「万が一拷問を受けていたとするなら……」
「妃殿下と知った上での拷問なら開戦も止むなしかと。ただし理はあちらにあります」
身分の高い貴族、それも王妃が相手の許しもなく国境を超えたとなれば、責めはこちらにあるということである。
「おチヨはどうしている?」
「おチヨ? ああ、妃殿下の付き人でございますか。その者も共に捕らえられている由に」
「使者を通せ。余が直々に話す」
「陛下、なりませぬ。陛下が直々になど……」
「捕らえられているのは余の妻だ。道理はあろう」
「ですが……」
トリイ閣下は俺に万一のことがあったらと心配してくれているのだろう。だが、俺には強い味方がいる。
「ユキ、アカネ、スズネ、余の護衛を頼んだぞ」
「命に代えましても」
いや、そこまではいいよ。
「陛下、まさかこの期に及んでさらに妃殿下方を危険に……」
「トリイ殿、この三人はおそらく我が国のどの騎士よりも頼りになるのだよ」
トリイ閣下は俺の言葉に納得がいかないという表情だったが、これ以上国王に意見するのも不敬と考えたのだろう。渋々といった感じで俺たちを門のところまで案内してくれた。
初めての実質的な外国との折衝。しかし不思議とこの時の俺は緊張感に苛まれるというようなことはなかった。




