第十話 その悪霊顔で笑いかけられると本気で怖いよ
「ところで長屋に火を放ったのは何のためだ?」
「建て替えるためですよ。ご存じかどうかは分かりませんが、あれはいつ倒壊してもおかしくありませんでしたから」
「普通に大工を雇って壊せばよかったではないか」
「ご冗談を。それでは日数も人件費も、それから廃材の処理費もかかります。それが燃やせば一晩ですむのです。この辺りには延焼するような建物もございませんし、一番早くて安上がりなんですよ」
キザエモンと結託して長屋の住民への王国から支給された補助金を掠め取っておきながら、その上まだ経費をケチろうというのか。
俺は一旦ツッチーにこの場を任せ、マツダイラ閣下を連れてテントの外に出た。このままのらりくらりとやられては、いつまで経っても埒が明かない。そこで揺さぶりをかけてもらうことにしたのである。ウイちゃんにはゴウダの心の中を読んでもらうように頼んだ。
「ところでゴウダ殿」
「何でしょう、マツダイラ卿」
「お主、サンシュウ屋のキザエモンが捕らえられたことは存じておるか?」
「はい……はっ、い、いえ、初耳にございます」
あれ、今の受け答えは何となく不自然だったぞ。
「し、して、罪状は何でございますか?」
「直接の罪は国王陛下に対する無礼だ」
「左様で。確かにキザエモン殿はどこか横柄なところがございましたからな」
そしてホッとしているように見えたのは気のせいかな。まあこの男がやってきたことを考えると、その気持ちも分からないではないが。
「心配ではないのか?」
「そ、それはまあ、見知った者が陛下に無礼を働いたということでしたら、彼のその後が心配ではありますが」
「ほう。それ以外に心配はことはないと?」
「マツダイラ卿、何をおっしゃりたいのです?」
「何故サンシュウ屋のキザエモンが城に呼ばれたのか、というのは気にならんのか?」
「それは……」
ゴウダの目が泳ぎ始めた。これはあと少しでボロを出しそうな雰囲気である。そう思ったところでゴウダの背後に薄らとウイちゃんが現れ、俺に大きく頷いて見せてくれた。その様子は当然マツダイラ閣下にも見えている。
「実はゴウダ殿」
「はい」
「其方が名を挙げたトウジロウとサブロウタだがな、彼らも捕らえられているのだよ」
「はあ」
「それとユウノシンという男もだ」
「ユウノシン? はて、そのような名は存じておりませんが」
ユウノシンは口を割っていないが、ゴウダの指示でキザエモンの手先であるトウジロウたちに手を貸していたことは間違いないだろう。だとすると、少なくともキザエモンと共に長屋の住民を苦しめていた罪は償わせなければならない。後はこの男が本当に付け火を前もって知らせようとしていたか否かである。
ところがここでウイちゃんが俺に目配せしてきた。テントの外に来いという意味である。それに従った俺と、俺に付いてきたユキたんとアカネさんは彼女の言葉を聞いて怒りに打ち震えた。
「あのゴウダという人はキザエモンが捕らえられたこともトウジロウ一味が捕らえられたことも存じておりましたわ」
「そうなの?」
「それどころか長屋に火を放ったのは保身のためだったのです」
「ど、どういうこと?」
ウイちゃんによると、始めキザエモンが捕らえられた理由が分からなかったゴウダは、補助金の着服がバレたかも知れないと考えたそうだ。そこで一気に証拠隠滅を謀ったらしい。キザエモンが何と言おうと、住民たちの口を封じてしまえば後はどうとでも言い訳が利くと思ったようである。
「何て身勝手な……」
「自分の身を護るためなら人の命などどうでもいいということですか」
ユキたんもアカネさんも声を震わせながらテントの方を睨みつけている。あんな男のせいで、慎ましやかな生活を送っていた母娘が落とさなくていい命を落としたのだ。ウイちゃんの言葉によってゴウダを裁くのに証拠は十分に揃ったが、その前に俺はもっと奴に恐怖を与えたいと考えていた。そうでもしなければおタエとその母親が浮かばれないからである。
「ヒコザさまのお考えはよく分かりました」
「ウイちゃん、何かいい方法がある?」
どうでもいいけどまた俺の心を読んだな。
「少し考えてみましょう」
そう言った彼女だったが、すでに何かを思いついていたのだろう。俺を見ながらニヤリと笑っていた。
ウイちゃん、その悪霊顔で笑いかけられると本気で怖いよ。俺は背筋に悪寒を感じずにはいられなかった。




