第五話 ま、待て、私の負けだ
ゲンスケ長屋、そこは城の北に位置する貧しいカザト村の中にある。村は城から歩いて小半刻、だいたい三十分もかからない位置にありながら、岩だらけの土地に囲まれて開墾も進まず、村人は食うや食わずの生活を送っていた。
「どうしてここの人たちは引っ越して別の、もっと豊かな土地に住もうとしないのかな」
「それは私も知らないけど、確か村には王国から補助が出てるって侍女の子が言ってたよ」
俺の疑問はユキたんもアカネさんも同様のようだった。しかし補助をもらって生活出来ているなら、貧しくてもその土地にある愛着を捨てられないという気持ちも理解出来る。
「それにしてもこれは……」
俺は長屋の建物を見て絶句していた。平屋建ての六軒長屋が二棟向かい合わせに建っているのだが、どちらもいつ倒壊してもおかしくないというほど朽ちていたのである。それでもここに人が住んでいるのは間違いないようだ。何故なら数人の子供たちが水汲みをしたり遊んだりしているからである。
「いや! 離して下さい!」
「るせぇや! 溜まった家賃を体で払わせてやろうってんだ。ありがたく思いやがれ!」
そこへ一番奥の家の引き戸が開けられ、中から若い女の子が屈強そうな男に引きずり出されてきた。驚いた子供たちは一斉に自分の家に逃げ込んでしまう。
「お願いです。あと少しお待ち下さい。私が連れていかれたら病気の母が……」
「知るか! 嫌なら今すぐ家賃を払いな」
酷いことをするものだ。しかし家賃も払えないほど困っているなら、どうして王国に助けを求めないのだろう。タケダは決して貧しい領民を見捨てない国だと聞いていたのに。
それはともかく今は目の前のこの事態を見過ごすわけにはいかない。俺はユキたんとアカネさんに目配せし、揉めている彼らの許に向かった。
「おい、乱暴はよせ」
「何だぁ? けっ! 貴族様かよ。悪いがアンタらには関係ねえこった。こんなところにいねえでどっかに行ってくれ」
男は俺たちが帯刀しているのを見て、憎々しげにそう言い放った。むろんそんな言葉に従うつもりはない。
「そういうわけにはいかない。その娘を離してやれ」
「お言葉ですがねぇ、貴族様。あっしらも溜まった家賃を回収するか、この娘を連れて帰るかしねえと親分に半殺しにされるんでさぁ」
「娘を連れていくというのは解せんな。見ればまだ十五かそこらの娘に貴様、何をさせようというのだ?」
「そいつは言えませんやな。もっとも言ったところでこちとら法に触れるようなことは一つもしちゃいませんがね」
男の言う通り、その家の者が成人さえしていれば、借金の形に奴隷として働かせることを禁じた法はない。金を返さない方が悪いという考え方である。だが目の前の娘が連れていかれると、彼女の病気の母親が困るのは事実だろう。
「なるほど。溜まった家賃というのはいくらだ?」
「はい? 貴族様が肩代わりなさるんで?」
そこで男はいったん娘を離し、俺の方に寄ってきてジロジロと品定めを始めた。
「家賃は三月分で大銀貨三十枚、それに利息諸々で合わせて小金貨二枚ってとこですわ」
小金貨一枚は大銀貨二十枚に相当する。三月で大銀貨三十枚ということは家賃は一月十枚、つまりこの男は三月分の家賃滞納の利息を一月分もせしめようとしているのだ。
「ずいぶんと高い利息だな」
「馬鹿言っちゃいけませんや。この利息にはあっしらの取り立て手数料も入ってるんですよ。人件費ってのは高いもんなんですぜ。それに証文にもちゃんとこの通り書いてありやすからね」
目の前に広げられた証文には確かに利息のことも、払えない場合は家人が奴隷として働いて返すとも書いてあった。
「これでお分かり頂けやしたか? 分かったらとっととお引き取り願えませんか」
「貴様、その物言いは無礼討ちするに十分だと思わんのか?」
「あっしを無礼討ちになさるんで? ですが貴族様、そちらが先に死んじまったら何にもなりませんぜ。先生!」
男が大声で叫ぶと、奥の家から剣術士らしき浪人者が出てきた。左の腰に大刀と脇差が一振りずつ、いわゆる二本差しというやつだ。ということはこの浪人も貴族である。
「先生はここらじゃ少しばかり有名な剣術家でね。今すぐ立ち去らないとおっしゃるなら貴族様に明日は来やせんぜ」
「アカネさん、お願い」
「はい、ご主人さま」
「女に相手をさせるとは舐めたことを。先生、やっちまって下さい!」
男の言葉に肯いた浪人は、ゆっくりと刀を抜いて対峙するアカネさんに向けそれを上段に構えた。対するアカネさんは柄に手を添えてはいるがまだ刀を抜いていない。だが、二人はそこで時が止まったかのように一歩も動こうとしなかった。
「先生どうしたんです? 早く三人とも斬っちまって下さいや」
「黙れ! この女……」
「どうされました? 来ないのならこちらから行きますよ」
言うとアカネさんはぐっと柄を握り、ほんの少しだけ腰を落とす。その瞳からは普段のおちゃらけた色が完全に消えていた。
「ま、待て、私の負けだ」
「せ、先生?」
浪人はアカネさんの醸し出した殺気に完全に飲まれたようだった。それでもなお、アカネさんは柄を握ったまま彼から目を逸らそうとしない。そこでようやく浪人は振り上げた刀を腰の鞘に収めた。
「畜生! 覚えてやがれ!」
男がそう捨て台詞を残して立ち去ろうとするのを、俺はユキたんに目配せして行く手を遮ってもらった。コイツらをこのまま逃がすほど俺たちは甘くないのだ。
「貴様は無礼討ちだ。だがその前に聞きたいことがある」
俺は自分の刀を男の喉元に突きつけ、青ざめていくその顔色を眺めていた。




