第十三話 余の命を狙った者にかける慈悲はない
「ユキ、アカネ、スズネ……」
俺は用心深く三人の妻たちの許にしゃがみ、それぞれの猿ぐつわを外して抱き起こした。
「陛下、申し訳ありません」
「よい」
そしてまずユキたんを抱きしめる。
「スズネを抱きしめた時が合図だ」
彼女の耳元で囁くと同時に、俺は縛っていた後ろ手の縄を懐剣で切る。それだけで分かってくれるのはさすがユキたんだ。彼女は小さく頷くと、俺の頬に口付けをしてくれた。次はアカネさんの番である。
「俺の腰にあるのは」
「分かってます」
抱きしめたアカネさんの縄を切ると、彼女も俺の頬に口付けをする。大丈夫、まだ気取られてはいない。
「スズネ、分かっているな?」
「はい、陛下」
スズネさんの真っ直ぐな瞳を見て彼女を抱きしめ、その縄を切ったところでユキたんが素早く傍にあった自分の刀を手に取った。疾風迅雷とはまさにこのことである。彼女は呆気に取られる暇も与えずに、すぐさま敵の忍者の首をはね飛ばしていた。
「謀ったな!」
ハットリが矢のような勢いで俺の方に向かって突進してきた。その刀は忍者刀、突きを得意とする武器である。懐剣しか手にしていない俺には到底さばききれるものではなかった。しかし――
「あなたの相手は私です」
俺の前に立ち塞がり、ハットリの突きを弾いたのはアカネさんだった。彼女の手にはまだ刀は一振りだけだったが、腰には俺が持ってきた仕込み刀が差されている。
「小娘の分際で、このハットリ・ハンクロウに勝てるとでも思うのか!」
「やってみましょうか?」
そう言うとアカネさんは腰の鞘を上からポンと叩く。これで鞘の上下が入れ替わり、そこからもう一本の刀が登場というわけだ。
「仕込み刀……だと? はっ、まさかお前!」
「我が奥義を見て生き延びた敵はおりません」
「くっ! どうせハッタリかイカサマだろう。人質がどうなっても……?」
その時すでに人質を脅していた敵の忍者共は、全てユキたんとスズネさんによって倒されていた。ババさんはタケダの姫二人を取り押さえ、スケサブロウ君はきちんとおナミちゃんを護っている。スケサブロウ君、やっぱり役には立ってくれなかったね。
「無残に殺された衛生班の騎士殿とスノーウルフの仇です」
アカネさんが二本目の刀に手をかけた時、ハットリが決死の形相で突きを繰り出してきた。しかしその突きは彼女に届くことはなく、一の太刀で弾き上げられる。次いで放った二の太刀はがら空きとなった彼の胴を真っ二つに切り裂いていた。ちょっとこの光景はエグいよ。
「ほ、本物の……」
胴から下を失ったハットリの上半身は、地面に転がって苦しそうにもがきながら最期の言葉を口にした。しかしまだ息があり、すぐには死ねないようだ。それを憐れんだアカネさんが彼にとどめを刺す。
「あの世で念仏をお唱えなさい」
胸を貫かれ、ようやくハットリは息絶えた。
「さて、キク殿下、マツ殿下。陛下のお命を狙ったからには、たとえ王族といえども死罪は免れませんぞ!」
形勢が逆転し、囚われの身となったタケダの姫はガタガタと震えている。それに追い討ちをかけるようにババさんが凄みを利かせていた。
「何を言われる! そこの者は兄様の名を騙る偽物ではありませんか!」
「これは異な事を。偽物と言われる根拠は何ですかな?」
「兄様は戴冠式で首を射抜かれて……」
「ああ、あれこそがイチノジョウ陛下の影武者、コムロ・ヒコザと申す者でした」
何だか俺、死んだことになっちゃったよ。まあこの場には旅芸人一座もいることだし、俺がイチノジョウだってことにしておかないとマズいからね。余談だが、ここでようやくマツダイラ閣下も意識を取り戻していた。
「戯言を! 第一兄様とそこの者では瞳の色も肌の色も違う……」
「これはあの時陛下が刺された苦無に毒が塗られておりましてな。そのせいでこのようなお姿になられたのです」
「そのようなこと……」
「さて陛下、この二人の姫をどうなさいますか?」
「兄様、どうかお慈悲を」
「命乞い以外なら聞き届ける、確か先ほど余にそのように申したな」
「あ、兄様! どうか、どうか……」
「偽物と罵った余に命乞いか」
本当に血の繋がった妹なら情けをかける余地はあるが、実際のところ俺とこの二人には何の関係もない。俺を殺そうとしたくせに、いざ立場が逆転するとこの有様だ。このような者は下手に生かしておくと、いつまた牙を剥いてくるか分かったものではない。
「余の命を狙った者にかける慈悲はない。城に着いたらウメも含めて全員処刑とする」
タケダの姫はもう一人、そちらも片付ける必要があるだろう。ひとまず旅芸人一座の手前、国王は身内であっても依怙贔屓はしないという姿勢を見せておかないといけないしね。実際はウメ姫を捕らえてみて、その時の態度によっては殺さず牢獄に幽閉でもいいかも知れない。そんなことを考えていた時である。
「兄様、お覚悟!」
完全に虚を突かれた感じだった。マツ姫がババさんの手を振り払い、隠し持っていたと思われる懐剣で俺に斬りかかってきたのである。ユキたんもアカネさんもスズネさんも、俺を庇える位置にはいなかった。迂闊にも俺は、誰よりも二人の姫に近い場所に立っていたのである。
「陛下!」
「ご主人さま!」
まるでスローモーションのように、懐剣の切っ先が胸に向かって進んでくるのを、俺はただ眺めることしか出来なかった。




