第十話 陛下のお情けを
「衛生班からの報告はまだか?」
「はっ! 護衛についた二騎も未だ戻らず!」
「陛下、マツダイラ卿、すまぬ。抜かったやも知れん」
ババさんは悔しそうに唇を噛んでいた。もしこれが敵の罠だとしたら、最悪は貴重な衛生班と配下の騎馬隊員二人を失うことになる。まだ間に合うならそれだけは何としてでも阻止したい。
「スズネ!」
「はい、ヒコザ陛下」
それまで他の女の子同様に俺にしがみついていたスズネさんに、俺は過酷な命令を下そうとしていた。蛇の道は蛇、忍びの道は忍びである。
「お前の力が借りたい」
「仰せのままに、陛下」
「事態の把握と、もしババ殿配下の者たちが生きていれば救出を。後は言わずともわかるな?」
「無論にございます」
「必ず無傷で戻れ、これは命令だ。成就した暁には一夜の添い寝を許す。二人きりだ」
自分でもどれだけ高飛車なんだよと思う。でも今回の任務はスズネさんの生死に関わるのだ。このくらいのことを褒美として励んでもらえるならお安い御用である。ところが、これには予想通りユキたんもアカネさんも反応していた。
「二人きりで一夜の添い寝!」
「ご主人さま陛下! 私も二人きりの添い寝をさせて頂きたいです!」
「ユキ、アカネ、ならばスズネと共に行け。いいか、くれぐれも無傷で戻れよ。危ないと思った時は引き返してくるのだ」
「ヒコたん!」
「ユキ、今はヒコたんは……」
「申し訳ありません。では陛下、お願いが……」
「申せ」
「手柄を挙げ、無事に戻った折には……」
「何が望みだ?」
「その、陛下のお情けも……」
ユキたん、何てことを。それってつまり添い寝だけではなく最後までしろってことだよね。ところが今度はアカネさんに加えてスズネさんまでが反応していた。
「お、情け!」
「子種!」
「こらこら」
だが考えてみると今回の任務は激しい雷雨の中での危険なものである。それに旅が始まってから彼女たちと、こんなに近くでずっと一緒に過ごしてきた俺も我慢の限界が近づいていることは否めない。そしてそれを励みに三人が無事に帰ってきてくれるというのであれば、俺にとっても願ったり叶ったりということだ。
「よし、ではお前たちが無傷で戻った時にはその願い、聞き届けるとしよう」
「え!」
ついに六人が一斉に大きな驚きの声を上げた。ま、当然の成り行きだよね。
「ならば私も行きます!」
「私も、雷など怖くありませんわ!」
「妾もじゃ!」
「いや、後の三人は余と共に残れ」
「だってそれでは……」
「ユキ、アカネ、スズネの三人が無事に戻ったなら、そなたたちにも同様に褒美を与える」
褒美なんて言って本当にごめん。でもそうとしか言いようがないし。
「サト、ウイ、アヤカの三人はここで余と共にそなたらの無事を祈る。よって褒美は全員に取らす。それでよいな」
「御意にこざいます、陛下!」
「余も覚悟を決める。うつけ姫とオダからタケダの領民を護るぞ!」
「よくぞ申されましたぞ、陛下」
そこに現れたのはツチミカドさんだった。深く一礼するその背後には、スケサブロウ君とおナミちゃんの姿もある。馬車と馬車の距離はそんなに離れていないが、三人共びしょ濡れだった。
「そんなところに居らずに中に入られよ、ツチミカド殿」
「お心遣い感謝致します、マツダイラ卿」
馬車に乗り込んだおナミちゃんにババさんが手拭いを渡している。可哀想に、ツチミカドさんとスケサブロウ君はほったらかしだが、女の子優先はどうしようもないよね。それにおナミちゃんはこっちじゃかなりの美少女なんだし。
「陛下は私たちでお護り申し上げます」
言ったのはスケサブロウ君だったが、彼が護ろうとしているのはどう見てもおナミちゃんだ。それを見て少し笑ってしまったよ。
「ユキ妃殿下」
「ひ、妃殿下?」
「陛下、ここにおられる奥方様たちは皆妃殿下ですぞ」
そうか、言われてみれば確かにそうだ。
「何でしょう、ババ殿」
「お三方にはスノーウルフを供に付けましょう。雨風が酷いとは言え、人間よりは何倍も鼻も耳も効きますゆえ」
「分かりました、感謝致します」
「いえ、陛下の大切な妃殿下。本来ならば我らが供をしてお護りせねばならぬところを、申し訳なく存じます」
「ババ殿、そなたたちは陛下をお護りして下さい」
「御意」
何だかユキたん、妃殿下と呼ばれてその気になっているみたいだ。ま、無事に明日城に着いたら、本格的に王族として振る舞うことになるんだけどね。
「それでは、行って参ります」
ほどなくしてユキたんたち三人が馬車から出ていった。果たして敵が潜んでいるのか、単に治療に時間がかかっているだけなのか。その時の俺には、ただただ後者であることを祈ることしか出来なかった。




