第四話 匂いで分かりましたから
肩までの銀髪に大きな青い瞳、そして卵形のきれいな顎のラインがカシワバラさんの特徴である。初めて会ったとき、彼女はタケダのくノ一だった。俺を誘惑し、タケダに連れ去る任務を帯びていたのだ。だが何故か突然彼女は自分からそのことを明かし、一族を捨てて壮絶な戦いの末にこの国の民となった。もっと言うと俺の嫁候補になったということである。
「カシワバラさん……」
「コムロさん、前の三人と口づけされましたでしょ?」
「え? な、何で分かったの?」
「うふふ、私はこれでも元くノ一ですから」
言いながら俺を見つめる彼女の瞳が、どこか妖艶な光を纏っているように見えた。
「もしかしてそれもくノ一の術なの?」
「まさか。術を使ったら今頃はもう私は押し倒されてますよ」
くノ一の術を使っていないというカシワバラさんだったが、俺はその魅力に逆らえずに彼女を抱きしめていた。そうだ、術なんか使われなくても初めから俺は彼女の言いようのないエロさにドキドキしていたのだ。
「私にも、口づけを下さいますか?」
「もちろん。でもその前に、カシワバラさん」
「はい?」
「第四夫人だけど、俺の妻になってくれますか?」
それまでイタズラっぽい笑みを浮かべていた彼女がハッと息を飲んだ。
「コムロさん……」
「うん?」
「私が……私がお断りするとでもお思いですか?」
見るとカシワバラさんの瞳にはうっすらと涙が浮かんでいる。その美しい光を放つ雫を見ながら、俺はそっと目を閉じた彼女の唇に自分の唇を合わせた。それにしても、あれ……
「コムロさん、驚きました?」
「えっと……」
「私、口づけはコムロさんが初めてなんですよ」
そう、思っていたのと違ってカシワバラさんはすごくぎこちなかったのである。俺はてっきりくノ一としてその辺りの技も鍛えられているのかと考えてたんだけど。
「私に術を仕込んだくノ一の棟梁は女性でした。彼女は醜い私に口づけをすることはありませんでした。それに私、これでも生娘なんですよ」
「え、そうなの?」
「まあ、コムロさんたら酷い!」
「いや、あの、ごめん……」
「いいんです。くノ一と言われればその道にも長けていると思われて当然ですもんね。でも、私がくノ一の任を与えられた相手はコムロさんが初めてだったんです」
「そうだったんだ」
考えてみれば俺の目にこれだけ可愛く映るカシワバラさんはこちらの世界では醜女、つまり容姿も重要視されるくノ一に向いているとは言えないのである。それにたとえそうではなかったとしても、俺に生娘だと偽る必要はない。何故なら俺はカシワバラさんが生娘だろうとなかろうと、そんなことはどうでもいいからだ。
「コムロさん、私が生娘じゃなかったとしてもお嫁さんにしてくれたんですね」
「そんなの当然だよ。カシワバラさんはカシワバラさん、俺の嫁だ」
「嬉しい! やっぱりコムロさんは優しいです」
言うと今度は彼女から唇を押し当ててきた。それから少しの間二人で口づけの感触を確かめ合った後、カシワバラさんは体を離して俺の手を取りこう言った。
「コムロさん、触ってもいいですよ。皆には言いませんから」
「あ、え?」
そのまま俺の手は彼女に導かれ、気づいた時には大きな胸に触れていた。温かくて柔らかい何とも言えない甘美な手触り、それと微かに心臓の鼓動が伝わってくる。見るとカシワバラさんは真っ赤になっていたが、潤んだ瞳と濡れた唇がハンパなく艶めかしい色香を放っていた。それを見た俺は夢中になって、胸の形を確かめるように揉みしだく。
「あ、あん!」
カシワバラさんの口から甘く切ない吐息が漏れた。たまらなくなった俺は彼女を抱きしめ、胸を触ったまま唇を塞ぐ。カシワバラさんも口づけに慣れたようで、俺にしがみつきながら一心に舌を絡めてきていた。
「カシワバラさん……」
もうあと一歩で爆発しそうになった俺は、後ろ髪を引かれるような思いで彼女から唇を離した。
「は、はい……」
「もうちょっとで、その……」
「はい、そろそろお止めしないといけないと思ってました」
「え?」
「その、匂いで分かりましたから……」
匂いでって、恥ずかしすぎるよ。でもそうか、カシワバラさんにはそんなことが分かってしまうんだ。
「コムロさん」
「うん?」
「私だってこのままコムロさんに抱かれたいのを我慢するんですから、姫君の誘惑には負けないで下さいね。負けたら泣いちゃいますよ」
「だ、大丈夫だよ。ウイちゃんの胸は大きくないから……あ……」
「それ、姫君には絶対に言っちゃダメですよ。女の子は気にしてるし傷つきますから」
「わ、分かった」
この後もう一度カシワバラさんと軽い口づけを交わし、俺たちは大部屋に戻った。
「お次は私でいいのかしら」
ウイちゃんは俺の姿を見つけて嬉しそうにふわふわと飛んできた。何かスカートの裾がさっきより短く見えるのは気のせいだよね。
俺は最後の難関に挑む前から、この可愛い幽霊に欲情してしまっている自分に不安を隠せないでいた。




