第二話 本当にあとちょっとのところだったんですけど
互いの荒い息づかいだけがこの部屋を支配していた。アカネさんの唇の感触と絡み合う舌、肌の柔らかさ、鼻腔をくすぐる香り、その全てが愛おしい。
「ご、ごしゅ……んっ……」
俺はアカネさんが何か言おうとするのを、何度も唇を重ねて阻止する。これを幾度となく繰り返していたのだが、彼女が苦しそうに俺の肩を叩いたので、ようやく我に返ることが出来た。
「ご、ごひゅひんさま……く、くるひい……」
「あ、ご、ごめん……」
慌てて少し顔を離すと、アカネさんは何度も浅い呼吸を繰り返している。少しやり過ぎてしまったようだ。
「アカネさん、聞いてくれるかな?」
俺は彼女の呼吸が落ち着くのを待って、もう一度改めて抱きしめてから耳元で囁いた。もちろん今度は優しく、である。
「はい」
「君は最初から第二夫人って言ってたよね」
「はい。お嬢様を差し置いて正室は望めませんので」
「そうか。辛くない?」
「いえ、少しも。ほんのわずかな間だけでもご主人さまを独り占め出来て幸せです。私を抱きしめて口づけを下さる時は、ご主人さまは私だけを求めて下さってますので」
この子は時々狂おしいほどのいじらしさを見せる。それが愛しくてたまらないのだ。
「アカネさん、二番目になるけど、俺の妻になってくれる?」
「もちろん、喜んで! ご主人さまからそのお言葉を頂けただけで私は……私は……」
言葉を続けようとしたアカネさんの頬を、大粒の涙が流れ始めていた。俺はその涙が悲しみではなく喜びの涙であると感じて、こっちまで泣きそうになってしまったよ。だから彼女を抱きしめる腕に再び力が入ってしまった。
「ご主人さま?」
「うん? どうしたの?」
「お腹に当たってるのってご主人さまの、その……」
「あ、ごめん、つい……」
「い、いえ、私は大丈夫なんですが、痛くないんですか? 私に出来ることがあれば……」
「だ、大丈夫、痛くないから」
むしろ当たって気持ちいいくらいなんだけど、さすがに俺も恥ずかしくてそうだとは言えないよ。それにアカネさんに出来ることをしてもらうと、この後ものすごく困ることになるからね。ここは血の涙を流してでも我慢しなければならないだろう。それにしてもさっきは危なかった。
「アカネさん」
「はい」
「これからも、よろしくね」
「はい!」
最後にもう一度口づけを交わしてから、俺たちは皆の待つ大部屋に戻った。
「アカネちゃんも顔が真っ赤だけど、何があったの?」
「えっとですね」
まさかアカネさん、さっきの一部始終を皆に話してしまうつもりじゃないよね。ところがそんな心配は全くの杞憂だったようだ。アカネさんはにっこりと微笑みながらこう言った。
「ご主人さまと私、二人だけの秘密です」
「あ、あははは」
よかった、俺の言ったことをちゃんと理解してくれてたみたいだ。ところがユキさんがそれでは納得してくれなかった。
「まさかヒコザ先輩、我慢できずにアカネさんと……」
「な、ないない、それはないから。ね、アカネさん?」
「うふふ、それも秘密です」
アカネさん、どうでもいいけどお腹を撫でながら思わせぶりなことを言うのはやめて。てか何でもかんでも秘密にするとユキさんとの仲が悪くならないか心配だよ。
「ま、まあ私は先輩の言葉を信じますけど?」
ユキさん、絶対に信じてないよね。
「お嬢様すみません。それはして頂けなかったので私としては残念でしたけどご安心下さい」
「そ、そう。アカネさんがそう言うなら……」
「はい、本当にあとちょっとのところだったんですけど」
「アカネさん!」
やっぱりこの子は一言多い。この後俺はアカネさん以外の全員から詰め寄られ、別室での求婚が中止になるところだったが、何とかそこは死守したよ。皆平等にちゃんと告白したいからね。け、決して次がサトさんだから、というわけではないぞ。
そして俺は前の二人と同様にサトさんの手を取り、隣の部屋へと向かった。




