第一話 ご主人さまもご一緒に
「どこかにスケサブロウ君みたいな素敵な男子はいないかな」
「そうそう、強くて一途で控えめな男子!」
あの事件以降、主に三年生女子の間で囁かれる話題である。直接スケサブロウ君に興味を持つ女子もいたが、相手が超美少女のおナミちゃんでは勝ち目がないだろう。ただでさえ彼はおナミちゃん以外の女子には目もくれないのだから。
それと共に剣術を習おうとする男子が増えていた。女子にモテたいという動機が何とも不純であったが、城下の道場が潤うのならまあアリなんじゃないかと思う。
「ご主人さまぁ、助けて下さい〜」
放課後、帰り支度をしていた俺の許にアカネさんが駈け寄ってきた。ユキさんが一緒じゃないということは、彼女単独での救援要請か。
「どうしたの?」
「ミヤモトさん、どうして逃げるんだよ?」
そのアカネさんの後から現れたのは数人の男子だった。防具を着けているところを見ると、どうやら剣術部の部員たちのようだ。
「ちょっと君たち、アカネさんに何の用だい?」
「君は……ああ、コムロ君か。聞いてくれ、俺たち剣術部は――」
話し始めたのは剣術部の副主将、カタクラ・ウコンという俺と同じ四年生だった。彼によると部員の一人がどこかから、アカネさんがミヤモト剣術の後継者であることを聞きつけてきたらしい。その真偽を確かめようとしていた矢先にあの事件が起こり、彼女の身のこなしを見て確信したということだった。
「ミヤモトさん、ぜひ我が剣術部の指南役を! そして叶うならばミヤモト剣術の奥義を教えてはくれまいか」
「待った待った、それはちょっと虫がよすぎるんじゃないか?」
「何、どういうことだ?」
「アカネさんが指南役を買って出るとしてだ、この子の流派は最強と謳われるミヤモト剣術だよ。金を払ってでも稽古を付けてほしいと思う人も少なくないだろ。それを学校の部活動でタダで教えろっていうのはどうかと思うよ」
「な、ならばいくら払えば……」
「金の問題じゃないさ。そもそもアカネさんには放課後、遊んでる時間はないんだから」
「コムロ君、剣術部の活動は遊びだと言うのか?」
「そうじゃないって、言葉の綾だよ。アカネさんは放課後はタノクラ男爵閣下のお城で仕事があるんだ。だからどの道指南役は無理ってこと」
ここまで言えば引き下がってくれるだろうと思ったのだが、どうやら少し甘かったようだ。カタクラ君は尚も食い下がってきた。
「ならばその仕事が休みの日はいかがだろう? まさか休みが全くないとは言わないよね」
「いい加減にしろ!」
「ご主人さま?」
「お前たちは自分のことしか考えられないのか? 普段は学校に通って終わったら仕事の毎日だ。そんなこの子の数少ない休みまで奪おうと言うのか!」
「何故コムロ君がそこまで……それにご主人さまって一体……?」
「アカネさんは俺の未来の第二夫人なんだよ」
「え!」
さすがにこれにはその場にいた剣術部員全員が驚いていた。大っぴらにしているわけではないから無理もないよね。
「ではこういうのはいかがでしょう。毎日宵五つから半刻ほど、私とお嬢様は剣術の稽古をしております。それを見学なさっては」
宵五つとはおおよそ午後八時のことである。
「見学? 教えては頂けないのだろうか」
「申し訳ありませんがミヤモト剣術を学ぶには皆様の実力が足らないと思います。それに奥義は秘伝中の秘伝、お教えすることはおろかお見せすることも出来ないのです」
「実力が足らないって、見もしないで分かると言うのかい?」
カタクラ君は少々不満げな顔だ。年下の女の子にあからさまに弱いと言われたようなものなのだから致し方ないだろう。しかしアカネさんは涼しい顔で言葉を続ける。
「ミヤモト剣術は少なくとも一つの流派の奥義を会得するほどの実力がなければ、その真髄を知ることは出来ません。皆様の中に何かしらの奥義を会得された方はいらっしゃいますか?」
「それは……」
「そもそもどうして剣術部はアカネさんに指南役を引き受けてほしいんだい? 他に指導出来る先生だっているんじゃないのかな」
「まだ先の話なんだが剣術の大会があるんだよ」
「それなら尚更先生に指導してもらうべきなんじゃないの?」
「いや、先生では……その大会は学生だけではなく、町道場から王城騎士団に至るまで、全ての剣士が参加出来る試合なんだ」
なるほど、それだと学校の先生程度では実力不足というわけか。しかしそんな大会ならいくらアカネさんに指導を受けても、学生風情が上位の成績を残せるとはとても思えない。それこそアカネさんの言うように、何らかの奥義を会得しているほどの猛者なら別だろうが。
「そこで優勝でも狙うつもりなのか?」
「いや、優勝なんて夢のまた夢さ。まずは一勝、それが目標なんだ」
「一勝? 随分と志が低いんだな」
「恥ずかしながら我が剣術部は大会が開催されるようになって以来、一度も初戦を突破したことがないんだよ」
それはまた何とも情けない話だ。
「それでも今の主将は実力があるから、去年は初の一勝が期待された。しかし初戦で当たったのが結果的に優勝した王城騎士団だったんだよ」
「何というか、運がなかったな」
「だが今回から初戦の対戦相手はある程度実力差が考慮されて決められるようになったんだ。つまり、初戦敗退した団体はそれ同士というわけだ」
「なるほど、だから君たちにも勝ち目が出てきたということか」
「そうだ」
「でもそれなら可能不可能は別として、最初からアカネさんに助っ人を頼んだ方が早いんじゃないのか?」
「いや、それはダメなんだ。少なくとも出場者はその団体に半年以上前から所属している必要があるんだよ」
要するに大会用に飛び入りで助っ人は入れられないということか。
「そういうことならアカネさんの案に乗るしかないだろうね」
「分かった。それでお願いするよ」
「ではその際にはご主人さまもご一緒に」
「え? 俺も?」
「はい」
「どうして?」
そこでアカネさんはイタズラっぽい笑みを浮かべた。
「未来の妻が屈強な男子たちに囲まれて平気なんですか?」
ついさっきと言ってることが矛盾してる気がするんだけど。まあユキさんとアカネさんの稽古風景を見るのも悪くないか。
「分かったよ。見るだけだけどね」
そう言ってアカネさんの頭を撫でると、彼女は嬉しそうな笑顔を向けてくれた。




