第十五話 怪我なんかしたら許さないよ
「その女をこっちへ渡せ!」
「嫌です! イシダ先輩、思いとどまって下さい!」
俺たちが校庭に着いた時、ウメチヨ様とスケサブロウ君のこんなやり取りが聞こえてきた。本当なら先生が止めなければいけないところなのだろうが、周りを囲む生徒たちを制するだけで手一杯のようだ。それにしてもウメチヨ様はどうしてこんな暴挙に出たのだろう。
「あ、コムロ先輩だ!」
声の方を振り向くと、以前俺とユキさんの関係を問いただしてきた三年生の女の子がいた。確かユキさんのクラスメイトじゃなかったっけ。
「久しぶりだね。ところで何があったの?」
「覚えていて下さったんですね、嬉しい! えっと朝登校してきたおナミちゃんとスケサブロウ君に、いきなりイシダ先輩が斬りかかったんです」
「え、何それ」
「よく分からないんです。イシダ先輩の様子がおかしいというか、とにかくおナミちゃんを渡せの一点張りで」
そこへ後から駆けつけてきたウメチヨ様の担任教師が彼の説得にかかったようだ。しかし事態は好転することはなく、ウメチヨ様には説得を聞き入れようとする気配すらない。
「我がイシダ家は取り潰しだ! もうダメなんだ!」
誰にあてるでもなく、天を仰ぐといった感じでイシダ家の嫡男が悲痛な声を上げる。なるほどそういうことだったのか。
例の陛下に伝えた一件は真実だったようで、そのせいでイシダ家には取り潰しとの裁定が下ったのだろう。つまりウメチヨ様は今後を憂いて自暴自棄になっているということだ。
「だから俺はその女を連れてタケダに行く! 邪魔する奴は容赦なく斬るから覚悟しろ!」
「ウメチヨさん、あなたはもう貴族ではないということですね? なら刀を持つことは許されないはずですよ」
ユキさんが集団の輪をかき分けて、アカネさんと共にスケサブロウ君の隣に立った。いくら二人が剣術の使い手でも、スケサブロウ君と同様に素手で真剣を持つ相手に挑むというのは危険すぎる。そんなわけで何の役にも立てなそうな俺も、二人を護るために前に出ざるを得なかった。頼むから斬らないでくれよ。
「うるさい! 死にたくなければそこをどけ!」
「私はあなたなんかについて行くつもりはありません!」
おナミちゃんもスケサブロウ君の後ろに隠れながら大声を張り上げる。やはり彼女にとっては俺たちより、スケサブロウ君が何よりの頼りということなのだろう。彼にも初めて会った時のあの卑屈な様子は微塵も見られなかった。
「ご主人さま、お嬢様、ここは私にお任せ頂けませんか?」
ふとアカネさんが小声で俺たちに目を向けることなく囁いた。この声はスケサブロウ君には届いているが、ウメチヨ様には聞こえていないはずだ。
「任せろってどういうこと?」
「ミヤモトさん……だったよね? これは僕とおナミちゃんの問題なんだ。無関係な君を巻き込むわけにはいかないよ」
「いえ、いくらスケサブロウさんが剣術の使い手でも、素手で真剣に敵うはずはありません」
そこで彼女はユキさんに二言三言耳打ちをする。そのユキさんが今度は俺に耳打ちだ。おいおいちょっと待ってくれ。それはいくら何でも危険すぎるよ、主に俺が。
「ヒコザ先輩に妙案があるそうです。スケサブロウ君は万一に備えておナミちゃんをしっかりと護っていて下さいね」
いつの間にかこれから起こることが俺の発案になってしまっている。そりゃね、確かにそういうことにしておかないとスケサブロウ君の立場もあるから仕方ないけどさ。でも俺はとんだ貧乏くじじゃないか。
「大丈夫です、ご主人さま。私が命に代えてもご主人さまには傷一つ負わせません」
「いやアカネさん、君の命と引き換えに護られても嬉しくないから」
「ご主人さま……」
「ヒコザ先輩、私もいるんです。大丈夫ですよ」
「ユキさんも、怪我なんかしたら許さないよ」
「はい!」
どうやら引けない状況になってしまったらしい。俺も男だ。ここは腹をくくるしかないだろう。
「本当に大丈夫なんですか?」
おナミちゃんが心配そうに声をかけてくる。
「任せろ」
俺はそう言うと、アカネさんの作戦通りに大きく一歩を踏み出していた。




