第十話 打倒イシダ家です!
「先輩のお母さま、何故気絶されてしまったのでしょう?」
食事を終えて皆で俺の部屋に戻ってきたところで、ユキさんが不思議そうに呟いた。
「ああそれはね、母ちゃんは元々は奴隷身分だったんだよ」
母ちゃんはある田舎の豪商と、そこに仕える奴隷との間に生まれたいわゆる非嫡出子だった。ただし雇い主が裕福だったため、認知こそしてもらえなかったものの幼少期は比較的恵まれた生活を送っていたそうだ。それが一変したのは母ちゃんが十二歳になった頃だった。
ある日母ちゃんが畑仕事から戻ってくると、豪商の家は大騒ぎとなっていた。主人が相続争いの口論に巻き込まれた末に、長男と共に殺されてしまったのである。殺したは腹違いの次男とその弟で、家督の全てを長男に継がせるとした主人の考えを不服としたのが動機だった。
次男と三男は平等な遺産の分配を主張したのだが、それだと腹違いの兄弟の取り分が長男を上回ることになる。当然長男が納得するはずはない。加えて働き者の長男と違って二人の兄弟はろくに仕事もせず、遊んでばかりの日々だったそうだ。だから主人は一切の財産を長男に継がせることにしたようである。
「豪商には男子はその三人しかいなかったからね。それに親殺しは死罪だから、跡目を継げる人がいなくなっちゃったんだ」
「そんなことが……」
「その上、村を騒がせたということで豪商の家は取り潰し。家禄財産は全て没収、使用人たちは僅かな手当てを渡されて散り散りになったらしいよ」
ちなみにその時に没収した土地や財産のお陰で村は大変に潤ったそうだ。もっともそれも村を治めていた役人たちが着服を重ね、結果として王国にバレて村は廃村。当時の役人たちも死罪となり、今は王国の直轄地として新たに奴隷村が造られたと聞いた。
「でもそれがお母さまが気絶されたのと何の関係があるんです?」
「豪商の家を追われた母ちゃん一家は、その後ある貴族の家に奉公することになるんだけどね」
「まあ、それでは路頭に迷うことはなかったのですね」
横で話を聞いていた姫君がホッと胸をなで下ろしている。
「ところがそうでもないんだ。その仕えた貴族が問題だったんだよ」
「どのように問題だったのですか?」
「とても厳しい家でね、当主の言うことは絶対。それこそ黒いものでも当主が白と言えば白ってくらいに。その上使用人の扱いが酷くて、特に奴隷身分の使用人が意味もなく殴る蹴るの暴行を受けるのは日常茶飯事だったそうだよ」
「理由もなくって、あんまりじゃないですか」
今度はアカネさんが憤っている。それに激しく同意すると言った感じで、サトさんとカシワバラさんが拳を握り締め何度も首を縦に振った。
「そんな酷い家なら、逃げ出すという選択肢もあったと思うのですが」
「逃げ出せば貴族の特権」
「ま、まさか無礼討ち……?」
「逃げ出そうとしただけでもね。そして逃亡を密告した人には、褒美として豪華な食事が与えられたんだ」
その褒美欲しさに、中には逃亡をでっち上げられて殺された人も少なくなかったようである。
「それからまだある」
「え、この上まだ他にもあると言うのですか?」
「うん。その当主はとにかく女、それも美少女好きでね。下は十歳に満たない子にまで手を出していたらしいよ」
「それでも逆らうことが出来ず、ということですのね」
ウイちゃん、怒るのは分かるけど顔の影とかが何か怖いよ。
「そう、子供の親は身を割かれる思いだっただろうね。しかも女の子が拒んだり、おもちゃにされるのが嫌で自殺でもしようものなら、一家は皆殺しだったというから悲惨なものさ」
「それでお母さまはあのように貴族に対して恐れのようなものを持ってらっしゃるのですね」
ユキさんは合点がいった、というように深く頷く。
「まあ、あれでも大分よくなった方なんだよ。ユキさんとも普通に会話出来るでしょ?」
「私は貴族とは言っても娘ですから」
「俺が子供の頃は貴族を見るだけで震え上がっていたんだ。それに息子の俺が言うのもなんだけど、母ちゃんもあれで若い頃はかなりの美人だったみたいだからね」
無論、美人というのはこっちの世界での基準で、という意味である。母ちゃん、すまん。
「その貴族にも目を付けられていたって言ってたな」
「え? それじゃまさか先輩は……」
「いや、違うから」
ユキさん、何を想像してるんですか。俺は歴とした父ちゃんと母ちゃんの息子だからね。
「そこに現れるのが父ちゃんだよ」
父ちゃんはオーガライトが採れる山の持ち主だったので、平民とは言え貴族にも無礼討ちが許されていない希有な存在だったのだ。
「たまたま父ちゃんがその貴族の家に招かれた時に母ちゃんと出会ったんだよ」
「でもよく当主がお母さまを手放しましたね。目を付けていたはずなのに」
「その辺りのことは聞いてないんだけどさ。でもお陰で母ちゃんは貴族の好きにされなくて済んだってわけ」
「先輩、その貴族は今もいるんですか?」
「ああ、取り潰されたとかは聞かないからおそらく。家名は確かイシダ……」
「え! イシダ?」
「あれ、あはは、まさかね」
「いえ、城下の貴族でイシダという家名は一つしか聞きません」
ユキさんを始めとして、その場にいた全員の表情が何かに燃え立つような闘志を醸し出していた。
「先輩、打倒イシダ家です!」




