第八話 先輩だけ食べるなんてずるいです
「私がまだタケダ家に仕えていた時のことです」
カシワバラさんがくノ一の女棟梁キクの許を訪れると、部屋の中で密談が行われていたそうだ。
「ではそのイシダ・サキチなる者が我らを手引きするということだな」
「はい、男爵の籠絡は容易なものだったそうです。元来が好色な上に金にも困っていたようで。コチョウ殿によりますと術を使わずともすぐに落ちたとのことでした」
「して、手筈は?」
「イシダに囲われたコチョウ殿の姉妹ということにして数人の同胞を潜り込ませます。国境を越えるための手形もイシダが全て用意するそうです」
「イシダには我らの目的は話したのか?」
「はい。事成就の暁には現在の倍の領地に加え伯位も授けると申しましたら、是非もなしと宣っていたそうにございます」
「是非もなしか、欲に目が眩んだタヌキといったところだな……誰だっ!」
「はっ! サイカの娘、シノにございます」
カシワバラさんが気配に勘づかれたため、話はそこで途切れたということだった。
「ちょっと待って、それってもしかして……」
「もしかしなくても先輩、明白な反逆罪です」
他国の忍びをそれと知って自国に招き入れるというのは、明らかに王家に対する反逆である。カシワバラさんが聞いた話では、イシダ家は金に困っていたということだった。つまり、イシダの当主は色仕掛けと金でこの国を売ろうとしたことになるのだ。
「そんな家にあの素直で可愛いおナミちゃんを嫁かせるわけにはいきませんね」
「私も同感です、お嬢様」
「てか、それって放っておいていいのかな。陛下にご報告とか……」
「そうですね。ではその役目は先輩にお任せするとしましょうか」
「へ? 何で俺が?」
「だって先輩は陛下の騎士ですから。たまには陛下にお会いしてきてはいかがですか? 陛下ったら時々申されてますよ。コムロ・ヒコザはどうしておるって」
そんなの初耳だよ。確かに俺は陛下の騎士って触れ込みだけど、それはあくまで便宜上のことなんじゃないの。
「心配しなくても私も一緒に行きますから。先輩を一人で行かせたらアヤカ様がまた何をしでかすか分かりませんし」
「あ、あはは」
「でもお嬢様、仮にイシダ家が断罪されるとして、ウメチヨ様はその後どうなるのですか?」
「そうですね、まずイシダ家は爵位剥奪の上領地は没収。当主のサキチ殿はよくて国外追放でしょうか。でも王家への反逆は重罪ですから、おそらくは死罪になるかと。ウメチヨさんは反逆者の血筋ですから、父親と同じ罰が下されると思いますよ」
つまり一族は一蓮托生ということか。
「ところでさ、俺はカシワバラさんを疑うわけじゃないけど、反逆を立証するのは難しいんじゃない?」
現在のところイシダ家反逆を語るのはカシワバラさんの証言のみで、物的証拠は何一つないのが実情だ。こと王家への反逆などという大きな事件であれば、たった一人の少女の言葉だけで追及するのは無理があるのではないだろうか。
「そんなことありませんよ。王城には魔道士と呼ばれる方がおいでです。ほら、私たちの魔法刀を作って下さった方々です。あの方たちにかかれば事実はすぐに露呈します」
「あ、なるほど」
これは思わぬ副産物だ。最初は二人の幼馴染み同士の恋物語だった。それがかつてカシワバラさんを苦しめた不届き者の残党を懲らしめることが出来るかも知れない、というところまで発展したのである。もっとも父の反意を知らなかったとすれば、ウメチヨ様には少々酷な話だとは思う。しかし法律で裁かれる以上、それは仕方のないことだと割り切るしかないのだ。
「よし! じゃ早速王城に行って……」
「ご主人さま、何だかいい匂いがします」
アカネさんがいつからか漂ってきていた匂いに鼻をクンクンさせながら言った。
「あら本当」
「もしかしてコムロ様宅の晩御飯の……」
「でも私たちは三日間食事抜きなんですよね」
そうだ、すっかり忘れていたよ。母ちゃん、ナイスタイミングだ。
「お城に行くのは晩御飯食べてからにしようか」
「そんな! 先輩だけ食べるなんてずるいです」
「未来の妻たちを差し置いて、俺一人が食べられるわけないじゃん」
「でも私たちは……」
「ユキさん、閣下が何ておっしゃったか覚えてない?」
「はい? えっと、私たちは三日間食事抜きだと」
「そうだね、だけど」
俺は四人の未来の妻と一人の幽霊を見回して続ける。
「閣下はこう言われたんだ。この城での食事は抜きだって」




