第二話 やっと捕まえた!
上機嫌のウイ姫は、外に出るなり俺に腕を絡めてきた。まだ朝なのでそれほど気温は上がっていなかったが、暑いことに変わりはない。だからひんやりした姫君の肌はとても心地よく感じられる。しかしそのひんやりも幽霊を意識させる冷たさではなく、軽く温もりも伝わってくるから不思議だ。
「姫君って幽霊にしては冷たくないよね」
「体温のことですか? その気になれば生きている方と同じくらいに出来ますのよ。でも今は夏ですし、このくらいの方がヒコザ様も気持ちいいのではありません?」
「確かに……って、俺のためにこの体温?」
「はい」
まずい、ちょっとと言うかかなり惚れそうになった。ただでさえ笑った顔がドキッとするほど可愛いのに、そんな気遣いをされていると知ったら幽霊だってことがどうでもよくなりそうだよ。
それにしても父ちゃんも母ちゃんも留守でよかった。実は二人して避暑ということで、昨日からうちの山の中腹にある山小屋に行ってしまったのだ。あそこはそこそこ高地だから夏でも涼しくて、夜になると毛布なしでは寝られないほどに気温が下がる。日中の陽射しが照りつける間はさすがに暑いけど、それでもからっとした暑さだから不快ではないんだよね。俺も付いて行くんだった。
「ヒコザ様、何をお考えになっているのですか?」
「え? いや、別に……」
「ご両親に付いて行っていれば私に付きまとわれなくて済んだかも知れない、などとお考えではありませんでしたか?」
この幽霊め、やっぱり心が読めるんじゃないのか。
「さあ、どうでしょう」
「こらっ!」
「きゃっ!」
きっと端からはバカップルがじゃれ合ってるくらいにしか見えないんだろうな。ま、何だかんだ言ってもこういうのは俺も嫌いじゃないからいいけど。
「ところで姫君」
「もう! ヒコザ様、いい加減その姫君という呼び方はやめて頂けませんか?」
「え? だって本当だったら王族なんだし……」
「今は違います!」
「じゃ、何て呼べば……」
何気なく口にしたが、俺はすぐに自分の浅はかさに気づいて頭が痛くなった。そんなことを言ったらこの幽霊はまた調子付くに決まっているからだ。
「ウイ、とお呼び下さい」
ほらやっぱり。案の定呼び捨てにさせる気だよ、この人。しかし口づけまで交わした恋人のユキさんでさえ、俺はまだ呼び捨てにはしてないんだぞ。それに没落したとは言ってもやはり元は王族、軽々しく呼び捨てには出来ないって。
「いや、さすがに姫様を呼び捨てにするわけにはいかないから」
「そうですね、確かにおっしゃる通り呼び捨てはまだ早いかも知れませんわね」
「まだって……」
「敬語は使って頂けないのにおかしなところにこだわりますのね」
そう言って姫君はクスクス笑う。言われてみれば思いっきりタメ口きいてるのに、呼び名だけこだわるのも変と言えば変だと思う。でもケジメはケジメだ。たとえ相手が幽霊でも、ユキさんより先に名前を呼び捨てにすることは出来ない。
「分かりました。それではウイちゃん、というのはいかがですか?」
「う……ウイちゃん?」
「ええ、その方が何となく親しみも感じられますし」
「ウイちゃん……」
「はい」
「ウイちゃん?」
「はい!」
「ちょっと恥ずかしいけど、呼び捨てよりはいいか」
「ではウイちゃんで、よろしくお願い致しますわ」
ウイちゃんねえ、まあ姫君は喜んでいるみたいだしよしとしよう。
「あら、あの方……」
「うん?」
急に立ち止まった姫君の視線の先を追うと、何かから逃げている俺の感覚で美少年、つまりこちらの世界ではおそらくかなりブサイクな少年の姿があった。そして彼を追いかけているのはタケダのくノ一にも引けを取らない美少女、俺から見ると相当にブサイクな女の子だった。
「スケサブロウ君、待ってってば!」
「おナミちゃん、諦めてよ!」
どうやらこちらの世界の感覚で、美少女が醜男を追っているようだ。あの少年、彼女に何か悪さでもしたのだろうか。一瞬そう考えたが、少女の顔に怒りの色は見えない。すると姫君が勢いよく腕を引っ張って、俺を少年との衝突コースに追いやった。
「う、ウイちゃん?」
当然のことながら俺は、後ろが気になってまともに前も見ずに走ってきた少年と思いっきりぶつかってしまう。そして次の瞬間には俺と少年は互いに弾き飛ばされ、受け身も取れずに尻もちをついて転がっていた。痛いなんてもんじゃない。
「ひ、酷いよウイちゃん……」
「スケサブロウ君、やっと捕まえた!」
そこへ走ってきたおナミちゃんが追いついてくる。ただただ巻き添えを喰った俺には誰ひとり目をくれることもなく、ウイ姫はスケサブロウ君に抱きついているおナミちゃんを満足そうに眺めているだけだった。




