第十三話 俺に抱きついて寝ている姫君の体はひんやりしている
「全く先輩の見境のなさには呆れて物も言えません!」
案の定正座させられてる俺は、どうやら言い訳も許されない雰囲気だった。ただし今回はスペースの関係上、敷かれた布団の上なのでいつもの石床のような辛さはない。
「ユキ殿、そんなに怒っていたらヒコザ様がお可哀想ですわよ」
「ウイ姫様、これはヒコザ先輩と私たちの問題ですので」
「まあ、それはおっしゃる通りなのでしょうけど」
「それにヒコザ先輩には私の母上にまで手を出そうとした前科があるのです」
「それは本当ですの、ヒコザ様?」
「い、いえ、あれには色々と事情があってですね……」
「それなのにまた性懲りもなくお年を召した方にふらふらと」
「ユキ殿、呪いますわよ」
姫君が悪人顔になった瞬間、部屋の中がまるで極寒の冬のような冷気に包まれた。途端にユキさんばかりでなく、アカネさんやサトさん、それにカシワバラさんも青ざめた表情になる。
「ユキさん、それは失礼だって。姫君も、ユキさんに悪気はないので脅かすのはやめてあげて下さい」
「あら、失礼いたしましたわ」
「で、でもでも、いくら王族のお姫様といってもまさか本当に妻に迎えるなどということは……」
アカネさんがありったけの勇気を振り絞ったという表情で俺に訴えかけてくる。
「ないってば」
「あら、それは残念ですわ。なら子作りの練習相手というのはいかがでしょう。ヒコザ様はとても凛々しい方なのにまだどうて……」
「姫君!」
姫君は幽霊だから、たとえそういう関係になったとしても結婚を迫られることはないだろう。考えれば考えるほど魅力的な話ではある。ただし、口が裂けてもそんなことを言えるわけがない。
「ヒコザ様も、魅力的な話だとお思いになりますでしょ?」
しまった、この人は自分に向けられた念は読み取れるんだった。あのしたり顔は俺の心の声を読み取ったとしか思えない。
「そ、そそ、そげな……こつおまへん」
「おまへん? どちらのお国言葉ですの?」
「い、いえ、ですから……」
「ヒコザ先輩!」
「ご主人さま?」
「……!」
サトさんが両頬を膨らませて怒っているのが可愛い。ところでカシワバラさんはどうして苦無を出しているのかな。
「頼む、頼むから皆、いったん落ち着いて!」
「確かに、私はもうこの世に生はございませんし、生きていたとしても年齢が釣り合いませんものね。それに実は私にはあまり時間がございませんの。間もなくあの世とやらに旅立たねばなりません。ですからせめてこちらにいる間はお友達として接して頂くことは叶いませんでしょうか」
「姫君……」
「ウイ姫様……」
急にしおらしいことを言われたものだから、俺を含めた一同がしんみりとしてしまった。そういう事情ならせめて、楽しい思い出を持って成仏してほしいと思うのは当然だろう。
「俺たちの滞在予定はあと三日ほどです。その間でよければ泳いだり遊んだりして楽しみましょう。皆もそれでいいよね?」
「ヒコザ先輩、もう正座は終わりでいいですよ」
「ご主人さまにどこまでも従います」
サトさんとカシワバラさんも無言だったがにこやかに頷いてくれた。二人とも少し涙ぐんでいるようだ。苦無が飛んでこなくてよかったよ。
こうして俺たち五人にウイ姫様を加えた一同は、海水浴にバーベキューにと楽しい時間を過ごそうということになった。
そんなわけで皆で仲良く就寝。海水浴もめでたしめでたしで終わると思ったんだけど、夜半から海は大荒れ。翌日は嵐になるという、もう一波乱ありそうな予感に俺は寒気を覚えていた。
と思ったら寒気の原因は俺の布団に潜り込んできた姫君のせいだった。いや違った。確かに俺に抱きついて寝ている姫君の体はひんやりしているが、嵐といえども夏の蒸し暑い夜にはむしろ心地よいくらいだ。
寒気の真の原因、それはそんな俺をジッと睨みつけるユキさんの視線だった。




