第十話 お口が回ってなくて可愛い
「青色水晶については致し方ありません。当家の姫を救って下さったことにお礼申し上げます」
実を言うと盗賊に盗られてしまう危険性を考えて、わざわざ本物を持っていく必要はないのではないかと言ったのだ。しかしカイホウさんからは、偽物ではすぐに盗賊に見破られて姫君の身が危ないということで、本物の家宝を託されていたのである。
「数十ね……数十日ぶりの我が屋敷。とても懐かしい気がいたしますわ」
「姫様、お怪我はありませんか?」
「コムロ様とおっしゃいましたかしら。お気遣い感謝いたします。私はこの通り、元気でございますわよ」
改めて見るとこの姫君は、俺の感覚で本当に美しい人だと思う。どこまでも白く透き通ったような肌に、ほっそりとした四肢は儚げで男が持つ守りたいという本能を揺さぶられる。胸の膨らみはアカネさんよりも小さいが、全体的なバランスを考えればちょうどいいという感じだ。だがきっとこちらの世界では残念な容姿に分類されてしまうことだろう。
「手荒なことはされていなかったようで安心しました」
言ったのはユキさんである。姫君は手枷も足枷もはめられることはなく、拷問を受けた様子もなかった。
「それでもあんなところに閉じ込められて、さぞお辛かったことでしょうね」
これはカシワバラさんの言葉だ。元忍びということで、幽閉の苦しさをよく知っているのかも知れない。
「皆様のお陰で私はこの屋敷に戻ることが出来ました。今宵はささやかではございますが、アザイ家自慢の酒と料理でお礼の宴を開きたく存じます。どうぞ心ゆくまでお楽しみ頂きますよう」
お姫様の言葉に甘えるということで、宿の方には夕食をキャンセルしてきた。食材が余るなら明日の朝食に出してくれて構わないと伝えると、その日の夕食に使うとのことだった。賞味期限は充分に確保してあるので鮮度も問題ないそうだ。
「それにしても、この屋敷ってこんなに人がいたんだね」
「そうですね、来た時はカイホウさんしか見えませんでしたが」
ユキさんが軽く目だけで使用人の数を追うが、男女合わせてざっと十人以上はいるだろうか。皆黙々と働いているので、その表情を窺い知ることは出来ない。ただ俺の目には男性も女性も目鼻立ちの整ったきれいな顔をしているように見える。
俺たち五人は長テーブルに横一列に並び、正面には姫君とカイホウさんが着席していた。彼女は救け出した時の白い着物から、薄いピンクのイブニングドレスに着替えたようだ。テーブルに並べられた三又キャンドルスタンドで揺らめく火は、彼女の美しさを一層際立たせている。対する俺たちの、水着の上からラフなシャツやパンツを着ただけの格好では申し訳ない気がする。
「さあ、まずは乾杯といきましょう」
姫君の呼びかけに、皆が立ち上がって酒の注がれたグラスを掲げる。俺以外の女の子四人は酒を飲むのは初めてだったが、祝いの杯なので一口だけ口をつけるとのことだった。もちろん俺は遠慮なくいただくつもりだ。
「ヒコザ先輩、飲みすぎないで下さいね」
「わぁってますわぁってます!」
隣のユキさんに窘められた時、俺はすでに二杯のワインを飲み干していた。久しぶりの酒だから回るのも早かったが、こんな上等なワインにはそうありつけるものではない。気分がよくなって調子に乗った俺は、後ろに立っていた執事さんに三杯目を注いでもらい、それもほぼ一気に喉に流しこんでいた。
「ご主人さま、大丈夫ですか?」
「らいじょうぶ、らい……ひっく! じょうび」
そんな俺に影響されてなのか、ユキさんもアカネさんも心なしか頬が赤い。二人ともこのワインが相当口に合ったと見える。遠慮がちな手つきではあったが、二杯目のワインに口をつけていた。
「コムロさん、もうその辺にしておいた方が……」
「はぇ? らいじょうびらって」
「コムロさま、お口が回ってなくて可愛い」
本気で心配そうにしているカシワバラさんと、何やらクスクスと笑っているサトさん。何かいい雰囲気だ。姫君が自慢と言っていた料理も美味いし、両手には未来の俺の可愛い妻たちが並んでいる。もう間違いなくここは天国だよ。お姫様、ありがとう。
「あ、あれ?」
そんなことを考えながら正面に顔を向けた時だった。これはちょっと飲み過ぎたのかと、両目を擦ってぱちくりしながら改めて見るがおかしい。そして左右の女の子たちの様子を窺うと、やはり四人とも正体をなくしたように呆然としていた。
「ひ、ヒコザ先輩……」
「ご主人さま……」
「こ、ここ、コムロさん……」
「……」
俺たち五人は互いに顔を見合わせ、言葉を忘れたように口をパクパクとするばかりだった。




