第八話 まさか本当に幽霊が……!
俺たち五人は舟を使って問題の海蝕洞の入り口に差しかかっていた。干潮に合わせて干潟を歩いていくことも考えたが、それを待つ時間が惜しかったのである。これまでのところ敵の襲撃はなかったし姿はおろか気配もない。だが慎重を期するに超したことはないだろう。穏やかな波は舟を静かに洞窟の奥へと誘っていた。
「暗いですね。それに少しひんやりとしてます」
ユキさんは両手で自分の肩に手をやりながら、辺りをキョロキョロと見回している。抱きしめて温めてあげたいが、船頭役の俺にはそれが出来ない。外の気温と比べて洞窟内はかなり涼しい、というより寒いくらいである。
「ヒコザ先輩、あそこ! ほら、何か光って見えませんか?」
「本当だ」
舟が洞窟の中ほどまで進んでいた頃だと思う。その先にうっすらと青白く光るものが見えたのだ。
「ま、まさか幽霊じゃ……」
「ひっ!」
アカネさんが怯えながら言うと、サトさんとカシワバラさんが身を寄せ合って震え始めた。出来ればその間に入れてほしい。
「幽霊なんていないから大丈夫だよ」
「コムロさん、伏せて!」
言うが早いか邪なことを考えていた俺の胸ぐらを掴んで、カシワバラさんが自分の方に力いっぱい引き寄せた。当然よろけた俺はそのまま彼女の上に倒れ込む。直後に俺が立っていた辺りを、何かが風を切って通り過ぎていった。そしてそれらは金属が岩に当たる音を残して、海の中に落ちたようである。ちなみに今、俺の頭はカシワバラさんの柔らかい胸に抱きかかえられるようにして埋まっている。気持ちいい。
「手裏剣です! 皆、頭を低くして下さい」
だが、そんな楽しみを堪能している場合ではなさそうだ。カシワバラさんは言うと同時に手裏剣が飛んできた方に向けて苦無を投げつけていた。その時俺は彼女から突き飛ばされる形になったのだが、お陰で今度はサトさんの胸に覆いかぶさるようにダイブすることとなる。そんな俺の頭を彼女は下から護るように抱きしめてくれた。まずい、気持ちよすぎる。
「おかしいです……」
「おかしいって何が?」
皆で舟底に身を潜めた体勢で様子を窺っていると、カシワバラさんが小声で囁いた。
「確かに手応えがあったはずなのに、敵に負傷した気配がないんです……って、コムロさん……?」
「ヒコザ先輩、何やってるんですか!」
「ご主人さま、私のところにも来て下さい!」
「はひ?」
「あはん」
カシワバラさんの冷めた視線に気づいたユキさんが半身を起こして大きな声を出した。アカネさんはいつも通りのブレないマイペースだ。しかしユキさんの方に頭を動かした俺のせいで、下のサトさんが変な声を出したというところである。
「あ、いや、これはその……」
何とも緊迫感のない状況の言い訳をしようとした時だった。俺の目にユキさんの後方で、何かを投げる動きをした人影が映ったのである。
「ユキさん、危ない!」
咄嗟に俺はユキさんに飛びかかり彼女を押し倒した。直後に俺の背中の上を手裏剣が風切り音を残して通り過ぎる。
「んっ!」
突然ユキさんから声にならない声が漏れた。まさか負傷したのかと思いきや、倒れ込んだ拍子に俺と彼女の唇が見事に重なっていたからのようだ。慌てて俺は頭を上げて離れようとしたが、信じられないことにユキさんが両腕を首に回してきたので身動きが取れなくなってしまった。唇はまだ重なったままである。幸いにして他の三人には見えない位置だったが、ユキさん、今はそんなことしてる場合じゃないですって。ああ、でも気持ちいいなんてもんじゃない。
「二人とも、大丈夫ですか?」
抱き合う形でなかなか動かない俺とユキさんに、アカネさんが心配そうに声をかけてきた。よし、今度はアカネさんかと期待したが、残念ながらこれ以上ラッキーハプニングは起こらなかった。ユキさんもアカネさんにバレてはまずいと思ったのか、何事もなかったかのように腕を緩めて俺を解放する。でも絶対、今の彼女の顔って真っ赤になっているはずだよ。暗いせいでそれを見られないのが惜しい。
「だ、大丈夫。アカネさんも体を起こしたらダメだよ」
「はい!」
「ところでカシワバラさん、話の続きを」
「分かりました。先ほども言いました通り、こちらの攻撃が通じていないみたいなんです」
俺の問いかけにカシワバラさんが声を潜めて言う。
「マントとか鎖帷子とかで防がれたのではなく?」
「確かにあり得ないことではありませんが、忍びはマントを着ません。それに鎖帷子程度では私の苦無は防げませんから」
飛び道具はうまくマントに巻き込めば防ぐことも可能なのだ。だがカシワバラさんの言う通り、素早い動きを旨とする忍者が身につけることは考えにくい。
「私の投げた苦無はそのまま洞窟の壁に突き刺さってます」
「え、それはどういう……?」
「つまり、通り抜けたということです」
その言葉に、カシワバラさんを除く俺たち四人は顔を見合わせた。つまり相手の体を突いて貫通したのではなく、文字通り通り抜けたということなのだろうか。
「えっと、意味が分からないんだけど……」
「ま、まさか本当に幽霊が……!」
青ざめて震えるアカネさんの声につられて、女の子たちもガタガタと震えだした。そして心なしか皆俺に体をすり寄せてきている気がする。ユキさんは相変わらず俺の下にいるし、他の三人も服を着ているとは言え水着の上から薄い布を一枚といった感じだ。だからこうしてくっつかれると、彼女たちの肌の感触も体温もしっかりと伝わってくるのである。この世の天国とはまさにこのことだろう。
「あの……そんな魔法や忍術って……?」
「ありません」
しかしカシワバラさんは絶望を感じさせる声色でそう応えた。天国、ここは天国じゃないのかよ。俺は心の中でそう叫んでいた。




