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女王キリエ  作者: カイリ
第11章 エスタドの大鷲
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第11章「エスタドの大鷲」第6話

ついに越境したエスタド軍。迎え撃つギョーム。だが、その彼の背後に別の敵軍が。

 強固な国境の守りを突破したビセンテは、一路オイールを目指していた。だが、彼個人はガリアを侵攻するのは気が進まなかった。侵攻するにしても「今」ではないと感じていたのだ。しかし、ガルシアの怒りはおさまらなかったし、ではいつなら良いのかと問われれば答える自信がないことも事実だった。ビセンテの胸に、出陣前にかけられたガルシアの言葉が蘇る。

「国境を突破したらユヴェーレンに攻撃を促す。オイール付近まで迫ったら知らせろ。予も行く」

 いつもと変わらない自信に満ち溢れた表情の中に、怒りと興奮を読み取ったビセンテは不安を覚えた。この度の侵攻は、ギョームの出方次第では戦火が大陸中に広がりかねない。それがわからないガルシアではないはず……。父王の隣で哀しげに目を伏せるフアナの姿も浮かんだ。ビセンテは馬の手綱を握りしめ、大きく息を吐き出した。不安は拭いきれないが、越境した以上は戦果を挙げねばならない。

「オリーヴ公!」

 騎士の一人が鋭い声を上げる。見ると慌てた様子の斥候が馬を走らせてくる。

「公爵! 先遣部隊が、王都から出撃したと思われるガリア軍と接触! 戦闘を開始しました!」

 斥候の言葉にビセンテは目を剥いた。

「何だと……! 早すぎる!」

「それが……。王軍の装備が、これまでとは異なっております!」

「どういうことだッ」

 思わず荒々しく問いただすと、斥候は息を整えてから口を開いた。

「全ての軍馬が鎧を装備しておりません!」

 ビセンテは息を呑んだ。ガリア軍の重装備は大陸でも有名だった。人馬共に重厚な鎧を身につけるため、絶大な破壊力と防御力を誇っていたが、機動性はないに等しい。ガルシアは常々、ガリア軍の兵馬を「亀が鎧を着て歩いておるぞ」と揶揄していたほどだ。鈍重なガリア軍が王都から迎撃するまでには時間がかかるはずだと予想していたビセンテは、わずかに焦りの表情を見せた。

「進軍の速さだけではありません。騎馬隊の俊敏な攻撃に先遣部隊では動揺が広がっております……!」

 斥候の報告にビセンテは歯噛みした。彼の隣に控えたトーレス男爵が口を挟む。

「アングルです」

「何?」

 トーレスはやや興奮気味に囁く。

「アングルの軍は軽装で機動性に優れ、狭い地形での戦闘を得意としております。キリエ女王がガリアに嫁して一年。一年もあれば……」

 ビセンテは舌打ちした。なるほど。若獅子王は父親よりは賢いらしい。険しい顔つきのビセンテの元に、新たに斥候が帰還する。

「申し上げます! 王軍の加勢に勢いを得た諸侯の軍が巻き返しを始めました!」

 ガリアの国境を守る諸侯は破壊力を持つ旧来の重騎兵がほとんどだ。王軍から攻撃を受けた状態でまともに相手はしたくない。だが……。

「公爵、如何いたしますか」

「ここで退けば若獅子王がつけ上がる。先遣部隊と合流するぞ」

「はッ!」

「それから……!」

 斥候がさらに声を上げる。

「王軍の殿(しんがり)の部隊が……、〈白百合と赤獅子〉の紋章旗を掲げております!」

 トーレスが息を呑んでビセンテを振り返る。彼は目を細めると呟いた。

「ギョーム・ド・ガリア……!」


 ガリア軍とエスタド軍のぶつかり合いは激しかった。ギョームが一年かけて改革した近衛騎士団は装備に勝るエスタド軍相手に善戦し、断続的に大きな衝突が繰り返され、戦闘は長期化した。ビセンテは退却も考えたが、ギョーム自らが軍を率いている状態で退却すればガルシアが激昂するだろうと危ぶみ、その場に留まっていた。

 エスタド軍に越境されてから三週間。十一月も半ばに入り、日が落ちると凍てつく寒さが襲う。ギョームは妻の誕生日を戦場で迎えた。

 国境付近の山あいに陣を構えたギョームの元に、夫の身を案じたキリエによって派遣された斥候が訪れた。ランタンが灯されたテントの中で、寒さに顔を強張らせたギョームとバラが斥候の言葉に耳を傾ける。

「王都は緊張した状態が続いておりますが、皆落ち着いた静かな生活をしております。王宮も、王妃のご指示によって華美な生活を慎み、陛下の支援に全力を注いでおります」

 ギョームは目を細めて頷いた。

「自分がオイールを発つ直前、アングルから追加支援の軍が到着いたしました」

「そうか」

「援軍と共にレスター子爵がおいでになり、王妃もご安心のご様子でございました」

 キリエもアングルの老臣が側にいれば心強かろう。ギョームは思わず吐息をついた。そんな王の表情を見てとったバラが斥候に尋ねる。

「王妃のご様子は」

「はっ。気丈にも毎日のように市内を視察され、市民の生活にお気を配られていらっしゃいます。宮廷におかれましても、国境警備のご指示や、大陸各国の動向を把握なさったりと、めまぐるしい毎日をお過ごしでございます」

「さすが女王陛下、でございますな」

 バラの言葉にギョームは黙って頷く。

「それから、王妃から陛下へお手紙をお預かりしております」

「誠か」

 ギョームの表情が明るくなる。斥候から受け取ると、逸る気持ちを抑えつつ手紙を広げる。そこには、ギョームの体を気遣うキリエの言葉が綴られていた。王都やビジュー宮殿の様子、そして、控えめながらエレソナのお腹の子も順調だということも書き添えられている。ギョームは複雑な表情で手紙を見つめた。予定どおりなら、年明けにもエレソナは臨月を迎える。自分は、生まれてくる子を愛せるだろうか。

「……陛下、王妃は何と?」

 宰相の言葉に彼ははっとして顔を上げる。

「……寒さと疲労で体を壊さぬよう、とある」

 ギョームは懐に手をやると手紙を取り出した。

「予も手紙を書いておいた……。妃に届けよ」

「かしこまりました」

 斥候が下がり、ギョームとバラはしばし黙って外で篝火がはぜる音を聞き入っていた。やがて、バラが息をつくと口を開く。

「……早くオイールにお帰りになりたいでしょう、陛下」

 ギョームは溜息をつくと強張った手足を伸ばした。

「……そうもいかん」

「王妃もきっと不安がっておられるはず。陛下のお帰りを心待ちにしておられるでしょう」

 バラの言葉にギョームは思い詰めた表情で呟いた。

「……エレソナは順調らしい」

 思わず眉をひそめ、固い表情の王を見つめる。ギョームは苦しげに目を閉じた。

「……無事に生んでほしい。だが、彼女にも、子にも会う自信がない」

「……陛下」

 バラの呼びかけにギョームは目を上げる。

「お会いにならなければ、王妃が悲しまれるでしょう」

 彼の言うとおりだ。ギョームは小さく頷いた。

「国民は嫡子を望んでおります。皆の願いを叶えられるのは、陛下と王妃だけでございます」

 国民は自分とキリエの子を待っている。だからこそ、エレソナを側室に迎えたことを公表した時、あれだけ批判が巻き起こったのだ。沈痛な表情の王を見つめていたバラは、口元をゆるめると言い添えた。

「ですが……、私は心配しておりませぬよ。あのように仲睦まじいご様子を拝見いたしました故」

「バラ……!」

 途端にギョームが真っ赤になって声を上げるが、バラは涼しい顔で続ける。

「意外でございましたなぁ。まさか薬草園で……。いやはや」

「そ、それ以上言うな!」

「ご安心を。他言はいたしませぬ」

「当然だッ!」

 沈み込んでいたギョームがむきになって怒り、バラはおかしそうに笑う。

「わかっておりますよ。陛下は心から王妃を愛していらっしゃる。王妃はお幸せでございますな」

 ギョームはまだ顔を赤くしたまま、ふてくされたようにバラを睨む。

「……パルム伯夫人が帰ってこないではないか」

 バラは、わずかに寂しげな顔つきで頷いた。

「……もう、会うことはないでしょう」

「良いのか」

 その一言にバラの表情が一瞬歪む。答えに詰まる宰相に、ギョームは追い討ちをかけるように言葉を継ぐ。

「そなた、本当は惚れていたのではないか」

「陛下」

 思わず苦笑いを浮かべながら遮る。

「……彼女を自分のものにした気でいましたが、そうではなかったということです」

「どういうことだ?」

 不倫の感情など到底理解できないギョームは眉を寄せて問いただす。バラは苦い表情のまま、若い王の疑問に答えた。

「彼女が私の心から離れることはないと慢心しておりました。……てっきりモーティマーに心変わりしたのかとも思いましたが」

「なに」

 思わず目を丸くして声を上げるギョームに肩をすくめて見せる。

「奴がマダム・ジゼルに向けていた視線に気づかぬほど暢気ではありません。ですが、私が思っていた種類の視線ではなかったようですな」

 バラは重い溜息をついた。

「今時珍しい、無欲な男です」

 ジゼルはそんなモーティマーに一瞬でも心が揺れ動いたのかもしれない。だが、今となっては彼女の真意はわからない。自分の窺い知れない愛欲の世界に、ギョームは複雑な表情で腕を組むと軽く睨み付ける。

「これに懲りて、もう二度と愛人など持たぬことだ」

 だが、バラはわざとらしく笑ってみせた。

「いいえ、飛び切りいい女が現れればわかりませぬよ」

「おまえは……」

 馬鹿正直に色めき立つ王に、バラは肩を揺すって笑いをかみ殺す。

「羨ましい……。私も陛下のように一途な男に生まれたかった」

「何故だ。どうして妻だけを愛そうとしない」

「そうですなぁ。もう少し妻が痩せていて、もう少し美人で、もう少し愛嬌があれば、あるいは……」

 唖然とする王に、バラは弁解がましく付け加える。

「体だけは丈夫です。健康な子を三人も生んでくれましたからな」

「感謝しろ」

「はい」

 思えば、宰相とこんな下世話な話をしたことはなかった。ギョームは、彼が頑固で融通の利かない自分の気を和らげようとしていることに気づき、溜息をついた。

「そなたの意見は覚えておく。だが、参考にはしないぞ」

「ええ」

 バラは笑いながら頭を下げた。そして急に居住まいを正すと声を低める。

「では、私は失礼いたします。王妃のお手紙をじっくり読み返されたいでしょうから」

「ああ、行ってくれ」

 どこか自棄っぱちな感じでギョームが言い放ち、バラは思わず笑いをこぼしながらテントを退出して行った。

 ギョームは一人になると再び妻の手紙を広げた。最初からゆっくり目を通していくうち、表情が和らいでいくのが自分でもわかる。

 控えめな小さい字で、「早く帰ってきて。無理なのはわかっているけれど」とある。不安げな表情で、言葉を選びながら手紙を認めるキリエの姿が目に浮かぶ。ギョームは目を細めた。と、その時。手紙の最後の部分に目が留まった。そこだけ色が着いている。ランタンの近くに寄って手紙を覗き込むと、

(口紅?)

 どきりとしたギョームは息を呑んだ。普段化粧を嫌がるキリエだが、顔色を良くするために唇に淡い薔薇色の紅だけは引いている。それと同じ色だ。ギョームは思わず指で「キリエの唇」をなぞった。

「……キリエ……」

 そして、左手の薬指に嵌められている〈獅子〉の結婚指輪を見つめた。


 斥候を送り込んでから四日後。ビジュー宮殿の大広間で廷臣たちとの会議に臨んでいたキリエの元に、侍従次長のカンベール子爵がやってくる。

「王妃、陛下の元に派遣した斥候が帰還いたしました」

「本当?」

 キリエの顔が明るくなる。隣のレスターもほっと安心した様子で息をつく。二人はいそいそと王妃の間へと向かった。

「ご苦労でした。王のご様子は?」

 斥候は深々と頭を下げてから口を開いた。

「さすがにお疲れのご様子でございましたが、お怪我もなく、お元気でございます」

「そう……」

「王妃が王都の守りを万全にされていることに、ご安心のご様子でございました」

 斥候の言葉にキリエは思わず手を握りしめる。

「戦況は?」

「膠着状態が続いておりますが、未だに退却の素振りは見せぬそうでございます。アングルから援軍が到着したこともお伝えいたしました」

 エスタド軍はまだ退かないのか。キリエは思わず背筋が寒くなるのを感じて身を竦めた。

「陛下からの詳しいご指示は、これより自分がレイムス公とペール伯に」

「お願いします」

「それから……」

 斥候は懐から大事そうに手紙を取り出す。

「陛下からお手紙でございます。ご返事ではなく、最初からご用意されていたそうでございます」

 キリエの顔に微笑が広がる。さすが筆まめなギョームだ。嬉しそうなキリエの様子に、レスターやマリーも自然と微笑む。

「ご苦労でした。ゆっくり体を休めて」

「ありがとうございます」

 斥候が下がるとキリエは急いで手紙を広げた。無言で読み進めるキリエだったが、途中で目を潤ませ、口許を覆う。

「……キリエ様?」

「……誕生日おめでとう、って……」

 誕生日当日は、ペール伯の計らいでささやかな茶会が開かれた。皆の気遣いに感謝しながらも、戦場で戦っている夫を思うと心が晴れなかった。十七歳の誕生日に夫が側にいないなど思いもしなかったが、どうしようもない。

「帰ってきたらお祝いをしよう。祝いの品はもう用意してある。きっと喜んでもらえるものだ。不安だろうが、私の帰りを待っていてくれ」

 早くギョームに会いたい。誕生日のお祝いなどどうでもいい。ギョームの無事な姿が見られればそれでいい。キリエは涙が混じった息を吐き出すと、左手に光る〈百合〉の結婚指輪をそっと撫でる。

 そんなキリエの横顔を、マリーは少し寂しげな表情で見守った。彼女の脳裏に兄の言葉が蘇る。

「キリエとギョームは心から愛し合えるようになった」

 兄は、二人が愛し合うことを少しずつ受け入れようとしている。そして、完全に受け入れたその時には、自分のために再び人生を歩み始めてくれるだろう。

「……しかし」

 レスターの呟きに、キリエが振り返る。

「越境してから一ヶ月近く……。エスタド軍もしぶといですな」

「指揮をしているのはオリーヴ公でしょう?」

「簡単には引き下がらないでしょうが、それにしても、援軍が到着するわけでもなく……」

 老臣の言葉に、キリエとマリーは不安げに顔を見合わせる。

「何かを待っているかのようですな」

「まさか、ガルシア王を……?」

 キリエは眉をひそめて呟いた。

「それはわかりませぬが……」

 落ち着きをなくしたキリエの手をマリーがそっと握りしめた時。外からばたばたと騒がしい足音が響いてくる。

「王妃!」

 女官が扉を開けると、モーティマーが飛び込んでくる。

「ユヴェーレンに送り込んだ斥候からの報せです! ユヴェーレンの軍勢がガリアとの国境に向かっているとのことです!」

 キリエは目を見開いた。

「キリエ様……!」

 彼女は席を立つとすぐさま大広間へ向かった。


 大広間には多くの廷臣が詰めかけ、即座に戦略会議が開かれた。

「相当数の部隊が王都カーンから出撃したとのことです。おそらく、モンフルールに向かっているのではないかと……」

 モンフルールはギョームが陣を構えている地だ。地図を見つめていたキリエは顔を歪めた。

「ギョームを背後から襲うつもりだわ……。進軍を阻止しなさい!」

「王妃!」

 キリエの言葉に、ジョンが真っ先に声を上げる。

「私が向かいます」

 きっぱりと言い切る彼に、キリエはごくりと唾を飲み込むと頷いた。

「……お願い、ジョン」

 ジョンは力強く頷くと踵を返した。廷臣や騎士らが慌ただしく動き始め、キリエは震える指で地図をなぞってガリアとユヴェーレンの位置関係を確認する。

「……クロイツにも使者を。支援を要請して」

「御意」

 廷臣らが各方面に指示を下す声が響き渡り、キリエは不安げに視線を四方に彷徨わせると小さく呟く。

「……行かなきゃ」

 キリエの呟きに眉をひそめたレスターが身を乗り出す。彼女は譫言のように続けた。

「ギョームに、知らせに行かなきゃ……」

「キリエ様……!」

 レスターはキリエの腕を取ると椅子に座らせる。

「陛下にはすでに斥候を向かわせております。どうか冷静に……!」

 キリエは焦点の定まらない目で大広間を呆然と眺める。そんな王妃に、レイムス公シャルルがそっと身を乗り出す。

「カンパニュラにも国境警備を要請しましょう」

「……そうですね」

 シャルルが安心させるように微笑み、キリエはどきりとした。彼の微笑はギョームの笑顔を思い出させた。夫は父親ではなく、叔父に似たらしい。

 周りのざわめきを聞きつつ、キリエは自らを落ち着かせようと深呼吸を繰り返した。戦いに臨むのはこれが初めてではないのに、ギョームが戦っていると思うと冷静さをなくした。ジュビリーの時もそうだ。彼に危険が迫っていると知ると、後先も考えずに城を飛び出した。今だって、許されるならばすぐにでもギョームの元へ向かいたい。だが、今はそうはいかない。自分にできること、せねばならないことは、夫に襲いかかろうとしているユヴェーレン軍の進撃を断つことだ。

(ギョーム……)

 キリエは我知らず両手を合わせた。

(あなたは、私が守るわ……)


 朝方、ユヴェーレンの軍勢がこちらへ向かっていることを知らされたビセンテは再び攻撃をかけるよう命じ、さらに王都ヒスパニオラにも使者を向かわせた。

「陛下にお伝えしろ。これよりユヴェーレン軍と共に若獅子王を攻撃すると」

 睨み合いを続け、沈黙を守っていたエスタド軍が再び攻撃を開始したと報せを受けたギョームは、陣を出ると軍馬に飛び乗った。

「往生際の悪い奴らだ……。これが最後だ!」

 ギョームは胸の中で吐き捨てながら兜のバイザーを下ろした。

 エスタド軍はほぼ全ての部隊をぶつけてきた。報告を受けたバラの胸に不吉な予感が広がる。

「総攻撃の機を見計らっていたのか……? だとしたら何故だ。何を待っていた」

 エスタド軍の騎兵が鏃のような鋭い陣形で襲いかかる。エスタド特有の、全身黒光りの甲冑。軽く、硬く、可動域が広い甲冑は重い武器を自在に操れる。そのため、エスタドの騎士の槍や剣はガリアやアングルに比べて巨大だ。

 雄叫びを上げた両軍がモンフルールの狭い平野で激突する。最初の衝突こそガリア軍は押されたものの、俊敏な動きで相手を翻弄し、数十騎ごとに取り囲み、確実に粉砕してゆく。これまで知られていたガリア軍にはない戦い方に、エスタド軍は焦りながらも攻撃の手をゆるめない。彼らには余裕があった。背後からはユヴェーレンが挟撃し、本国から王軍が合流することがわかっていたからだ。

 五分五分の戦いが続く中、なかなか諦めずに攻撃を続けてくる相手にギョームは苛立たしげに毒づく。

「禿鷲めが……!」


 その頃、ガリアの国境沿いをひた走る軍勢の姿があった。王都カーンから出撃したユヴェーレン軍だ。率いるのはアングルに駐在していた大使、ベッケン伯。彼は、ガルシアの要請を受けたオーギュスト王の命で「アングルの小悪魔の夫」を討つべくモンフルールに向かっていた。

 ベッケン伯の脳裏には、小さな体を震わせながらも啖呵を切ってみせた、「小悪魔」の記憶が鮮やかに残っていた。

「ユヴェーレンには、夫に死なれた妃が異国の王を寝所に引き込む慣習がおありかッ!」

 教会育ちの幼い田舎娘だと思っていたら、とんだ猛犬だった。ベッケン伯はふんと鼻を鳴らした。夫に死なれれば取り乱し、化けの皮を剥がされて元の修道女に戻るだろう。大きな口を叩いたことを後悔するがいい。

 もうそろそろモンフルールにさしかかろうとした、その時。突然、陣形が崩れたかと思うと馬上の騎士らが次々と落馬してゆく。隊列の中央に位置していたベッケン伯は目を見開くと手綱を引き絞った。

「何があった! 敵襲か?」

「伯爵ッ!」

 後方から騎士の叫び声が上がる。振り返ると、背後には無数の長い矢が深々と突き刺さった騎士たちが平野に折り重なっている。思わず息を呑んだベッケン伯に向かって、騎士が遙か彼方を指さす。そこには、騎兵の軍勢が今まさに襲いかかろうとしていた。

「ガリア軍?」

「違いますッ!」

 騎士が声を限りに叫ぶ。

「〈赤獅子に青蝶〉……。アングルの聖女王騎士団です!」

 ベッケン伯は唇を噛みしめた。

「キリエ・アッサー……。呪われた妾腹め……!」


 ガリア軍とエスタド軍の激しいぶつかり合いが繰り広げられている中、軍馬を駆り、兵士らを鼓舞するギョームの元に斥候が駆けつけた。

「陛下! こちらに、ユヴェーレンの軍勢が向かっております!」

 思わず顔を強張らせるギョームを、バラが息を呑んで振り返る。が、斥候は王の言葉を待たずに言葉を続けた。

「しかし、グローリア伯が率いる聖女王騎士団が進軍を阻んだ模様です!」

「――グローリア伯が」

「はッ! 聖女王騎士団だけでなく、カンパニュラからの援軍も伴っているとのことです!」

「陛下!」

 バラが安堵の表情で声を上げる。ギョームはにっと笑うと、遥かオイールの方角を見つめる。

「……キリエ……」

 留守を預かるキリエが、自分の危険を察知するや間髪を入れずに援軍を送り込んだと思うと、胸が一杯になる。そして、くじけかけていた心が奮い立つ。王は剣を高々と掲げた。

「間もなく援軍が到着する! 怯むな! 戦えッ!」

 若獅子王の叫びに、兵士らは鬨の声を上げた。


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