狂信者と、戦闘
加藤が美鈴の手を引き、奥の扉に向かった時だった。
突然、外から落雷のごとき音が聞こえてきた。それも、立て続けに数回。駐車場の方からだ。
加藤は、すぐに悟った。これは爆発音だ。外で、誰かが何かを爆破させた……。
チッと舌打ちする。奴らは、想像を超える厄介な連中だ。
「まずいぞ。とりあえず、そこに隠れろ。ふたり入れるくらいのスペースはあるから」
言うと同時に、カウンターの床を指さす。
そこには、床下収納庫があった。加藤は床板を上げ、入るようにふたりを促す。
「えっ……大丈夫なの?」
不安そうな美鈴に、加藤は笑みを浮かべて頷く。
「大丈夫だよ。俺を信じろ。あんな連中、追っ払ってやる」
そう言ったが、美鈴はどうしようか迷っているようだった。ここに入ってしまったら身動きが取れない。つまり逃げられないのだ。不安にもなるだろう。
だが、先に動いたのは娘の玲奈だった。狭い収納庫の中に、自ら入っていったのだ。そして、母を手招きする。
娘の姿を見て、母も覚悟を決めたらしい。一緒に、中に入っていった。
その時、後ろから誰かが叫んだ。
「お、おい、俺たちはこのままかよ!? 頼むから外してくれよ!」
「いや、このままにはしないから安心しろ」
そう言うと、加藤はダクトテープを手に近づいていく。
次の瞬間、ひとりの口にダクトテープを張り付けた──
「おい! なにすんだよ!」
「いい加減にしてよ!」
「頼むから許してくれ!」
皆は口々に、必死の形相で叫んでいる。中には、泣き出している者までいる始末だ。
しかし、加藤は彼らの事情にはお構いなしだった。あっという間に、全員の口にダクトテープを貼り付けた。さらに、床で気絶している風間も縛り上げ、口にダクトテープを貼った。
そして口を開く。
「これで、余計なことは喋れなくなったな。いろいろ考えなきゃならないんだからよ、ちょっと黙っててくれ。でないと、全員死ぬよ」
言った時だった。突然、とんでもない音が聞こえてきた──
大広間に突っ込んで来たのは、一台の黒いバンだった。壁と木製の扉をバリバリとぶち破り停止した。
元同級生たちが恐怖に歪む中、車から降りてきたのは、先ほど加藤に追い返された黒ずくめの男たちだ。しかし、中の様子を見るなり、互いに顔を見合わせている。さすがの彼らも、大広間の状況には困惑しているらしい。
それも当然だろう。なにせ、二十代前半の若者二十人が、ダクトテープで縛られ椅子に座っているのだ。ただ、風間だけは床に転がっていた。まだ意識はないらしい。
「これは、いったい何ですかね?」
車から降りてきた青年が、思わず尋ねた。だが、リーダー格の男はにべもない。
「何でもいい。我々には関係ない。ここにいる者は全員殺す、それが師父の命令だ! いくぞ! 天! 地! 敬! 神! 魂! 殺! 天と地を敬い、神の魂もて殺す!」
奇怪な呪文のような言葉を叫んだかと思うと、懐からナイフを取り出した。
このナイフは先が尖っており、ナタのように大きなものである。いわゆるダガーナイフだ。柄の部分には、奇妙な紋章が彫られている。
残りのふたりも、同じ言葉を唱えナイフを取り出す。
すぐさま三人組は動いた。何のためらいもなく、座っている者たちの喉をかき切り出したのだ。
切られた元同級生たちは、喉から血を吹き出し、バタバタ痙攣していたが……やがて、ガクッと首を落とす。言うまでもなく絶命したのだ。
あっという間に、三人が殺された。男たちは表情ひとつ変えず、次の獲物に向かい手を伸ばした。
その時、加藤が潜んでいたキッチンから飛び出した。この男は、音が聞こえてきた瞬間にはキッチンに身を隠していたのだ。
「このイカレ野郎どもが! 返り討ちにしてやるぜ!」
叫びざま、手にしたものを投げつけた。
相手は、何事かと一瞬怯んだ。しかし、加藤の投げたものは大きく外れた。天井に当たり、ガシャンという音を立てる。
それでも、加藤はまだ投げ続けている──
敵の三人は、瞬時に標的を変えた。動ける者から殺す、これは当然のことだ。他の者を放置し、加藤めがけ襲いかかる。
が、その瞬間に上から降り注いできたものがあった。皿の破片である。大量の破片が、土砂降りの雨のように降ってきた。
加藤が、皿を何枚も投げたのは当てるためではない。破片を降らせるため、天井めがけ投げたのだ。天井に当たり砕けた皿は、大量の破片となって落ちていく。
鋭く尖った破片は、さすがに無視できない。男たちは、反射的に片腕を上げ防ぐ。動きも止まった。
これこそ、加藤の狙っていた状況だった。一気に襲いかかる──
加藤はダッシュし、さらに跳躍する。もっとも近い位置にいた者に、飛び膝蹴りを食らわしたのだ。
助走を利かせてからの飛び膝蹴りは、相手の顔面にまともに入った。しかも、意識は完全に降ってくる破片の方に向けられていた。飛び膝蹴りなど、完全に想定外だ。
グシャッという音と、骨の折れる感触が膝に伝わってきた。鼻がへし折れた男は、激痛により呻いた。
直後、加藤は相手の頭をつかみ、円卓に思いきり叩きつける。この一撃で、相手は完全に意識を失った。手を離したら、バタリと倒れる状態だ。
しかし、加藤はここで終わらせない。髪を掴んだまま、頭にもう一撃食らわせる。
相手の頭蓋骨が砕ける感触があった。これで終わりだ。頭蓋骨が砕けた場合、骨の破片が脳を傷つけ、ほぼ確実に死亡する。
そこで、ようやく加藤は手を離した。相手は、そのまま倒れる。
残りのふたりは、当然やられっぱなしでいる気はなかった。破片の雨に怯みはしたものの、仲間が死んだと見るや、ナイフを手に加藤へ襲いかかる。
それを見た加藤は、すぐさまテーブルの下に潜り込んだ。ふたりは、一瞬ではあるが標的を見失う。
一方、加藤は瞬時に反対側へと移動し、そばにあった椅子を掴んだ。
当然ながら、そこには人が座っていた。岸田直美だ。かつて「キモいんだよ。顔洗え」と言いながら、加藤の頭からバケツで水をかけていた女である。
さほど大きくないとはいえ、それでも体重五十キロを超えているだろう。しかし、加藤はお構いなしだった。凄まじい腕力で岸田ごと椅子を持ち上げ、ぶん投げたのだ。
相手は、こんな無茶苦茶な攻撃など予想していなかったのだろう。岸田と椅子を受け止めきれず倒れた。
同時に、岸田の体から血が滴り落ちる。相手の持っていたナイフが、岸田の喉に刺さってしまったのだ。
岸田の体が痙攣している。刺されたことによるショック症状だ。おそらく、数分も経たぬうちに死ぬだろう。
しかし、加藤は岸田の状態など完全に無視し、倒れた男の首めがけ一気に足を振り下ろす。
一撃で、頚椎がへし折れる。骨の砕けた音が、はっきりと聞こえてきた。
その時、残るひとりが予想外の行動に出る。椅子に座っている男の首に、ナイフを押し当てていたのだ──
「来るな! 近寄ればこいつを殺すぞ!」
はっきりと、そう言ったのだ。
加藤は、ハァと溜息を吐いた。事情を知らないから仕方ないのだが、あまりにも頭の悪いやり方だ。ある意味、シュールな光景である。
「お前は、ライトノベルに登場する異世界人レベルのアホだな。ああ、いいよいいよ。さっさと殺してくれ。そうすりゃ、こっちの手間が省ける。ほら、スパッと殺っちゃってくれよ」
そう言うと、何のためらいもなく正面からズンズン近づいていく。その顔には、笑みが浮かんでいた。おかしくてたまらない、という表情だ。
「クソ!」
叫ぶと、男は一気に「人質」の喉をかき切った。と、大量の血が吹き出す。
直後、男はナイフを振りかざし加藤に襲いかかる。
しかし、加藤の動きは予想外のものだった。いきなりしゃがみ込むと、相手の右足を脇に抱え込む。
と同時に、残る左足を己の両足で思い切り払った──
突然の足払いに、相手は意表を突かれ派手に転倒する。ほぼ同じタイミングで、加藤は相手の右足首を脇に抱え込み、さらに相手の膝を己の両足でロックする。
思い切り捻り上げると、膝がバキンという音を立てた。同時に、悲鳴が上がる──
これは、ヒールホールドという関節技だ。ヒールと名が付いているが、膝を破壊する技である。危険なため、アマチュアの試合では禁じ手にしている団体が多い。
相手もまた、膝関節を完全に砕かれてしまった。もはや立つことはできない。
もっとも、加藤はこれで終らせる男ではなかった。相手のナイフを奪うと、すぐに喉めがけ突き刺した。
大広間は、惨憺たる状況であった。
幾つもの死体が転がっており、流れ出た血が床を真っ赤に染めている。さらには元同級生の誰かが漏らしたらしい尿の匂いまで漂っている。かなりひどい匂いだ。
そんな中でも、加藤は動き続けていた。死体を全て、部屋の隅に放り投げていく。恐ろしい腕力だ。
次いで壊れた机と椅子を持っていき、死体の上に積み上げる。死体を見えないよう覆ったのだ。
続いて、床板を開け中にいる親子に声をかける。
「おい、とりあえずは助かったぞ。ここに来たアホどもは、全員俺が片付けた」
そう言ったところ、ふたりは恐る恐る出てきた。だが、大広間の状況を見るなり顔をしかめた。なにせ、あちこちに血の染みがついているのだ。何があったかは一目瞭然である。
一方、加藤はナイフを手に元同級生へと近づいていく。
ひとりずつ、ナイフでダクトテープを切り外していった。全員を、自由の身にしたのだ。
唖然となっている一同に向かい、加藤は冷酷な表情で言い放つ。
「簡単に状況を説明する。俺たちは、とっても怖くてヤバいお兄さんたちを敵に回しちまった。この後、もっと手強い連中が襲撃をかけてくるはずだ。正直、勝ち目は薄い。こうなるとだ、皆で協力して戦うしかないんだが……はっきり言って、お前ら使い物になるのかね? そこんとこ、ちょっと不安なんだよな」
「頼む! 俺たちを助けてくれ!」
叫んだのは安倍史郎だ。中学の時「加藤は、もっとも下等な人間だ」などと言いながら、すれ違う度に蹴りを入れていたようなタイプである。
そんな男からの懇願を、加藤はせせら笑った。
「助けてくれ、ときたか。俺がいじめられていた時、この中の誰か助けてくれたっけ? 俺の記憶が確かなら、みんな笑って見てたはずだけどな」
途端に、皆は下を向いた
実のところ、今回の出席者の中で、加藤のイジメに加わったことのない者はひとりもいないのだから……。
・・・
加藤が、大立ち回りを繰り広げていた時──
森の奥で、宇宙生物はハッと顔を上げる。
今、ちょうど仕留めた月の輪熊を食べていたところだった。一撃で撲殺し、体を分解して肉を口に放り込んでいたのだ。腹は減っていなかったが、味見のため食べていたのである。
今、確かにあの声が聞こえた。
意味のわからないものだったが、声の主に危険が迫っている……そんな気がした。
ならば、助けに行く。宇宙生物は、熊の死骸を放り出し再び動き出した。




