3 情報屋
「レムナントはどうだったネ?」
店の看板を引っ繰り返し、閉店にした後、元の椅子に座ってニヤニヤと下卑た笑みを浮かべた李に、俺も笑みを返す。
「ま、情報はもう入ってるかラ、聞かなくても分かるヨ。あの長はちょっと欲張り過ぎたネ。ゲーム内でもトップクラスのギルドに喧嘩を売るには、アイツ等ちょっとザコ過ぎだヨ。……というか、何故あんな寄せ集めに入ったネ?」
「――ん? まぁ暇つぶしだよ」
暗殺ギルド”A”は、寄せ集めだった。
長とその子分に、ソロの暗殺者や盗賊等の悪に分類される職業の人間が寄せ集まって出来た集団だ。
つまりは長が自分の子分を作りたかったのである。
その中に、長よりもレベルが高かった俺がいたのは、長としては僥倖だっただろう。
その俺は、ただレベルアップをした後の休憩というか、箸休めの様な気分で参加しただけだったのだが……。
集団には俺以外にも中堅の腕の立つ連中が多かった。
だから欲を掻いた。
レムナントは基本的な兵力は中堅のプレイヤー一人にNPC兵数十人という部隊で成り立っているが、その上のアルカナを冠する幹部達の部隊は、ゲーム内でもトップクラスの実力を誇る精鋭だ。
たかが寄せ集めでは絶対に勝てないとわかっていた。
そこまで考えて、ふと思い出す。
「そういえば、逃げる時に隊長格の人間と会ったな」
「へぇ~……どんな奴ネ?」
「赤髪の若い女の子だった」
俺はその外見を端的に説明する。それだけで、李は誰の事を言ったのか理解出来た様だ。
だが、黙った儘笑みを浮かべている。
仕方が無く、俺はメニュー画面を開き、お金を取り出してテーブルに置く。
「毎度。……赤髪の若い女。外見から推測すると”無法の女王”ネ」
その二つ名に、俺もあぁ、と思い出す。
有名な人間は、その二つ名や持っているスキルはゲーム内に知れ渡っている。有名税みたいなモノだ。
レムナント副総裁兼アルカナ”女王”の名を冠する部隊”裁定の女王”の部隊長。
その二つ名である”無法の女王”は、彼女のユニーク職業から取られている。
彼女のユニーク職業は”軍火の女王”。
空間から銃や大砲を顕現させ、一瞬で火の海に変えるというチート的な代物だ。
それを発動させた場合、周囲は純粋な破壊力という理不尽を受ける事になる。
このゲームはFFもあるので、理不尽に晒されるのは味方もなのだが。
故に、ついた二つ名が”無法の女王”。
他にも”皆殺し”、”火力の女王”とも呼ばれている……らしい。
「成程……逃げて良かったぁ。俺そんな奴と話してたのかよ。こっわ」
「女王のレベルは189。公式大会でも実績があるシ、幾らレキでも真正面からの一対一なら先ず勝てないネ。逃げて正解ヨ」
え、何それレベル高。大学行かずにやってる俺より高レベルってどんだけ廃人なんだよ。
「……ま、組織も壊滅したから、これ以上追い掛け回される事もないヨ。見てみナ」
李は俺に、自分が開いていた画面を見せる。
「何々……『レムナントに喧嘩を売った小規模組織が壊滅! 理由は幹部暗殺への報復か』。……報道ギルドか。良くもまぁこんな小さいネタで記事を作るもんだ」
俺はある意味感心してしまう。もう記事が上がってるんだな。
報道ギルドは、有志プレイヤー達によって結成されたギルドで、このゲーム内で起こった様々な出来事を記事にしたり、動画にしたりして、配信を行うギルドだ。
運営にも映像や記事を提供しており、半分運営側との協同運営しているとも言える。
「ま、大して大きな記事じゃないから、周囲も大して気にしてないいネ。それより大事な事があるヨ」
そう言うと、李は画面をスライドさせて、別の画面を見せる。
それは、公式のアップデート情報だった。
「――上級者対象の新レイドイベント? しかも場所がグウィンドリン大森林?」
”Next World Order”では、時折こういったイベントが開催される。
そのイベントは対象を指定されるが、基本的にプレイヤーであれば誰でも参加可能である。
その種類も豊富で、大型の魔物――レイドボスを倒すイベントや、採取イベント、目的地を巡るイベント等多種多様で、一番多いのがレイドボス戦だ。
クリスマスやバレンタイン、正月などでもイベントが開催される。
そして、グウィンドリン大森林は本来初心者~中級者向けのダンジョンだ。
一番弱いのでゴブリン、強いのでもジャイアントボア程度で、上級者が入る事は滅多に無い場所だ。
「イベント開始までは後一週間はあるヨ。……もう三ヵ月も冒険してなかったロ? 参加するなら勘、取り戻す必要があるネ」
ふむ、最近は”A”に掛かりっきりだったし、久しぶりに冒険ってのも悪くない。
というかそもそも、
「暗殺じゃレベル上がらないからなぁ……」
そう。このゲーム、暗殺者という職業は実に不遇なのだ。
まず一つに、このゲームは復活ありのゲームであり、暗殺という手段が意味が無い事。
死んだら終わり、ではなく、暫くすれば復活出来るのだから、そもそも”暗殺”自体が成り立たない。
故に、暗殺者が受ける依頼の殆どが、『対象者をキルして一定時間の行動を制限してくれ』程度なのだ。
そして、もう一つが、PKでは経験値が発生しない事である。
金は落とすが、経験値はもらえない為、暗殺者であっても冒険者の様な事をしなければならない。
だが、冒険では対人戦と隠密に優れた職業である暗殺者より、戦士系や剣士系、魔術師系のプレイヤーの方が役に立つ。
でも、レベルを上げるには冒険をして魔物を倒すしかない。
だから、暗殺者の職業をメインで習得しているプレイヤーは少ない。
「そうだな。……久しぶりに冒険稼業ってのも悪くないか」
俺がそう呟くと、李は待ってましたとばかりに机をバンと叩く。
「そう言うと思ったネ。最前線に行くための転移結晶は用意してあるヨ。取り敢えず、パーティーメンバー集めるから、ちょっと待ってるネ」
そう言うと、李は画面を開いて個人チャットでやり取りを始めた。
李の基本的な職業は”情報屋”であるが、覚えているスキル格闘家系と暗殺者系という生粋の武闘派でもあり、レベル163という高レベルの猛者で、ユニーク職業も持っている。
勿論、武器は己の腕だ。
曰く、「情報屋は強く無きゃいけないネ」だそうだが、なんでかは知らん。
「そーら集まったヨ。これから迎えに行くネ。――ほら、とっとと付いてくるヨ。」
チャット画面を閉じた李が、出口に急かしてくる。
「ちょ、ちょっと待て。何処に連れてくつもりだ?」
俺の質問に、李は俺を押しながら笑う。
「――”朕項”ネ」
……え、あの脳筋の巣窟に行くの?
その頃、軍事国家レムナントでは、霹靂と李の話題に上がった件の”無法の女王”こと、プレイヤーネーム”スカーレット”が帰還の途についていた。
やってきたのは、歓談の場ともなっている会議室。
二十二と一つの椅子が、中央に鎮座した机に均等に並べられている。
その内の一つ、黄金の杖の刻印が入った椅子に座り、
「は~……なんか拍子抜けだったなぁ」
そう言って机に俯せる。
「おかえりーレット。まぁそりゃそうでしょ。たかが一暗殺集団如き、私達に勝てる筈ないって」
そんな彼女に、椅子に座って画面を開いて何かを確認している黒髪の女性が声を掛けた。
その右胸の位置には、天使の羽根が付いた水瓶のエンブレムが縫われている。
この円卓に入れるのは、緊急時以外は幹部のみの為、彼女もまたレベル限界である200に近いレベル181を誇る上位プレイヤーの一人であり、レムナントの幹部”節制”である。
そしてもう一人、イケメン顔の男が、にこやかな笑みを浮かべて、椅子に座っている。
彼の右胸には、十字架のエンブレムが縫われていた。
「あ、ゲル君だ。お疲れー」
「お疲れ、レットさん」
スカーレットに”ゲル”と言われた男は笑みを浮かべて応じる。
「……で、ネルネは何してるの?」
ネルネと呼ばれた黒髪の女性は、画面を見た儘スカーレットの問いに答える。
「んー? 必要ないと思うけど報告書をね。幹部連中とかは殆ど捕虜に出来てるから、残ってるのはザコばっかなんだけど、一応って事で確認してるのさー」
それに対し、スカーレットもまた「確かに」と同意する。
あの場にいたのは自分達よりもレベルの遥かに低いプレイヤーばかりだった。
ネルネは幾つも浮かぶ画面の内、名前がズラリと並んでいる画面をスクロールする。
「捕虜になったから漸く相手のレベルが確認出来るよー。この鬼畜仕様いい加減直して欲しいんだけど。……あら、長がレベル130もないんだ。それに幹部達も高くて100レベ台。それ以外は中堅や初心者といっても良い低レベル。……良くもまぁこの程度でウチに喧嘩を売ったもんだ」
ネリネの言葉に、スカーレットは驚いた。
「え、そんなに低かったの? ……でもゲル君殺られたんだよね?」
「うん。見事だったよ。気が付いたら頭と胴体が離れてた。姿すら見れなかったね」
スカーレットがゲルに顔を向けて聞くと、ゲルは苦笑いを浮かべて頷いた。
ネルネもまた、それに同意する。
「一応警備はちゃんとしてたし、ゲル君も幹部の中では低いとはいえ、174レベあるんだけどなー」
ネルネやゲルの言葉に、スカーレットはキルする前に逃げられた、胡散臭そうな青年の事を思い出し、もしかしたら、と考える。
「でも見たところ、捕縛した中に暗殺者とか忍者系の職業の高いレベルのプレイヤーはいないね。ま、依頼を出したのは”革命家”の職を持つNPCだったし、この件は報告書出して終わりだね」
そこまで言って、そう言えばとネリネはスカーレットに尋ねる。
「……レット、イベントには参加する?」
「え? あ、新しいグウィンドリン大森林の? うん、やるやる」
スカーレットが頷いたのを確認して、ネリネは総統からの命令を言う。
「中堅とか新人連れてイベントまでにレベル上げ、最前線行って来いってさ」
「うへぇ~、相変わらずスパルタだね。……わかった。ちょっと行ってくる」
総裁からの若干無茶な命令に、スカーレットは素直に応じたのだった。
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