2 逃亡成功
取り敢えずこの場を脱出するのが先決だ。
俺は肩を竦め、努めてにこやかな人の良さそうな笑みを心掛けて無害アピールをする。
「いやいや、俺弱いよ? 中に強い奴がまだいるから、そっちを捕まえた方が良いんでないかい? こんなオッサンを虐めないでよ」
俺の外見は顎髭をちょっと生やした着物風の衣装を何枚も着たくたびれた感じの三十代のオッサンだ。
中身というか、リアルは二十六歳の無職だけどな。……稼いではいるけど。
この世界では人外もプレイヤーは選べるのだが、基本的にキャラの外見は、実際の容姿から髪の色や眼の色、後は年齢を多少弄れる位なので、俺は少し上の年齢の外見にしている。
因みにこのゲーム、フレンドやチームメンバー以外のプレイヤーや魔物のレベルやスキルは、【解析】という鑑定専用のスキルを使わないと見れないし、魔物のステータスは図鑑を見なければわからない仕様となっている。プレイヤーに関してはステータスは【解析】しても見れない。
つまり、外見で他プレイヤーのレベルの判断は出来ないのだが、余り俺を見て強いと思う奴はそうはいない。
そういう風にキャラを作っている。
外見だけならズボラな風体のオッサンだからな。
「…………うーん。なら、良っかぁ」
え、何この子。チョロくない?
外見やら声からして絶対真面目系女子だと思ってたけど、想像以上に怖くないぞ。
なんだろう。全体的に軽いというか、ノリで生きてる感がある。
これならいける!
「そうそう。……許してくれないかなぁ? お金も渡すし、こんな事二度とやらないからさぁ」
勿論嘘である。この世界じゃ、PKは容認されている行為だ。
まぁ大してメリットがないからだけど。
それをやらなくても、冒険者みたいに魔物を倒す事でお金は手に入るが、暗殺者という職業ならそれらしく振舞わないとな。
「……うーん。……そうだね。私としてはそれで手打ちで良いと思うな。私に感謝しなさいよー?」
なんだろう。こう年下の女の子にこういわれるとオジサンちょっとドキドキするわ。
なーんて、顔には出さないけど。
「うんうんするする。反省するから」
俺がそう言うと、赤髪の女の子は見た者が嬉しがるだろう程の良い笑顔で頷いてくれた――のだが、
「――隊長、総裁からの命令は『全員殺せ』だった筈です」
後ろで控えている眼鏡の女が邪魔をしてくれた。
この野郎……野郎じゃないけど、邪魔しくさりおって!
「うーん。そっか、そうだった。……オジサン、ゴメンねー?」
彼女は眼鏡女の言葉に素直に頷き、俺に謝って来た。
馬から降りて、武器を持って俺に近付いてくる。
おま、ちょ、裏切り速すぎだろ!? ブルータス!!
くっそう、何もせずに逃げ出せると思ったのに……。
さっき眼鏡女は赤髪の子を「隊長」と呼んだから、恐らくは上位の人間。……多分ギルドの幹部クラスだろう。
だとするならば俺のレベルより圧倒的に上だ。普通に戦うんじゃ勝てない。
ならどうするべきか。……答えは簡単だ。
「――逃げるんだよっ」
俺は瞬時に、自分の影の中に逃げ込んだ。
俺が習得しているのは【影魔術】。
影を操り、影から影へと移動する暗殺者向きというか、暗殺者向きのスキルだ。
暗殺者という職が持つスキルとダブってるモノも多いのがネックだけど。
と言う訳で、俺を探している哀れな連中に一言、
「あばよぉ~とっつぁーん」
逃げるなら、このセリフだよな。
暗闇の中を進む俺の耳に、遠くから叫ぶ様な赤髪の女の子の声が聞こえてくる。
『こらーっ!! 逃げるなぁー!!』
それで待つ奴はただの馬鹿だよ。
【影魔術】のお陰で無事逃げきれた俺は、レムナントの領域から離れ、このゲーム内で中央に位置するAIが管理する”永世中立の街シンジュク”にある宿屋に入った。
この街は魔法と剣、そして銃の世界にも関わらず、現実世界と大差ないビル群が立ち並んだ街で、AIが管理する”公式が運営する街”である。
その中でも宿屋は基本的に安全区域なので、俺も大いにリラックス出来る。
ロールプレイで、現実には出来ないからと暗殺者ジョブをしているけれど、だからといってずっとスリルを味わっていたい訳ではない。
そんな訳で、改めてメニューを開き、ステータスを開く。
プレイヤーネーム:ヘキレキ 種族:人族
Lv:176 職業:暗殺者・影魔術師・盗賊
装備
頭:なし
胴:風来坊の胴着
手:暗殺者のアンクレット
足:風来坊の袴
靴:暗殺者のブーツ
武器:短刀”ティンダロスの猟犬”
とまぁこんな感じなのだが、ステータスは力の数値であるSTRと、素早さの数値であるAGIを中心に、それ以外ではクリティカルの発生確率に関わるLUKを特に上げており、防御は装備に頼っている状態だ。
で、職業の盗賊は犯罪者の職業。一般常識と比べて悪い事をすると得るジョブだ。
暗殺者は言わずもがな。どちらともAGIとLUKに補正が掛かる。
使う魔術は先程も言ったが癖の強い影魔術。影から影への移動や、影を操る玄人タイプの術だ。
なので、俺の戦い方は、影魔術で素早く近付き、クリティカルを発生させて一撃で仕留めるという、暗殺者の典型である。
このゲームの特徴として、プレイヤーの戦い方や習得するスキル等によって、一般的な職業がユニーク職業に変化し、スキル等もオリジナリティあるモノに進化するのだが、俺は未だにユニーク職業を持っていない。
……というか、典型的過ぎて独自性さが無いから変化しないのだと俺は睨んでいる。
後は実績とか立場とか?
俺はレベリングもするが、ロールプレイも楽しむタイプで、暗殺者は大会に出ないだろうと思い、公式大会にも出た事はないので、実績なんてないのだ。
だとしても不便ではないから構わないんだけど。
で、武器だが、二年程前にあったイベント”外なる界からの来訪者”限定ドロップの武器で、”ティンダロスの猟犬”という犬型の魔物を倒すと確実に手に入る、AGIとLUKに若干のプラス補正があるだけのユニーク武器でも何でもないただの短刀だ。
使い勝手の良さと、阿呆みたいにドロップしたので入手したプレイヤー達が悉く売った、という理由で安く市場に流れた時に大量に購入しておいたものだ。
最近ちょっと在庫が少なくなってきたけど。
俺の戦い方だと、一気に近付いてのクリティカルと急所を突いての致命での一撃決殺なので、大して武器が強く無くても良いのだ。
首がちょん切れたり、心臓に当たればどんなにレベル差があっても基本的には即死だからな。
ま、心臓を狙う場合はその判定が意外と厳しかったりするし、ゾンビやスライム等の一部人外種は別だけど。
それにしてもあのイベントは大変だったなぁ……。
通常のステータスの他に、SAN値というイベント専用ステータスが追加されており、そのイベントに参加している最中どんどんそれが溜まっていき、MAXになったら即死という厄介なイベントだった。
因みに、人外の内、ゾンビとかスケルトンとかスライムとかを取ったプレイヤー達には適応されなかった。
そりゃ確かに効かんだろうな、と納得したものだけど。
最終的にイベントボスは人や亜人種達の物量で押し崩し、人外プレイヤー達で倒し切るという戦法を取る事でクリアした。
閑話休題。
宿を出た俺は、シンジュクの中央に位置するスクランブル交差点から入る事が出来る雑多な商店街に入る。
そこに広がるのは、ありとあらゆる国の文化を取り入れたかの様な、カオスな空間だ。
中東系や中華系、ヨーロッパぽい店に和式の店が、隣だったり同じビルに入っていたりと、慣れるまでは眼が痛くなる事間違いなしだ。
俺はこの雑多な感じが好きだが、一部の人間はこの街に近付こうともしない。
そいつら曰く、
「別世界として第二の人生を楽しむためにやってるのに、何故現実とそっくりの場所にいなきゃならんのか」
らしい。
俺としては安心する空間なんだけどなぁ……。
で、俺が向かうのはその商店街の中でも隠れる様にしてビルとビルの間に立つ中華っぽい店。
『田中飲茶店』と書かれた看板が掲げられた扉を、無遠慮に開ける。
それと同時に、扉につけられた来店を告げる鈴が小さく鳴る。
店内は狭い。人二人が漸く通れるか通れないかという程だ。
その一番奥で、なにやら画面を開いていた漢服を着たサングラスを掛けた白髪の渋いオッサンに、俺は声を掛ける。
「よぉ、李。久しぶりだな」
「オー、来ルと思ってたヨ。レキ」
俺の声に反応して顔を上げた馴染みの情報屋であるプレイヤーネーム”李田中0303”は、渋い外見に似合わない、まるでアニメやゲームの中国人キャラの様な話し方で、ニヤリと笑った。
影魔術で入った影ですが、アクションやFPSとかでのバグを想像して頂けると分かり易いと思います。
本来建物の壁や天井、床がある筈の場所を通れて、何処からでも戻れる感じです。




