59 ピンクのカニさん
クロゼットの中は、部屋から切り離された空間だ。従って、真冬のこの時期にはひんやりとした冷気に包まれている……はずだったのだが。
扉を開けると、ぶわっと溢れてきた熱気にテオは顔を顰めた。
(ロディの気配は無いから、誰かと思ったら……)
常は布がかかっている穴。突っ張り棒は無残にけり落とされ、布ごと床に落ちてしまっている。
その穴からは、濃いピンクに薄いピンク。グラデーションのかかったようなピンクの布とバリエーション豊富なピンク色の布が幾重にも垂れている。
布の中からは二本の足がにょきっと突きだしており、その足がバタバタと暴れる度、飾り紐がシャラシャラと美しい音を立てている。
誰か、などとは考えるまでもない。とても残念なことに、テオには心当たりがあった。
「……カティ殿。何をされているんですか」
心底呆れたように放ったテオの声に、呼びかけられた足の持ち主は、びくっと身を縮ませた。足しか見えないけれど、肩も竦めているのだろうなと不思議と想像できる。
「だって。私も、リアムに会いたいもんっ!!」
「……」
「ロディばっかり、ずーるーいー!!」
壁の向こうで叫ぶ声も、きちんと聞こえる。少々、くぐもってはいるけれど。
じたばたと動く足を見て、ああ、手もバタバタと動かしているんだろうな、と。テオは妙に冷静に考えていた。
◇◇◇
「カホちゃん、ごめんね。こちら、カティ殿。団長の契約竜だよ」
足をなんとかあちら側へと押し込め、穴ごしに紹介することとなった。カティは穴を通れなかったのにご立腹で頬を膨らませている。
「こ、こんにちは。平田夏帆です」
ぺこり、と戸惑い気味の夏帆が頭を下げると、むすっとした様子だったカティは瞬きをする。
「あれ? 魔王そっくり」
「ええと、少し違うんですけど……あれ? カティ……ちゃんは、母に会ったことがあるんですか?」
カティ殿、カティさん。
どれもしっくり来ず、怒るかなと思ってちゃん付けをした夏帆にも特に気を悪くした様子もなく、カティは頷いた。
「うん。だって、勇者一行と旅したもん」
「え! そうなんですか。こんな可愛い女の子も危険な旅に駆り出されるんですね……」
痛ましそうな顔をする夏帆を見て、テオは何も言わない。
一方、カティは“可愛い女の子”と言われて満更でもない様子だ。
膨らんでいた頬が少しだけ緩んだ。
「カティちゃんは、一人であそこに居たんですか?」
「うん。私だけだよー」
「そう、ですか……」
カティの返事に夏帆は首を傾げた。夏帆が最初に聞いた声は、もっと低い……男の人の声のように思えたのに。
作者の都合で、カティは四年程穴に挟まってたみたいです。
執筆中のままになっており、とっても短いのですが……せっかくなので置いておきます。




