57 和風人形の完成です
「う、わあ……」
「……」
「……」
思わず声を上げたのは夏帆。テオとリアムは言葉を失い、母がテーブルに誇らしげに出したフェルトでできた“お人形”を見つめている。
父はそっと目を逸らし……次郎吉に至ってはテレビに視線を転じた。
(おじちゃんずるい)
早々に戦線離脱した次郎吉に心の中で文句を言う夏帆。そんな面々を気にも留めず、母はマイペースな笑顔を浮かべた。
全員そろっての夕食後。憑代という名のお人形がお披露目されたのだ。
「ふふふ、なかなか可愛いでしょう。和風にしてみましたー!」
得意げに出すソレは、夏帆が想像していたよりは人形だった。
「なんか立体感がない、な?」
リアムが辛うじて絞り出した言葉は最もだ。
指先で押してみると、中身に綿が詰まっているであろうことは辛うじて分かる。でも……それにしたって平たい。
「サヨコさん。髪の毛は……なんで毛糸がスカスカな所があるんだい?」
恐らく、日本女性を意識したのだろう。長い毛糸が一本一本丁寧に貼り付けられている。しかし、途中から急に隙間が空き始めて左半分はスカスカで、少し不気味だ。
父の問いに、母はにこっと笑顔を浮かべて答えた。
「最初はきっちり貼っていたのだけれど、なんか髪の毛がモッサリしてきたから途中で軽めにしてあげたのよ」
そして、少し困った様に首を傾げる。
「でもね、最初に貼った方が取れなくなっちゃって。もういっかなーって」
「あ、一応はバランス取ろうとしたんだね」
ならば、諦めて全てモッサリにすればよかったのに。
きっと今、四人の心は一つだろう。
「え、えーっと。でもさ、着物は上手にできてるんじゃないかな」
テオが必死にフォローをし、少し困ったように目を逸らして呟く。
「ちょっと、体が大き目だけど……」
「テオさん、無理しなくていいですよ」
何かいい所はと、必死に探すテオに夏帆は微笑んで首を横に振った。
改めて人形を見ると……真っ白なフェルトで作られた顔。目の位置にボタンが縫い付けられてはいるが、よく見かける人形用ではなく、普通の黒い四つ穴ボタンだ。ちなみに若干大きさが違う。
(絶対、予備ボタン使ってる)
薄っぺらいフェルトでできた不気味な顔に、素敵な着物がぶら下がっている。とでもいえば良いのだろうか。
笑った口を表現したかったのであろう口は、半円ではなく三日月を逆向きにしたような形で不気味さに拍車をかけている。
かわいらしく見せたかったのであろう頬は、丸く歪んだフェルトが貼られているが……残念なことに口と同じ真っ赤な生地を使っており、顔の白色とのコントラストも相まって不気味としか言い様がない。
髪の毛は右半分がきっちり隙間なく埋められているが、左半分はスカスカ。しかも長いのでボサボサに見える。
袖の所にライオンのシルエットが付けられた着物だけは見事なものだが……このビジュアルなのに八頭身くらいはありそうなほど、体が大きい。
「……着物は、作れたんだね」
「今は本当便利よね! 型紙を落としてね、ミシンでダダダーって」
「そっか。布地を選べばだいたいは上手くいくもんね……」
「ね。このライオンは何なの?」
「あはは、やーね。それはヒマワリよ」
「……ふ、冬なのに?」
白と紫色のグラデーション生地に、牡丹の花が艶やかに描かれた素敵な着物だ。その袖の部分にでかでかとライオン……ひまわりのシルエットが刺繍されている。
裾からぴょこんと飛び出した白いフェルトの足は裸足でやはり薄っぺらい。
「ほら。せっかく久々に塚から出てくるんだもん。冬じゃ寂しいかと思って」
母は、不気味な人形を大事そうにぎゅっと抱きしめた。
「せめてヒマワリの刺繍をしたのよ」
「……」
優しく微笑む母。
何も言えない男性陣を代表して、夏帆がゆっくりと口を開いた。
「お母さん。一緒に、作ろっか」
◇◇◇
「夏帆、ありがとう」
出来上がりを見た父は深々と頷いた。
大晦日を明日に控えた、30日の夕方。夏帆の厳しい監督と補助と。ネットの情報を駆使して人形は仕上がった。まだ夕食の準備も出来ていないので、この場にいるのは夏帆と父と母だけだ。一足先にお披露目したのだが、父は胸を撫で下ろした様だった。
あの酷い人形を見た一同はしばし話し合い、血を引く夏帆ならば手伝っても問題は無いのではないかという推測を出した。
そこから二日かけて大部分を二人で作り直したのだ。
もしもダメだと言われたら……あの不気味な人形にお入りいただく予定だ。
着物の出来はとても素晴らしかったので、それに合わせて体を作った。母が目指したかわいい路線ではなく、八頭身タイプの美人で作り直したのだ。
顔に関しては、色々な和風人形の顔を参考にして描いたのでそれなりに美しいと思う。
髪の毛も、細く縒った黒糸をボンドで隙間なく貼りつけ、丁寧にカットしてある。時間が足りず、結い上げることはできなかったので、後ろに長く流してある。
母が気に入っていた着物の袖に入っていたライオン……ヒマワリの刺繍は問答無用で外し、足にはきちんと草履っぽいものを付けた。
素人が作ったのだ。自立なども出来ないし、関節だってない。
しかし、寝る間を惜しんで作っただけあり、最初のものとは比べ物にならない出来栄えになったと思えた。
「最初から、一緒に作れば良かったね」
「でも、夏帆は仕事だってあるでしょう。それに、私一人で作れって話だったもんだから」
それもそうなのだけれど、こうなる前にどうにかできたのではないかと夏帆は首を傾げる。
男性陣が口出しをしなかった理由は全員同じ「自分には作れないから」だ。
夏帆の大きな欠伸を見て、母がすまなさそうに口を開く。作業が多くて、ほとんど眠っていないのだ。
「今日の晩御飯はお母さんが準備するから。寝てていいわよ」
「うん。そうしようかな。ちょっと眠たいし」
夕食までのわずかな時間だけれど、夏帆は自室へと戻り……少しだけ休むことにしたのだった。
魔王様、どちらを選ばれるのでしょうか。
次話、カニと宅急便。話が進みます。




