第二話 その7 激突!桜也vs刹那!?
2027年5月1日(土)
AM9:00
桜也にまんまとしてやられた
うろな高校剣道部が苛烈な特訓を
開始していた頃、
桜也も前日に修業を頼んだ
伊織の指示のもと、
彼から渡された陰陽師ルックな白装束姿に着替え、
中央公園で汗を流していた。
頭まで頭巾で覆ってはいるが、
別段息苦しいことはなく、
しかも微妙に”声が変わって”いるような
感じがするのも陰陽師の技術のすごさを
物語るものかもしれない。
勿論伊織は今回も結界術で”人払い”をしているのだが、
念のために傍から見ても誰を指導しているのかは
分からないようにしていたのである。
『右、左、右、左、前、前、後、後!
伊織さん、こんな感じでいいんでしょうか?』
「今は師匠と呼べ、師匠と!
俺が稽古をつけてやっている間、
お前は見習い陰陽師”桜”だ。
次は左腕で片手逆立ち陣移動10往復!!」
『はい、師匠!』
伊織の指示に従い、
かつて父渉がやらされたのより
数倍ややこしい動きをさせられる桜也。
端から見ると何のいじめかと思える
スパルタぶりであるが、
桜也はそれほど苦もなく
指示をこなしていく。
もちろん体内に秘めた
鬼の力により素の体力も
向上しているのもあるが、
こういう軽業系を元々身軽な
桜也は苦手にしてはいなかったこともあり、
実にスムーズな動きとなっている。
「(・・・全く父子揃って
面倒な連中だ。
完全な人間である親父はまだいいとしても、
半妖まがいの息子にまで陰陽師たる俺が
稽古をつけることになろうとはな。
まあ、文句の多かった親父とは違って
口答えもせずに真面目に取り組んでいる
所だけは評価してやってもいいが。
動き自体はあの時の親父よりも
遥かにいいしな。
・・・刹那もこれくらい、
真剣に修業に取り組んでくれたら
いいんだが。)」
桜也の動きを監視しながら、
ひとりごちる伊織。
自分が怪我をして入院してからというもの、
毎日病室にやってきて基礎訓練はしているものの、
その他の修業はほったらかしにしている感じの娘、
刹那と目の前の少年の真剣さを比較すると
自然に溜息が漏れてくる。
昨日刹那の引き取り延長を嫌々ながら頼んだ際、
快諾されたのまでは良かったのだが、
帰り際刹那がお手洗いに行っている間、
桜也から『妖怪と戦うための稽古を付けてほしい』
と逆に頼まれてしまい、
リハビリも兼ねて車椅子で中央公園まで出てきたのだが、
やはり目の前の少年は”ただもの”ではないようだ。
元々妖気の気配探知に優れる伊織には、
自分を襲った”犬耳侍”と目の前の少年の関係が
おぼろげながらに推測できていた。
そのため彼の力を高めることに対するリスクも
承知してはいるが、
梨桜が別の仕事でうろなを離れている中、
自分も満足に動けない状況で
芦屋本家の方からうろなの安全に関して、
”あまりよくない”報告を
受けていたことから、
この地域の責任者として
使える手駒を増やしておくメリットを
優先した所があった。
本来ならこの機会に刹那を
鍛え上げたい所ではあったのだが、
清水家に居候していることで
父親の監視から解放され、
刹那は母ユリ譲りの”面倒くさがり”さを
全開にしてしまっていた。
今日も午前中から一緒に修業に参加するように
言ったのだが、
「午前中は司さんから料理を習って
その後洗濯を手伝う約束があるから、
お弁当でも作って昼から行くわ。」
とまんまと逃げられてしまう始末。
まあ、同居する桜也に影響を受けたのか、
好きな料理以外の家事も積極的に
やるようになったと聞いているし、
そのやる気が少しでも陰陽師としての
鍛錬に向いてくれればと思うのだが。
少しこの少年を”ダシ”に使ってみるか・・・
桜也の動きを注視しながら
午後の刹那も参加しての修業内容を
頭の中で組み上げていく伊織。
その表情はまさに”性悪”と
揶揄されるにふさわしい、
怪しい笑みを含んでいたのだった。
AM12:00
『はあ、はあ、はあ。
お、終わりました!』
「よし、”犬鬼”に追い回されても
上手く逃げ切れるようにはなってきたか。
そろそろ刹那が来る頃だろうし、
昼の休憩だ。
午後に向けて少し休んでおけ。」
犬型の鬼に追っかけまわされていた桜也が
何とか予定のコースを逃げ切り、
伊織に報告すると
ようやく休憩の許可が出たのだった。
『あ、ありがとうございました。
・・・この頭巾は外したらダメなんですかね?』
「頭巾も含めた服全体に
防護の術をかけているからな。
午後の鍛錬で大怪我する可能性が高くなっても
構わないなら外して構わんぞ。」
『・・・分かりました。
でも水分補給のためなのか、
口元は空いていたり、
結構機能的なんですね、
陰陽師の服って。』
「それはあくまでも
未熟なひよっこ用のものだからな。
あくまで練習用に近いから、
現代の服に近い機能も付けてあるだけだ。
十分に熟達した陰陽師なら
自らの体調も含めてかなりの期間
コントロールすることが可能だから、
着装の機能は簡素化されていて、
その分強い防御や身体強化の術を
自身の身体にかけることが可能だ。」
3時間近く動き回らされて
流石にへたってしまった桜也は
持ってきたスポーツドリンクを口にしながら、
伊織に自らが着ている不思議な白装束の
秘密について尋ねてみた。
伊織も普段指導している刹那が
めんどくさがってそういう部分を
聞いてきたりはしない
タイプであるためか、
意外と饒舌に説明をしてくれている。
『服装にまで色んな背景があって、
奥深いんですね、陰陽師の世界って。』
「当然だ。
一朝一夕で強大な妖怪たちを滅殺できる
力を得られる訳ではない。
偉大なる始祖、芦屋孝良より受け継がれた、
式神”灰燼狼”を始めとした攻めの炎術と
世界を繋ぎ、時には遮断する守りの結界術の二つの術を軸に、
何世代にも渡って鍛錬と実戦を積み重ねてきた結果として
今日まで芦屋流陰陽道が生き残っているのだ。
・・・梨桜や刹那は才能豊かなだけに、
そういった歴史的な背景や組織としての動きについても
もう少し真面目に考えてほしいんだが。」
『な、なるほど。
うちの妹もそうですけど、
天才的な人って色々難しいですよね。
ちなみに始祖様ってどんな方だったんですか?』
何故か妹や娘への愚痴に伊織の話が
及んでしまったため、
慌てて始祖の話に水を向ける桜也。
「始祖についてか・・・
これも中々興味深いところがあるぞ。
伝説では”妖怪を心から憎み、
決して容赦しない苛烈にして偉大な人物であった。”
とあるが・・・正直創作である可能性は否定できない。
その証拠に始祖が孝良を名乗る前の若い頃、
芦屋孝之助と名乗っていた時代の詳細な記録が
本家の書庫などにも全く残っていないのだが、
すでにその時代に陰陽師として名声を確立してことは
声高に主張されている。
おかしいとは思わないか?」
『・・・普通ならその頃のことを
”始祖の偉大な活躍”的に残すだろうってことですか?』
「ふん、多少は頭が回るようだな。
その通りだ。
立志伝として本来一番重要である部分が
”意図的に”削除されている可能性が高い。
そもそも芦屋流には俺が使う式神使役のような術も多いし、
根幹である炎術にしても、その象徴とも言える灰燼狼などは
あくまで人間にすぎない陰陽師たちが独力で従えるのには
強力すぎる高位の存在だ。
単に妖怪憎しの人物であったなら、
そういう方向に術を発展させるとは考えにくいし、
少なくとも灰燼狼との契約を成立できたとは思えない。
つまりは・・・
流石にこれ以上のことを外部に漏らすわけにはいかんな。
まあ、お前の質問に改めて答えてやるとしたら、
”よく分からん。
ただ相当な変わり者だったことは確かだ。”
という感じだな。」
『伝説にも複雑な事情があるんですね。
色々ありがとうございました。』
伊織が気を悪くしないか、
心配ではあったが、
意外と乗ってきてくれたようである。
こういうのはやはり男同士の方が盛り上がるようで、
途中から喜々として話してくれた部分もあるが、
流石に最後間違ったら内部批判になり兼ねない
部分については自重したようだ。
芦屋梨桜を個人的に知っている桜也としては
その始祖も”妖怪は絶対に許さない”という
タイプなのかと想像していたが、
もしかしたら全く違う種類の人だったのかもしれない。
一体どんな人だったのだろうか。
自身が妖怪と近しい存在となってしまった桜也は
芦屋流の始祖にどうしてか心惹かれてならなかったのだ。
疲れた身体を休めながら桜也が想像の翼を広げていると
初めて会った時と同じ陰陽師スタイルとなった刹那が
こちらにゆっくりと歩いてくるのが目に入った。
「おとーはん、お弁当持ってきたで。
・・・その人が新しいお弟子さん?」
「ああ、”あまりに才能がなくて使い物にならない”から、
何とかしてくれと友人に泣きを入れられてな。」
「・・・おとーはんに、友達なんているの?」
「妙な所に突っ込むな!
おい、”桜”!挨拶しろ!!」
『え、ちょっと、なんて・・・』
「俺の娘でお前よりも年下ではあるが、
すでに正式な陰陽師として実戦も積んでいる刹那だ。
午後からはお前の鍛錬を担当してくれる。」
『えっとー、”桜”と申します。
刹那・・・様、よろしくお願いします!』
どうやら午後からは刹那が修業を手伝ってくれるらしい。
どこに行っても”へっぽこ”扱いされるのに
慣れている自分に苦笑せざるを得ない桜也ではあったが、
この場ではプロである彼女に教えを乞うということで、
刹那に丁寧に頭を下げた。
急な展開に胡乱気な態度を崩さない刹那。
陰陽師として紹介されたためか、
いつものゆっくりした挙動の中に
どこか凄みを感じさせていた。
「えー、うち、そんなこと、了解してないんやけど。」
「少しぐらいはちゃんと身体を動かせ。
・・・コイツをのしたらそれで終了という
ことにしてやる。」
「・・・瞬殺してまうと思うで。」
「それならそれで構わん。
素早い相手にお前がどう対応するのかは見るのが目的だからな。
”桜”、お前の刀に相手の術を吸収する結界術をかけてある。
可能な限り逃げて逸らして、
その中で反撃できるようならしてみろ。」
『は、はい!
分かりました、師匠。』
修業前に伊織に預けていた愛護丸を
返してもらい、
鞘から抜いてみると、
不思議な模様が刀身に現れていた。
”術を吸収する”とのことだが
結界術の力は本当に凄いようである。
これで防御を強化しながらも、
そこから攻撃に繋げていける道が開けてきた。
「とりあえずまずは腹ごしらえだ。
刹那、”桜”の分もあるのか?」
「一応作ってきたよ。
・・・どうせなら桜也くんに食べてもらって
感想聞きたかったんやけど。」
『す、すいません。』
「・・・別に貴方のせいじゃないから。」
不満げな刹那の様子に思わず謝ってしまったが、
良く考えたらなぜ刹那にまで
正体を隠す必要があるのだろうか?
伊織さんに目線を送ってみるものの、
すでにお弁当をかきこみはじめていた伊織には、
”つべこべ言わずに食え”的に
ぎろりと睨み返される始末。
微妙に居心地が悪い気がしながらも、
刹那の作ったお弁当自体は
教えてあげた煮物が上手くできていて、
少しほっこりした桜也であった。
PM1:30
「・・・いい加減、諦めたらどうなん?」
『いや、流石にそんな火の玉にぶつかったら
ただじゃすまないんで。』
お弁当完食後、
少しの休憩を挟んで対峙した
”桜”こと見習い陰陽師姿の桜也と、
こちらはどうやら一人前の陰陽師の服装らしい
紅白の装束に身を包んだ刹那。
桜也としては人間に真剣を向けるのは初めてのため、
最初は躊躇いがあったのだが、
途中からそんな余裕は一切なくなってしまった。
今もギリギリ避け切ったものの、
一度に10発近くの火球を投擲され、
危うく火だるまになりそうな所であった。
「・・・多分おとーはんの
”絶対防御の術”の簡易版が
その服にはかかっているから、
死にはせんと思うで。
・・・めちゃくちゃ痛いとは思うけど。」
『大丈夫じゃないと思うんですけど、それ!』
「・・・さっさと弱い術で倒れた方がまだましやと思うで。
うちもあんまりめんどいと一気に大技使って
終わらせたくなるし。
”縛”」
『うわっ!』
足元に違和感を感じて
何とか愛護丸を振るいながら、
結界術で足止めされるのを避ける桜也。
火球による連続攻撃だけではなく、
結界術による進路妨害、
足止め、
更には結界術で作った壁に反射させての
火球の方向転換といった複合技まで使ってくることで
桜也は一切気を抜かずに刹那の挙動を注視していなければならず、
体力だけではなく、精神力の方も
かなりのスピードで削られていったのだった。
ただし幸いなことに刹那の攻撃は伊織のように
巧妙に罠を仕掛けてこちらを誘い込むという
性質のものではないため、
高速戦闘については銀之助との稽古で慣れている
桜也としては身体と精神が持つ限りは
何とか逃げられるかもという算段があった。
刹那が”本気”を出すまでは。
「・・・また印が完成するまでに”散らされた”。
その刀、おとーはんが何かしたんやろうけど、
邪魔やな。
貴方もそんなに遅くはないようだし、
これ以上やっても面倒なだけやね。
ちょっと”真面目に”やろか。」
『えっ?』
いきなり立ち止まった刹那に驚く桜也。
伊織からは可能なら反撃しろと言われていることから、
もしかしたら逆襲の機会なのかもしれないが、
桜也の直感は”これはヤバい”と告げていた。
急いで距離を取ろうとするものの、
「・・・残念ながらもう”出来てる”で。」
『ぎゃ!何でいきなり行き止まりに!!
か、壁!?』
「結界術”包囲大陣”。
刀の射程距離外から囲まれてしまったら、
貴方にはどうすることもできないやろ?
これで終わりや。
炎界術”牢炎殺”。」
桜也はすでに彼女の檻の中に閉じ込められてしまっていた。
肌が空間内の急激な温度上昇を感知して、
背筋が凍りつく。
閉鎖空間内で一気に焼き殺す技か!
これが炎術と結界術を組み合わせた”炎界術”!!
流石にこれはヤバすぎる!!!
「そこまで!
ふん、逃げられたのは30分そこそこか。
まあ、体力が尽きた訳でもないようだし、
次回に期待というところか。
刹那も相手の動きを理解した上で
対策を講じた点については評価するが、
これくらいの相手、
それほどの”大技”を使わずとも
倒せるようにもう少し頭を使え。」
「やれたんやから、それでええやん。
それじゃ、うちはもう帰るね。
”桜”もお疲れ。」
「おい、待て、刹那!!」
『あ、ありがとうございます。
・・・はあ、死ぬかと思った。』
伊織の声掛けにより、
炎の牢獄から間一髪解放された桜也。
伊織の説教を無視して
足早に立ち去る刹那を見送りながら、
桜也は緊張の糸が途切れてへたり込んでしまった。
自らのスピードを凌駕する圧倒的な火力の前には
今の自分は無力であるし、
恐らく丁丁宗に変身したとしても
多少逃げられる時間が増えるだけで、
結果は変わらないであろう。
陰陽師との修業、どうやらかなり骨がありそうである。
命の危機にさらされて脱力しながらも、
桜也のその眼には強い光が灯り続けていた。
GW、こちらの”特訓”も高校剣道部に負けないくらい、
中々”熱く”なりそうであった。
1週間ぶりの更新となりますが、
『業務日誌』の際の渉の特訓も一部オマージュしながら、
桜也の修業風景を書かせていただきました。
とりあえず刹那ちゃん、強くてカッコイイです。
けだるげな感じもいいかなと思います♪
ということで寺町朱穂さんから
芦屋伊織さんと刹那ちゃんを引き続きお借りしております。
加えて梨桜さん、ユリさんと
今回改めて設定を考えていただいた芦屋家の始祖様のお名前も
出させていただいております。
一部いただいた設定を組み合わせて変えておりますが、
始祖様の名前変更の理由、寺町さんにはお分かりかも。
大分伊織さんに突っ込んだことを話させていたりしますので、
もし気になる点がありましたら、ご指摘ください。
ちょっぴり桜也のこと、息子みたいに思ってくれたらいいなと
思い熱く語っていただきました。
読者の方にはこのお話を最後まで読んでいただければ
ネタ晴らしさせていただけるかと思いますので、
お楽しみに。
また桜月りまさんより魚沼銀之助くんのお名前も出させていただいて
おります。幼馴染との鍛錬、ばっちり実戦にも生きております。
それでは次のお話でいよいよ第二話を終局へと導いていきたいと思います。
未来のクトゥルフも出す予定ですので、
皆さんどうぞお楽しみに♪




