第二話 その4 桜也が『彼女』を連れてきた!?
2027年4月24日(土)
PM8:00
ドアの周りの採光窓から
辺りの暗さが伺える清水家玄関。
そこでは珍しいことに
桃香と美咲が二人揃って
今か今かと桜也の帰りを待っていた。
この二人決して仲が悪い訳ではないのだか、
桃香が桜也との関係に関して
美咲を一方的に敵視しており、
また美咲も何事にもアグレッシブすぎる
桃香に対してスゴいとは思いながらも
中々積極的に関わることはできていなかった。
最近は桃香が生徒会入りを果たしたことで
大分話す機会も増えたのだが、
あくまでそれは『仕事上の話』であり、
自宅では未だに同居人の関係から
抜け出せていないのである。
美咲としては元々桜也と同様幼馴染みではあるし、何より未来の義妹(願望)とはできる限り
仲良くしてはおきたいのである。
「おークン、遅いね、ももちゃん。」
「まったくどこで油売ってるのよ、アイツは!
せっかくわたしが腕によりをかけて料理を
作ってあげたのに!!」
「・・・ももちゃんが無理矢理作るって
司さんに料理番交代してもらっただけなんだけど
(片付けは私がすることに結局なっちゃったし)。」
「何か文句あるの?」
「な、何もないよ。
でも料理までできるなんて
ももちゃんはやっぱりスゴいね。」
「別に大したことないわよ。
いつもやってるママや桜也には敵わないし、
あんただって最初に比べると随分マシに
なってるわよ。」
「あ、ありがとう(多分これでもほめてくれているんだよね)。」
つっけんどんな従妹の言葉に怯みながらも礼を言う美咲。正直母薫に似たのか料理は決して得意でなかった彼女がお弁当担当を担えるようになるには、何度も切り傷や火傷を作りながらの必死の努力が必要だったことから、普段家事を全くやらないのに、たまにやれば完璧にこなしてしまう桃香に何も思わない訳ではない。
しかしそれ以上にこの家に来た当初は「美咲さん仲良くしましょうね」的な外面対応だったのが、今ではこうして素の顔を見せてもらえるのが、家族として認められたようで美咲は嬉しかった。できれば将来的には『別の意味でも』家族として認められたいのだが、そこは難攻不落のブラコン従妹、気長にやっていくしかないだろう。
それにしても桜也がこんなに遅いのは珍しい。一応家族には「知り合いが事故に巻き込まれたので、付き添っていきます。」と連絡が来ており、渉も司も「連絡がつくなら問題ない」とのことで、リビングで平然としているのだが、桃香と美咲は何か胸騒ぎがして落ち着かず、玄関まで出てきてしまっていたのだ。別に桜也が怪我をしたというわけでもないはずなのだが・・・。
「んなーー♪」
「あれ、梅雨ちゃんどうしたの?」
「梅雨姉が来たってことは!」
美咲が清水家の飼い猫兼長女である梅雨まで玄関に来たことを不思議に思っていると、桃香が何かを察したらしく、直後。
カタン!
『暗いから足下気を付けてね。』
『・・・ありがとう。』
玄関前の門を開ける音と
桜也の声が聞こえてきたのだった。
ガチャ
「ただいま。あれ?何で二人とも玄関にいるの?」
「心配したんだよ!」
「こんな遅くに出歩いて、
襲われたらどうすんのよ!」
「んなーん。」
二人が仁王立ちしている様子にきょとんとする桜也に対して、微妙にベクトルがずれた心配の声をあげる、美咲と桃香。それに梅雨の労りのいななきが続く。
「大丈夫だよ、梅雨姉。
えっ、事情は連絡したはずじゃ!?
父さんたちから聞いてないの?」
「「事情?」」
期せずして二人の声が重なる。
怪我人の付き添いに行くとは聞いていたが、
こんなに遅くなると二人は聞いていない。
「もう、父さん達何で伝えてないんだよ。
うろな総合病院で結構バタバタしちゃって
大分遅くなりそうだったし、
『相談』しないといけないことがあったから、
父さんにだけとりあえず連絡をいれておいたんだけど。
・・・って、いけない。
入っていいんだよ、”刹那ちゃん”。」
「「刹那ちゃん?」」
二人が”誰?”と思っていると
しずしずとドアを開けて入ってくる
たおやかな和風美少女。
それだけでもびっくりなのに、
何と少女は玄関先に膝をつくと
三つ指を付けて深々と頭を下げ、
こう言った。
「・・・芦屋刹那と申します。
不束者ではありますが、
どうぞよろしゅうお願いします。」
「・・・」
「お、桜也が女の子
攫ってきたーーーー!!!」
その様子に呆然となる美咲と
勘違いをこじらせたあげく叫びだす桃香。
「なに人聞きの悪いこと言ってんだよ、桃香!
そんな訳ないだろ!!」
「だ、だって・・・
ちょっと、アンタもなんか言いなさいよ!」
「・・・」
「・・・ねえ、大丈夫?
顔真っ青よ。」
「どうしたの、美咲ちゃん?」
何とか援軍を得ようと
美咲に助け船を求めるという
普段ならありえない行動に出た桃香だが、
それでも美咲が何の反応も示さないことに
流石に心配になる桃香。
桜也もそれに気づいて美咲に話しかけると、
ようやくうわ言のような言葉が口から
漏れ出した。
「・・・おークンが、わたしのおークンが、
『彼女』を・・・ああ、やっぱり
『若い子の方がいい』んだ・・・はう。」
「ちょ、何いきなりぶっ倒れてるのよ!」
「美咲ちゃん!美咲ちゃんってば!!」
意味不明な内容をぼそぼそと呟いたかと
思うとそのまま、卒倒した美咲。
床に倒れる前に間一髪身体を支えた
桃香と桜也の叫びも虚しく、
彼女はそのまま夢の世界に旅立って
いったのだった。
・・・ちなみに彼女の頭の中では、
一気に桜也と目の前に現れた
女の子の結婚式のシーンが展開され、
成長した桜也に
『ごめんね、やっぱり若い子の方が好きなんだ。』
というクリティカルな一言を言われるという、
絶望的な悪夢が展開されていたようである。
・・・斎藤美咲は良くも悪くも
夢見がちな女の子なのである。
PM8:30
「はっはっは。そいつは大変だったな。」
「他人事みたいに言わないでよ、父さん!
父さんがちゃんと刹那ちゃんをうちで預かる話を
伝えてくれていればこんな騒ぎにはならなかったんだから!!」
「すまん、すまん。
一応司さんが出張中のユリさんに
電話で確認をとってから伝えようと思っていて、
ちょうど電話している時にお前達が帰ってきたものだから。
ねえ、司さん。」
「”何か面白そうだから言わないでおきますか♪”
とも渉は言っていたがな。
でもごめんな、桜也。
ひさしぶりにユリさんと話して
盛り上がってしまった部分もあったんだ。
それにしても美咲は大丈夫だったか?」
清水家のリビングルームでは倒れてしまった
美咲を除く家族4人と
今日から一週間ほど清水家に滞在することに
なった芦屋刹那を加えた5人が夕食を
食べながら歓談していた。
何故そんな事態になったかと言うと、
彼女の父である芦屋伊織が
入院することになってしまったからである。
暴走した灰燼狼が消失した後、
桜也が結界の張ってあった場所に戻ると、
ボロボロの伊織が
気を失った刹那を胸に抱いて
倒れていたのだった。
「ねえ、どうしよう、サッキー。
救急車呼んだ方がいいよね?」
「・・・まあ、コイツには
色々思うところがあるとはいえ、
娘を守ってケガしたんだしにゃ。
それで大丈夫にゃ。
何かまずい部分が出てきたとしても、
コイツならきっと”誤魔化せる”と思うにゃ。
・・・”あの時”みたいに。」
「サッキー、伊織さんについて
詳しいみたいだけど、
知り合いなの?」
「・・・知り合いには違いないにゃ。
でもあっしのことについてはコイツには
内緒にしておくにゃ。」
「???うん、分かったよ。
とりあえず救急車呼ぶね。」
こうしてうろな総合病院に運ばれた伊織は
途中で意識を取り戻したものの、
検査の結果、複数個所の火傷と
靭帯の損傷等により少なくとも
ゴールデンウィーク明け頃までは
入院することとなったのである。
なぜ中央公園でそんな火傷を負ったのかが
”不問”になっていたことは不思議ではあるが、
刹那の方は無傷であり、
あの灰燼狼相手に刹那を守りながらやりやって
それぐらいの負傷で済んだのは
彼の結界術の凄さを物語るものである。
とはいえ妻である芦屋(旧姓:吉祥寺)ユリが
現在お酒の仕入れのため町外に出かけている状況であり、
伊織が入院してしまって、
まだ小学生の刹那を家で一人にしておくわけにもいかない
と伊織が悩んでいた際、
おずおずと桜也がある提案をした。
「あの、うち結構部屋が余ってますし、
ユリさんが戻ってくるまで、
刹那ちゃんをうちで預かるっているのは
どうでしょうか?」
「・・・刹那に変なことをしてみろ、
”今度こそ”ただじゃすまないからな。」
「・・・肝に銘じておきます。」
伊織は自分の戦った”犬耳侍”の
正体に薄々気づいていたのだろうか、
病室に一触即発の緊張感が流れた後、
ユリに電話で確認すると
「いやー、今”海江田の奇跡”にも
負けないくらいすごい日本酒を造る
蔵元と話がまとまりそうなのよ!
もし良かったら1週間くらい
刹那預かってもらえない?
お礼に最高級の大吟醸たっぷり
お土産に持っていくって
小梅ちゃんに伝えておくから♪」
と実にフランクに快諾。
桜也は渉に連絡を入れた後、
刹那を清水家に連れてきたのである。
「はあ、ただの立ちくらみみたいだから、
あったかくして部屋で寝かせておいたよ。
もう、美咲ちゃんは本当はこういう
不測の事態に強くないんだから、
びっくりさせちゃダメだよ!」
「分かってる、分かってるって。
(・・・まあ、あの娘が”びっくりした理由”は
お前の考えているのとはちょっと違う気もするが。
我が息子ながら罪作りな奴だ。)」
「何をブツブツ言ってるんだよ、父さん!」
「そ、そんなに怒るなよ。」
「怒るに決まってるよ!
いたずらするにしてもちゃんと
相手のこと考えてやってよ!!」
「そ、そんな怖い目するなよ。
司さん、久しぶりに会ったっていうのに
桜也が苛めるよー!」
「完全に自業自得だな。
どんなに引っ込み思案でもいいから、
人を傷つける奴にだけは容赦しないよう
教育したのは渉自身だろ。
甘んじて叱られなさい。」
「司さんまで酷いよー!
刹那ちゃんとの出会いを
印象付けようと”ちょっとした”
ハプニングを演出しただけなのに・・・」
依然おちゃらけ具合を崩さない渉の態度に
桜也の目が段々と”赤み”を帯び始める。
そこには普段の桜也が決して見せることのない、
燃える怒りが灯り始めていた。
「”ちょっとした”?
・・・父さん、そろそろ、
僕、本気で怒るよ。」
「す、すまん!
本当に申し訳ない!!
後で美咲にも直接謝っておくから!!!
(久しぶりに桜也が”マジ”な目をして
怒ったのを見たな。
まるで剣道を侮辱された時の
司さんのような目だった。知らないうちに
”男の子”になっていたんだなあ。)」
「・・・ならいいよ。
もうこういうのはなしにしてよね。」
「はいはい、この話はこれで終了。
刹那ちゃん、うちの食事は口にあうか?
無理せず食べられるものを
食べたらいいからな。」
「・・・どれもすごく美味しいです、司さん。」
「そう。ならどんどん食べなさい。
ご飯のお代わり、よそってあげようか?」
「・・・ありがとうございます。」
「お、いい食いっぷりだね。
刹那ちゃん、ハンバーグもう一個いるかい?」
「・・・いただきます。」
普段は父親に振り回されている桜也が
珍しく、彼に詰め寄ったりはしたものの、
刹那を迎えての食事は概ね和やかに行われていた。
彼女はゆったりと実にマイペースに食べてはいるが、
箸は一切止まっておらず、
無理してお世辞を言っている
ようでもなさそうである。
加えてそのゆったりとした仕草や
ほんのりとした表情が、
庇護心をくすぐるのか、
司や渉は実に甲斐甲斐しく
刹那の世話を焼いてやっていた。
そんな中あまり面白くなさそうなのが一人。
「どうしたんだ、桃香。
そんなふくれっ面して。」
「ふ、ふくれっ面って何よ、桜也!」
「ふくれっ面はふくれっ面だよ。
年下のお客さんに母さんたちがかかりっきりに
なってるからってやきもちやくなよ。」
「わたし、そんな子供じゃないわよ!」
その表情を桜也に察知されて、
恥ずかしさからか更にふくれっ面が増す桃香。
基本的にお姫様気質、自分が世界で一番の桃香は
自分以外がちやほやされていることを好まない。
もちろん外では周りへの賞賛を惜しまないが、
それはあくまで外面維持とそのことが
結局自分の賞賛となって返ってくることを
知っているからである。
そのため家ではわがままでやきもちやきな
子どもっぽい部分が表面化しやすく
なってしまうのであるが、
自分の幼さを素直に受け入れるだけの度量は
彼女にはまだないのである。
「それもそうか。
でも今日の味噌汁、おいしいね。
ダシを丁寧にとってある気がする。」
「そ、そう?」
「うん。他の料理もお前がいつも
作る時よりなんていうんだろう、
手が込んでいるのはそうなんだけど、
何か”心”がこもっている気がする。」
「べ、別にそんなことはないわよ。」
「そっか。まあ、”昨日色々あった”し、
元気なんだったら
それでいいんだけど。」
そう言って味噌汁をすすりなおす桜也。
そんな兄の様子を見ていると
今までのふくれっ面はどこへやら、
桃香は頬が緩むのを抑えられない。
昨日のことについては
兄に詳しく話を聞けていない。
あのバケモノはなんだったのかとか、
自分を助けてくれた”侍”は何者だったのかとか、
色々気になる部分はあるけど、
おいそれとは聞いてはいけない気がするし、
聞いてもはぐらかされるだけだろうと思ったから。
兄は優柔不断な所もあるが、
他の人を守ることに関してはとても頑固である。
だからこちらが明確な証拠と共に
そのことを聞く必要性を納得させない限り、
何も話してはくれないだろう。
だから今はまだその点については
話してくれないままで構わない。
でも確実なのは兄が自分を助けるために
危険を冒して頑張ってくれたことであり、
今も自分の心配をしてくれているということである。
そのことへの感謝だけは示したかったから、
食事当番を代わってもらってまでして、
珍しく気合を入れて夕食を作ったのである。
だから自分の真意には気づいてもらえなくても、
自分の感謝の証の存在だけは
気づいてもらえたことが
とても嬉しくて桃香は上機嫌となったのである。
しかしそんな幸せな時間は長くは続かなかった。
「ごちそうさま。
ねえ、母さん。
美咲ちゃんの分ってちゃんと残してあるの?」
「ああ、別皿に取り分けてあるよ。
とはいえ、元々人数分しかなかったから、
ご飯も含めてちょっと少なくなってしまうがな。」
「じゃあ、余ったご飯で美咲ちゃんの好きな
炒飯でも作っておくよ。
あと、桃香、味噌汁とハンバーグ作った時、
豆腐とひき肉って余った?」
「え、ああ、多分まだちょっと残ってるわよ。」
「じゃあ、麻婆豆腐くらいなら作れるかな。」
「疲れてるだろうし、私がやっておくぞ。」
「母さんは刹那ちゃんの寝巻とか出してあげてよ。
こっちに来る途中で刹那ちゃんの家にもよって
学校の用意とかは取ってきたけど、
服はそんなに沢山持って来られて
いないみたいだから。」
「分かった。渉、風呂沸かしておいてくれ。」
「了解。」
桜也の申し出を皮切りにみな、
食事を切り上げて、
動き出していく。
そんな中いつの間にか、
こちらも食事を終えていた刹那が、
桜也に声をかけた。
「・・・うちも手伝います。」
「え、いいよいいよ。
ゆっくりしておいて。」
「・・・うち、料理好きやから。」
「そうなんだ。
・・・じゃあお願いしようかな?」
刹那の申し出に桜也は微笑むと
二人でキッチンの方へ向かっていった。
その様子に言い知れぬ危機感を抱く桃香。
「ちょ、じゃあ、わたしも」
「桃香は自分の部屋からもう着ない
お古を持ってきて!
刹那ちゃんに貸してあげるから。」
「ま、ママ、今はそれどころじゃ!
待って、引っ張っていかないで!!
ちょっと、桜也に色目使ったりしたら、
許さないんだからね!!!」
二人の接近を阻止しようとした桃香であったが、
司に首根っこをひっこ掴まれ、
あえなく連行されていくこととなった。
刹那が清水家に滞在する約1週間。
どうやら色々騒がしくなりそうだった。
ここから数エピソードは日常場面を描きながら、
それぞれのキャラクターについて書いていければと思います。
このお話、メインとしては寺町朱穂さんから提供いただいた第2話のヒロイン、
芦屋刹那ちゃんの紹介エピソードのはずなんですが、
何故か桃香と美咲のワイガヤの印象が強くなってしまいました(汗)
そして出す気はなかったのに、
しっかり清水存在感出しているし(苦笑)
キャラが勝手に動き出すことを再確認したYLでした。
それでは次はとにあさんから沢山キャラをお借りしての
登校シーンとなります。
例の『あの集団』も初登場となりますので、
どうぞお楽しみに♪




