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正義の咎人≒罪喰らう虫  作者: エマ
罪喰らう虫
20/48

第十劇 運ばれる種



「どうも〜。こんばんは 」


 その声にクロウは目を見開いた。


 ここは夜に沈むただの家。

 印象に残らない色褪せた黄色の家の中。


 そのリビングには、シチューを食べる寸前のクロウと儚げに笑う土足のメイドが居た。


「よォルース、速かったな 」


「えぇ、誰かさんがアジトを壊してたので。というか気をつけてくださいよ。僕まで死ぬところでしたよ? 」


「まぁ生きてたから結果オーライだ……で? うちの入るか? 」


「えぇ。そちらの自警団、ヘルヘイムに入らせて頂きます 」


 深々とお辞儀をするルース。

 クロウにとって、彼がこちらの団に入るのは意外では無かった。


 ルースの特技は演技と観察力。

 その能力は、上司と部下で分けられたノアの自警団では活かしにくい。

 だがクロウの自警団は、序列はあれど幅が広い。


 閉鎖の一室で演じるか、広大の街で演じるか。

 演技(うそ)がバレにくいのは後者である。


(合理的なこいつならうちに来ると思ったが……本当に速いな。何かあったのか? )


「ノアはどうした? 」


「殺しました。だってガキから指図されるって、ウザくないですか? 」


 クロウは食べる手を止めた。


 裏での生き残りは心を有している。

 心のない嫌な奴なら、法の無い裏ではすぐさま殺される。

 そんな生き残りであるルースがウザイから殺すなど、嘘以外ありえない。


 少なくともクロウはそう思っていた。


(……なるほど。何か裏がある感じだな )


 だがクロウはフッと笑う。

 壊れたカラスは、その毒を遊びで飲むことにしたのだ。


「いいだろう。だが裏切るなよ? 」


「貴方が勝ち馬に乗っていれば……ですかね 」


「お前のそういう所が気に入ったんだ 」


 優秀なものほど、危うくなれば音沙汰なく逃亡する。


 クロウにとってルースは、危険を察知するためのアラートのようなモノだった。

 ルースがこの自警団に残るのなら、ここはどの場所よりも安全だと言うことだからだ。


 だからこそ、クロウはルースが欲しかった。



ーーー



「これがそちらの仕事です 」


 昼。

 ごみ溜のような路地裏で、二人の大人が話している。


 それはクロウの側近、ナガラ。

 もう一人はダボッとした服を着るルースだった。


「えーっとつまり? 僕に情報収集をしろと 」


「えぇ、騎士に関する情報を手当り次第に調べてください。騎士に追われる危険な任務ですが、あなたなら大丈夫だろうとボスは言っています。ちなみに報酬は望むものすべてです 」


「りょ〜かいでーす。やる気だすぞ〜 」


 歯抜けた返事をするルースはぶらりぶらりと街中に溶け込んでいく。

 その姿が完全に見えなくなると、ナガラは手袋の下の通信機を起動した。


「追跡を開始します 」


『あぁ、頼んだぞ 』


 通信機の向こう側に居るのはクロウだった。



 少し前。

 クロウ達はルースを監視することを決めていた。


「ボス、アイツを監視するほどの価値はあるのですか? 」


 ボスの私室。

 追跡を命令されたナガラは、はだはだ疑問だった。


 けれどクロウはすぐには答えず、置かれていたチェス盤に手を伸ばしている。


「なぁ、ナガラ。リシュアって知ってるか? 」


「……あの老兵ですよね? えぇ、裏で生き残り続けた強者ですから知ってますよ 」


「こんな風に裏で生き残った者は知名度があんだよ。『赤組』 『死喰のナシル 』『隻体(せきたい)のマユ』……歴史は違えど、生き残った者は名が残る。だが俺たちの団にルースの名を知ってる者は居たか? 」


「いいえ 」


「幹部に写真を見せて、コイツを知ってると言ったヤツは居たか? 」


「……いいえ 」


 誰の印象にも残っていない。

 ゆえに、過去の情報を探そうにも探せず、彼が何者でいつから居るのか。

 誰も知らない。


 その脅威をクロウは分かっている。


「アイツは俺たちが思ってる以上に優秀だ。だからこそ見張れ。そして焦るな。お前はチェスで言うところの、キングの道を塞ぐナイトだ 」


 クロウが触っていたチェス盤の上には、端に追いやられた黒いキング。

 キングが逃げた時、その首を切り落とす白いナイトが立っている。


ナイト(おまえ)が動く必要が無いってことは、キング(あいつ)はお前を邪魔に思ってるって事だ。なんせその場から逃げたら殺されるからな。だからこそ、お前はこのマスにい続けろ。抑止力であり続けろ。焦ってマスから動けばキングに逃げ道を与えちまう 」


 クロウはナイトの駒を握りしめ、ナガラの左胸にその拳を軽く押し付けた。


「忍耐のいる任務だが、俺はお前を信用している 」


 クロウの光すべてを反射するような、黒すぎる瞳。

 それはナガラの金の瞳を映し出していた。


 それは信用の表れだ。


「頼むぞ 」


「はい!! 」


(みたいなやり取りあったのかなぁ )


 現在。

 ナガラの尾行に気付いているルースは、目的を達成しながら街を歩いていた。


(というかもう二人監視してるなぁ。まぁチェスはナイト一つで詰めるものでは無いし )


 クロウとルースの思考の仕方は似ている。

 ゆえに、彼らは頭の中で対局を始めていた。


 しかしコマの数はクロウの圧勝。

 ルースのコマは一つ。慈悲で生かされている孤立のキングだ。


(さぁ……一局お相手して貰いましょう。命をかけた、いつものチェスを )


「す、すみません…… 」


 そう息巻いたルースは、とある店に入った。

 表向きは寂れた飲食店。

 けれど実態は、国境を越えるための逃がし屋として有名な場所である。


「いらっしゃい。注文は? 」


「う、うさぎのミルクを一つ 」


「あいよ 」


 ルースは顔色を気合いで悪くする。

 そしてオドオドと、どこか落ち着かないように演技。


 手を常に動かし、目線を泳がせ、呼吸もどこか不規則に。

 彼にとって印象に残らないコツとは、ただ紛れることである。

 

 相手が見てきた印象の中で、最も括りが多い人物。

 トラブルを起こす客は印象に残るが、普通の客ほど印象に残らない。


 飲食店であれば想像がつきやすいだろう。

 一度しか来ない客。

 普通の格好をし、ただ食事を取り、ただ金を払って帰るありふれた客の一人。


 そんな者を見ても、誰が印象に残るだろうか。

 

「お客さん、悪いことは言わねぇが今の時期はやめておけ 」


 店の奥に案内されたルースだが、国境超えの提案はすぐさま断られた。


「……見張りがまずいんですか? 」


「あぁ、今国境を守っているのは円卓二人……『義艶(ぎえん)なるマーリン』と『白無垢(しろむく)のガラハッド』だ。自殺の名所なら他にある、考え直せ 」


「わ、分かりました…… 」


 ルースはすぐさま立ち上がるが、髭面の店主はニカニカと手を差し出した。


「情報を提供した料金……もちろん払うよな? 」


「あっ、はい 」


 多くのカモの一人として金を払ったルース。

 彼が次に向かったのは、路地の見えにくい扉の奥にある義手を作る店だった。


 入店の前に、ルースは右手にちょっとした痣を描いた。

 遠目から見ればタコに見える小さなだまし絵だ。


「いらっしゃい……ご要件は? 」


 店主の気だるそうな女性に対し、ルースは薄笑いを貼り付ける、大人しい男を演じた。


「左手を義手にしたいんです。ここは凄く優秀だと聞いたもので 」


「傷は? 」


 目を伏せ何も言わず、ルースは左袖をめくった。

 見えた手には、無理やり縫われたあとが大量にある。


 ムカデが何十匹も張り付いたようだった。


 気だるそうな女性はぼんやりと傷を見る。

 そしてルースの雰囲気も相まってこう思った。


 目的のためなら何をも捨てられる、悪魔のような人だと。


「分かった、切り落としは自分でやってね。それとお客さんには特別コース。人の肌にそっくりな義手を作れるよ 」


「なぜ? 」


「殺し屋でしょ? 」


 ふふんと自信ありげに語る店主。

 ルースは顔色を変えなかったが、少しだけ眉を動かした。


「……ハハッ。ではお願いします 」


「ん、前払いね 」


「……優秀とは聞いてましたけど、ここまでとは思いませんでしたよ 」


「職人の生き残り方はね〜、いい仕事をすることだから 」


 代金を払ったルースは、そのまま街へ出た。

 そこら辺に落ちている、半分割れたガラス瓶を服の中に隠して。


 武器を持っていれば自ずと体重が傾く。

 手練ほどそれを見ている。


 ルースは見られる可能性を考慮しながら街に溶け込み、街ゆく人々の観察を始める。

 

(あの義手屋さんかなり自信過剰だなぁ。自分で見たものを疑ってない。案外騙しやすい……ん? )


 けれどその途中、ばったりと目が合った。

 青い髪を持つオッドアイの女性と。


 ルースは彼女がオッドアイだと気づいた。

 つまり、彼女はルースを見ているという事だ。


「どうかしましたか? 」


 ルースはか弱そうに笑う。

 女性はその得体の知れなさに半歩身を引いた。


「……いいや。何も 」


「そうですか。ならお互い、自分の仕事に戻りましょう 」


 そうして彼らは何事もなくすれ違った。



「ねぇロクス、変なのが居た 」


 ハウは路地に立っていたロクスに声をかける。


「変なの? どんなヤツだ? 」


「……顔に穴が空いたみたいなヤツ 」


(穴? そりゃ変……つーか人?? 比喩? 穴が空く??? )


「それより、情報が入ったよ。なんか辺境の戦争から円卓の騎士が左遷されたってさ 」


「……騎士の名は? 」


「ランスロット。ユフナ・コルテ 」


 ルースはまだ、彼女らに興味はなかった。



 そして夜。

 ルースは報告のために、ナガラにとある宿屋に呼び出されていた。


「で? どこに行ってたんだ? 」


「尾行してたから分かるでしょ? 」


(こいつ…… )


「まぁな 」


 出されたコーヒーを飲むルースは、睨むナガラを煽るように笑う。


 ナガラにとってルースは監視対象。

 ルースにとってナガラは、持ち上げられないと動けないただのコマ。


 彼らの頭に仲良くするという考えはない。

 

「お前は任務のために大金を使ったんだ。もちろん収穫は大きいのだろう? 」


「えぇ。でもあなたに伝えてもアレでしょうし、クロウと話させてください。忙しいのなら今度にしますが 」


「ふざけるな。まずは根拠のある話をしてからだ 」


「言ったって証明する術はないでしょ? 」


「舐めてるのか? 」


 その言葉は屁理屈でしかないが、ナガラにとってこの場ではどうしようもない事だった。


 いくらルースが説明したところで確実な証拠が無い。

 彼はそれを分かってナガラを煽っている。


『はいはい喧嘩すんな 』


 揺らせば爆発してしまいそうな空気の中、緩衝材となったのはクロウの声だった。

 だが姿はなく、声は彼らが座る机の中から聞こえる。


 それはあらかじめ仕込まれた通信機だ。


「おや、聞いてたんですね 」


『気付いといてよく言うぜ。で? どんな情報を掴んだ? 』


「あの逃がし屋は騎士に情報を流してる。義手屋の人は凄く腕がいいですが、プライドが高すぎますね。依頼する時はおだてるくらいが丁度いい。そして街中に騎士が多く、ナガラ以外に僕をずっと尾行してるのが二人居た……役立ちそうな情報はこのくらいでしょうか? 」


『あぁ助かる、逃がし屋の所からは身を引こうか。アイツそのうち殺されるだろうからな。義手屋の所も有難い情報だ、手足がないヤツらの吉報になる。騎士についても気をつけようか 』


「はいはい〜。では僕、休んでいいですか? 」


『もちろんだ。ナガラ、部屋に案内してやれ 』


「……はい 」


 クロウのおかげで、二人の関係派辛うじて爆発せずに済んだ。

 が、電話の向こうにいるクロウはずっと頭を悩ませていた。



ーーー



「……変だな 」


 数あるアジトの一つ。

 その中でパンをかじってるクロウは、うーんと首を捻った。


(ルース……アイツは生き残るのが上手いヤツだ。ならなんでナガラに喧嘩を売ってる? そういう争いは避けるのが普通だろ? )


 そしてもう一つ、奇妙な点が重なっている。


(ノアの自警団が無くなった少し後、俺のアジトの一つが襲撃された……つーかヴィアラの動向が掴めてないのが気になるな。あの変態性癖イカレ女(ルブフェルム)は裏でのらりくらりしてるのは確認済みだが…… )


 ルースがヴィアラを殺したという考えが、一瞬クロウの頭によぎる。

 だが過去の経験がそれを否定した。


(いやヴィアラをルースごときが殺せる訳がねぇ。つーかルース……あいつの目的はなんだ? 裏の目的があるのは分かりきってる。分かりやす過ぎる、そのせいで目的の詳細がハッキリしねぇ……嫌な隠し方をする )


 むしゃりとパンをかじるクロウだが、その顔にはイラつきと楽しさ両方が浮かび上がっている。


 クロウにとってルースは久しぶりに出会えた遊び相手なのだ。

 

「あ〜、チェックメイトが楽しみだ 」


 床に転がりながらケラケラと笑うクロウ。

 まるでカラスが砂浴びをしてるかのような、純粋で幼い姿。


「失礼しま」


 間が悪く扉を開け、偶然それを目にしてしまったカナギは、もう一度扉を閉めた。


「なんで俺は! 変人の奇行を!! こんなに見るんだよ!!? …………失礼します 」


「おう、夜中に呼びつけて悪いな 」


 カナギを呼びつけたのはクロウだった。

 それにはもちろん理由がある。


「お前に見せたいものがあるんだ 」


 好きな人にサプライズをするように、ワクワクを抑えきれない恍惚の笑みで、クロウはカナギを地下奥底に招待した。


 薄暗い道だった。

 だがその壁には、十色のパイプが血管のように張り巡らされている。


 息を吸うたび伝わる熱気も、パイプからポタリと落ちる水滴も、何かの体内に取り込まれたと伝えているようだった。

 少なくともカナギは、それに近しい印象を持った。


 この先には何かがある。



「なぁカナギ。どうして円卓は秩序側についてると思う? 」


 移動の途中、クロウは意地悪そうに質問した。


「あれ程の強さがあればなんでもできる。気に入らないものをぶっ壊し、悦楽のために略奪でき、力でなんでも従えられる……なのにどうして、円卓は不自由な卓につき、答えなき平等に悩まされていると思う? 」


 いきなり吹きかけられた質問を律儀に受け取り、そして悩むカナギ。

 その行動にはカナギの生真面目さが現れていた。


「……言われてみれば不思議な事だな。強い犯罪者はゴロゴロ見てきたが、円卓ほど強い犯罪者は見たことがない。というかあんなに強い犯罪者が居るとは考えたくない 」


「まぁ俺の予想なんだがな、円卓の騎士は皆『欠落者』だからだと思う 」


 クロウは価値のない小石を蹴り飛ばす。


「アイツらは生まれながらに強すぎた。だから社会的に孤立する……周りと同じことを出来ない子供なんて孤独だろ? 」


「人によると思うが……まぁ 」


「そんでもって孤独な強者は思うんだ。周りと同じになれない自分は何者なんだろうか? 人か? 人の見た目をしたバケモノか? 分からない、確かめようがない。もうそこまで考えてしまえば、満足のいく答えは永久に得られない……だから秩序側に回る。それが何よりも人間であるという証だからな 」


(確かに……円卓の中で悲惨な過去を持つ人は多いが。っ!! )


 妙に納得してしまったカナギは、慌ててクロウから距離を取った。


 カナギは油断し、円卓の情報を話そうとした自分を責めたが、クロウは嬉しそうに笑うだけだった。


「別に円卓の情報を抜き出そうって訳じゃねぇよ。ただ、これから見せるもんに関係があるだけだ 」


「……? 」


 そうして案内された果ての部屋。

 そこには白衣をまとう無数の研究員と共に、兵隊のように並べられた赤い機械たちがあった。


 実験施設。

 そう呼ぶにふさわしい場所だった。


「あっ、ボス! 」


「よ〜、仕事は順調か? 」


「えぇ、いつでも動かせます。ところで……これを見せていいのですか? 」


「あぁ、構わねぇ 」


 研究員は頭を下げ、クロウたちを二人きりにする。

 そのせいか、カナギの唇を妙な空気が乾かした。


 カナギは自覚している。

 自分がただ、興味があるというあやふやな理由で生かされている事を。


 ゆえに警戒した。

 だがクロウは子供か虫の死骸を自慢するように、残酷無邪気に笑う。


「この機械、どう思う? 」


「どう? 」


 カナギが見た先にある赤い機械。

 それは人型だった。


 中に誰かが入るような窪みもあり、印象だけでいえば、機械仕掛けの鎧のようなものだ。


 彼は触って確かめる。


 当たり前だがその機械には血が通っていない。


「鎧か? 人が入れるようになってるし……頭にある装置はなんだ? 」


「記憶改善除去拷問情報中抜き。簡単に言うと、これに入るやつをおもちゃにできる 」


「……はっ? 」


 その異様さに気圧され、カナギの額に汗がにじむ。


「ちなみに乗せるのは街中にいる一般人だ。基本的には女子供を乗せるつもり。ほら足元よく見てみろ、ちゃんと拘束できるようしてるし、無理に出ようとすれば手足が潰れるようになってる 」


「お前……何を考えて 」


「機械も脳波も遠隔コントロールする事ができる。つまりだ、子供に助けて〜と叫ばせながら人を殺させることも出来る 」


 くるりと振り返り、クロウは翼のように手を広げた。


「俺はこれを『人狂なる石盾(イージス)』と呼ぶ!! まぁ侵略用の兵器ってとこか 」


「クロウ…… 」


 カナギは自らの左手首をえぐり、溢れる血の中から筒を取りだした。

 軽い鉄の筒である。

 だが放たれる弾丸は、害鳥駆除には事足りる。


 カナギはそれをクロウの眉間へと向けた。


「お前は何をするつもりだ 」


「円卓を壊す 」


(っコイツはここで殺すしか……いや )


「何故だ? 」


 カナギは聞いた。

 聞かなくてもいい事を。


 犯罪者だからと。危険な考えだと一喝し、撃ち殺しても許される犯罪者に。


 話を聞かれる。

 それがクロウにとっては堪らなく嬉しかった。


「簡単だ、今の俺たちの立場が危うすぎる 」


 とっとと独特な足取りのクロウ。

 その背をカナギの銃口は追っている。


「もし円卓の一人がこう言おう。『犯罪者の温床である裏を潰せ!! 』そしたら騎士はそれを否定するか? いいやしない。『円卓の騎士である言う通りだァ!! 犯罪者は皆殺しだァ!!! 』……こうならねぇか? 」


「それは妄想だ 」


「だが有り得ない訳じゃない 」


 段々とクロウの笑みが濃くなっていく。

 次第に影も闇色へと落ちていく。


「犯罪者は薄氷の上に立っている。円卓というバケモノが一度(ひとたび)『犯罪者を殺そう』といえば、俺たち裏の住人はみんな殺される……犯罪者は怖いんだよ 」


「不安だから殺すのか!? お前ら……は 」


「そう、お前たちと同じだ。犯罪者の再犯を恐れるから犯罪者を殺すだろ? 殺さなければ不安だからな 」


 部屋の影に入り、手を広げるクロウ。

 その腕はカラスの羽のように影に呑まれていた。

 

 普通の騎士ならばこう言えただろう。

 犯罪者の戯言だと。

 罪を犯した者の言葉など聞くに値しないと。


 だが迷うカナギは引き金を動かせない。


「それは……罪を犯したからだ 」


「無理すんな、お前も知ってるだろ? 」


 カナギの脳裏に浮かんだのは、あの子供だった。

 社会性を学べず、そして犯罪に手を伸ばすことでしか生きられなかった者。


 彼は人を殺さなければ、生きていなかった。


「……… 」


「そうやって辛い中で生きてきたのに犯罪者だと一括りまとめられ、正義だ悪だ平和だのなんだのをら救われてたヤツらだけが正しさのように語る!!! ……そんな地獄から抜け出したいんだよ 」


 その言葉を飲み込みかけるカナギ。

 だが冷静にそれを吐き出した。


「……お前はあの子供じゃない 」


「あぁ。だっただな 」


『お前くらいの頃、俺も飢えていた 』


「……………… 」


 カナギは引き金を引けなかった。

 真面目だったからだ。


 犯罪者の過去を気にし、罪を犯した者がどうしたら良かったかと、騎士として無駄なことばかり考えるからだ。


「まぁこれは俺たちが悪いだけだ。普通の犯罪なら被害者の話とかも絡んでくるしな。あぁ! この情報を持って騎士に帰ってもいいぞ? 」


 それは意地の悪い言葉だった。

 カナギほど真面目な男なら、そんな都合のいい言葉に引っかからないと分かって言っているのだから。


「まぁまぁ、この言葉がぜ〜んぶ本当だという確証はどこにもねぇ。むしろお前を騙すためのでまかせかもな? 」


「それは無い。騎士の仕事をしていれば、嘘くらい分かる 」


 悩んでなお、犯罪者の言葉を信じるカナギ。

 クロウが女であれば、今すぐキスをしていた。


 それ程までにクロウにとって、カナギという騎士は眩しく見えた。


「ほら止血しろ、そして考えてくれ。無関係の人を巻き込む俺らか、仕方がなかった罪をどうしても許せない人々か。加害者と被害者しかいない世の中、どちらが本物の犯罪者だ? 」


 カナギは馬鹿を見るほど真面目だった。

 だからこそ、その問いに答えられなかった。



 アジトの個室に案内されたカナギ。

 扉が閉められた瞬間、彼は頭を抱えて座り込んだ。


(罪を正当化して言いわけがねぇ。ただ……無視できる問題でもねぇ。そもそも支援が出来てねぇ今が問題。いやまだ戦争が終わって8年だ。その期間で治安維持が出来ている現状は最適。そもそも犯罪者を救うという考えを持っていいものか? そんな半端な考えを持って仕事してりゃ殺されるのがオチだ。人を救うためにアイツらの問題は無視すべき………… )


「そんな事できるかよ 」


 カナギは銃を投げ捨て、血まみれの左手首を見た。

 そしてただ、自分の浅はかさに嫌気がさした。


「俺は随分、人を殺したな 」


 治安維持のため。

 平和のため。

 仕事のため。

 自分のために。


 カナギはそれを逃げ場にしていた。

 自分が殺したという罪を、見ていなかった。


 今悩んでいるという事は、過去で悩んでいなかったという事。

 仕方がないと思って、いやそうとすら思わず。


 犯罪者だからといって殺していただけだ。


「……はぁ 」


 カナギは壁にもたれ掛かり、とある人を思い浮かべた。

 円卓を取り仕切っているあの赤い騎士を。


「……モルガンさん。あんたはいつも、こんな重い選択をしていたのか? 」


 彼は畏怖した。

 この罪を背負ってなお正しい道を進もうとする、あの騎士の姿に。



 その言葉を盗み聞いているクロウ。

 彼は盗聴器の電源を切り、餌を見つけたカラスのように大笑いしていた。


「はははっ!! 真面目すぎんだろアイツ!!! 言い訳くらいしろよ! 自分は悪くないと言ってみろよ!! 犯罪者は死んでも仕方がないと言えよ!! はははっ!!!! 」


 彼は(クロウ)

 光り物に目がないのだ。


 輝くものを見つければ構わずには居られず、自分の巣に入れなければ満足しない。


 彼は光るものが好きだ。

 目を引くほど眩しいとなおいい。


 そんな物を見続けているカラスの目は、とうに焼き潰れている。

 彼はもう何も見えていない。


 悪という病を媒介させるだけの、腐りかけのカラスだ。









「ボス〜……じゃなかった。ノアちゃん、ルースは準備できたみたいですよ 」


 月明かりだけが差すほの暗い家の中。

 ヴィアラが声をかけたのは、服を着替えたノアだった。


「あぁ 」


「この都市からの脱走劇! はじまりはじまり〜 」


 人知れず開演された脱出劇。

 その全貌を知るものは、脚本家(ルース)だけだ。




 


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