走り出した、その先に
魔王様が晴れやかな笑顔を見せてくれた、その数分後。
「これはっ、中々のじゃじゃ馬だなっ」
と、ゲルダさんの楽しそうな声が聞こえる。
なにやら聞き慣れない音を立てて荷車が地面を蹴り、土煙を上げながら爆走。
流石にお尻が痛いのか、腰を浮かせてバスケのディフェンスの時みたいな立ち方。
アクセルを踏む形式じゃなくて、手から魔力を注ぐ方式なので、あの立ち方でも動かすことはできる。
できるのだけど……普通は、とても立ってられないと思うんだよね……。
翼が小さく動いてるのは、あれでバランスを取っているのだろうか。
現在、一通り見てもらったところで今の最高速度はどんなものか、を確かめることになった、のだけど。
さすが風竜王の魔力なのか、すんごい速度が出ている。
荷馬車よりは間違いなく速いし、競走馬にも引けを取らないんじゃないだろうか。
「速度が上がると地面からの衝撃がかなりきつくなるねぇ……あの辺なんとかしないと。
軸受けの改良、車体をもっと頑丈にする必要がある、っと。
こんだけ速さが出るなら車輪ももっと丈夫なのにしないとだし、止まる時のことも考えないといけないねぇ。
ああ、乗る人間の安全も考えないとだ」
爆走してる車を楽し気に見ながらも、ノーラさんは次々に改良すべき点を見つけてメモに記していく。
結構な部分が、後から言おうと思ってたところだ。
今回はまず見てもらおうってことで作ったから、課題はたくさん残ってるんだよね。
それを次々見抜く当たり、技術者としてのノーラさんは、観察眼も一流ということらしい。
「私が乗るならあの振動も制御できるでしょうけど、機械に転用できるかはわかりませんね」
「そこは、私が何とかできるかも知れないし」
ドロテアさんもドミナス様も、あの車に対して興味を引かれているらしい。
でもそうか、ドロテアさんの能力を上手く使えたら、サスペンションやらが最低限で済むかも知れない?
ドロテアさんの固有能力で、転用できない可能性も高いけど。
少なくとも、魔王様が乗る時はドロテアさんが運転して、振動が全くない快適なドライブを提供できるんではなかろうか。
こう考えると凄いな、『振動』の能力って。
しみじみと思いながら見ていた私に、魔王様が話しかけてきた。
「のぉ、アーシャや。あの車はあの速さで随分長いこと走っておるが」
「あ、そうですね、速度を上げるまでは魔力を使いますけど、一定の速度で走り続けるのはそこまで魔力を使いませんから。
この辺りは、車輪の恩恵と言えるかと思います」
極端な話、摩擦や空気抵抗がゼロだったら、一度速度を得た車はどこまでも走っていく。
もちろん、実際にはない話、ではあるけど。
でも、走り続ける、という部分に関して言えば、人間や馬よりも効率のいい構造であるのは間違いない。
あんまり早くなると、空気抵抗に逆らうのが大変らしいけど……。
自転車だと、時速30㎞以上になったら空気抵抗に逆らうことにペダルを踏む力の90%だかを使うと何かの漫画で見たことがある。
なお、自転車ガチ勢に言わせると「ペダルは踏むものじゃなくて回すもの」らしいので、注意しよう。
私の返答に、魔王様はまたしばらく考えて。
「では、船を動かす場合はどうじゃ?
いや、そもそも船を動かすのに使えるかもわからんが」
「船、ですか? ええと……まず、船を動かすことにも使えます。
性能については……帆船に比べると、安定して航行はできるかと。
航続距離や速さは、風次第ですね、恐らく。
あ、動かすだけなら、必要人員は少なく済むかも知れません」
帆船は、風が良ければそれこそ永遠に航行できる。
速さも風次第だけど……どうなんだろう。
テレビで見た競技用ヨットはすんごい速さ出てたけど、あれと同じ速さで貨物船が走れるわけもなし。
となると多分、スクリュープロペラさえちゃんと作れたら、性能では勝てる、と思う。
水の上も比較的抵抗が小さいから、動き出しさえできたら、慣性で結構動いていくらしいしね。
でもあれも、良い性能出すのは職人技で、後継者不足が悩みになるくらい難しい分野ってドキュメンタリーで見たことがあるしなぁ。
競艇でもプロペラ調整の腕が成績に関係するって、漫画で読んだことがあるくらいだし。
ノーラさん達ドワーフなら、それも何とかしてくれるんだろうか。
ともあれ、わかってる部分と憶測の部分をそれぞれ分けて説明してみると、魔王様は幾度か頷いて見せ、それからノーラさんの方へと向いた。
「ノーラや、すまぬがドワーフから二、三人、そのスクリュープロペラとやらを作ることに専念させてくれぬかえ」
「そりゃぁもちろん、陛下がそうおっしゃるのなら。しかし、随分急ですね?」
ノーラさんの言葉ももっともだ。
普段の魔王様からしたら、なんというか……ちょっと余裕がない感じがする。
それに対して見せた困ったような顔も、普段と少し違う感じだし。
「まあ、なんというかじゃな……ほれ、全く新しい機構であれば、良い物を作るのに時間がかかるものじゃろう?」
「確かにそれはおっしゃる通りです。かしこまりました、腕のいいのを三人回しましょう」
それ以上は追求せず、ノーラさんは頷いて見せた。
もちろん、ドワーフの中で一番腕がいいのはノーラさん。
だけどそれだけに、魔王様を始めとする幹部級の人たちのあれこれを作ったり、私のアイディアの試作品を作ったりと色々動かないといけない。
つまり、一つの作業に集中的に従事するわけにはいかないのだ。
今回のスクリュープロペラの場合、試作品はノーラさんが作ったとして、そこから先の技術的な熟成の部分に専従する技術者が必要、ということなのだろう。
しかし、ちょっと意外だな。魔王様、船なんて何に使う気なんだろう。
もちろんこの国が島国である以上、良い船はあるに越したことはないんだけど。
海産物は今の漁船と海に棲む魔物が取ってきてくれるもので間に合っているみたいだし、巡視はスカイドラゴンを始めとする飛行系の皆さんで十分みたい。
となると……?
「何、今すぐどうこうというわけではない。
ない、が、いざ必要になった時に準備を始めても遅いであろうからな」
魔王様はそういうけど、私は妙に引っ掛かった。
今は必要ない。
けど、いつか必要になる、と確信している。
そんな言い方だったから。
と、私が考えていたところに、ゲルダさんの声が響く。
「ノーラさん、そろそろ止まりたいんだが!」
「あいよ、あっちの方向に車向けて、例の通りに!」
「わかった!」
ノーラさんの返答にゲルダさんは、きりっとした表情になった。
そして、ばさっと大きく翼を広げると力強く踏ん張り、ぎゅ、とハンドルを握りしめる。
すると、盛大に砂埃を巻き上げながら、車がどんどん減速して……止まった。
翼によるエアブレーキ……だけじゃなくて、ゲルダさんが空を飛ぶ時の応用なんだよね。
あの翼は、その羽ばたく力だけでゲルダさんを浮かせることはできない。あの大きさだしさ。
空を飛ぶときは、魔力によってあの翼から風を吹き出しているらしい。
それを、前方に向けて噴出したのだ。
「おお~……さすがゲルダさん。
あの腕力と足腰が無かったら、車がすっ飛んだところだ」
感心したように頷くノーラさん。これが、ゲルダさんが今回運転した理由でもある。
何しろ普通の荷車や馬車には、減速用のブレーキがついてない。
荷車は人間の手で止めるし、馬車が止まる時は、鞭を入れずに徐々に速度を落として……という方法がほとんど。
後に、一部の高級馬車にはブレーキがついたというけど……こっちではまだ使われてないようだ。
馬車を停めておく時の車輪止めみたいなブレーキはあるんだけど、これを減速に使ったら……事故が起こるだろうなぁ……。
今回の場合、ノーラさんの誘導した方向に人はいなくて、あるのは森ばかり。
だから、万が一ゲルダさんが力負けしたり、車体がもたなかった場合でも、人的被害は避けられたはずだ。
ゲルダさんは飛んだら退避できるしね。
これが、万が一怪我したらうんぬんの話の元だったりもする。
「いやはや、中々に揺れたが、面白いものだな、あの車は」
相当に揺れていただろうに、戻ってきたゲルダさんは平然としていた。
これが、軍人の身体能力、なのか……いや、多分ハーフドラゴンだから、という方が大きいんだろうなぁ。
私だったら、一分で脳が揺らされて気持ち悪くなるか、腰が痛むかどちらかだと思う。
「お疲れ様でした、ゲルダさん。
魔力の消耗の具合とかはどうですか?」
「うん、最初というか、加速する時にはやはり少々使うな。
だが、一定の速度で走る分にはさほどでもない。
まだまだいくらでも走れそうな気がするよ」
ゲルダさんの答えをメモにとっていたノーラさんが、う~ん、と小首を傾げた。
「それがゲルダさんだからなのか、普通の人間でもそうなのか……。
何か魔力量を定量的に測る方法がありゃいいんですがね」
「ああ、確かに、それがわかったら、まだ走れるのかそろそろ魔力がなくなるのか、もわかるようにできそうですし」
つまり、ガソリンのメーターみたいなものだ。
確かにそれがあるないで、長い距離を走る時の安心感はかなり変わるはずと思うし。
「それなら私がなんとかできるかも知れない」
と、ドミナス様も入ってきた。
それからもわいわいと意見交換をして。
だから。
魔王様がちょっと普段と違ったことは、流されてしまった。




