回り出す世界
※本日2話同時更新しております。
初めに、前話をお読みになってからこちらをお読みください。
力強く笑みを見せた私は、数日後にはヘロヘロになっていた。
そりゃまあ、診察の後に三つの現場回りながら、例のアラクネーさんの糸を使った情報網構築計画にも参加して、ノーラさんとも打ち合わせして、って、やってるんだから、忙しくないわけがない。
でも、どれもこれも私が言い出しっぺ……いや、工房は違うけど、でも街の健康のためには必要なものだから、踏ん張らないわけにはいかない。
山育ちの身体は、なんとかそんな酷使にも耐えてはくれてるんだけど。
「アーシャ、今日は早く帰って寝て」
エルマさんの店で晩御飯を食べた直後に、キーラがそんなことを言い出した。
今日はたまたま二人きり。
ノーラさんはお願いしてることで忙しいし、ゲルダさんは実家方面でミスリル関係の話があるんだそうな。
ドロテアさんとドミナス様は、来ない日もそれなりにある。
ということで、珍しく二人きりの晩御飯だったんだけど……キーラは浮かれるどころか、私の体調の心配しかしていない。
こういうところが、キーラだなぁって思っちゃったり。
結局、あまり飲まずに食べるだけ食べて早めの帰宅。
……キーラに連れられて。
「ちゃんと帰って寝るかの監視」
とか言ってたけど。
そのまま泊まることになって、一緒のベッドに入ったけど。
こないだ二人きりでお泊りして以来、時折こういう大胆さを見せてくるようになってるんだよね……。
でもさ。
「……こうしたら、よく眠れない?」
とか言って、私の頭を胸元に抱え込んで添い寝してくれたら、抵抗できるわけないじゃないか。
正直めちゃくちゃ良く眠れて、翌朝頭がむちゃくちゃすっきりしてたけど。
現金だな、私!
でも、こうやってキーラも支えてくれるんだから、私も頑張らないとね。
「無理はしないで欲しい、けど……アーシャの見せてくれる未来を見てみたい、とも思うから……」
なんてはにかむような笑顔で言われたしさぁ……こんな健気なこと言われたら、疲れも吹き飛ぶってもの。
それからも私は、皆に支えてもらいながら、なんとか日々を過ごし……二週間ほど経って、その日がやってきた。
その日は晴れ。夏の日差しが降り注ぐ軍事教練場へと、魔王様、ドロテアさん、ドミナス様と私はやってきた。
さすがにもう、夏も本番。日本のような蒸し暑さはないが、それでも中々にしんどい、はず、なんだけど……。
「……凄いですね、これ。さすが、ドミナス様……」
「ふふ、私にできないことはあんまりないから、ね」
上を見上げながら呟いた私に、ドミナス様が得意げに答える。
そして、私の視線の先に、空は無かった。
見えるのは、一枚の布。それがふよふよと私達の頭上に浮いて、日差しを遮ってくれている。
おまけに、冷気の魔術も少しかかっているらしく、クーラーが効いているかのように涼しい。
もちろんこれは、ドミナス様の魔術のおかげ。
本来は魔王様のために使われてるものだけど、私もついでに入れてもらってるところ。
「むしろ陛下がついで」
「ドミナスゥゥゥゥゥ!!」
なんて久しぶりのやりとりもあったけども。
ともかく、私達は快適な環境のまま、広い教練場へとやってくることができた。
そこでは、先に来ていたノーラさんとゲルダさんが作業をしていた。
いや、ちょうど作業が終わったところ、かな?
こちらに気づいて手を振ってくれたので、私も手を振り返す。
それから道具を一度置いて、こちらへと向かって速足で歩いてきた。
「陛下、この暑い中ご足労いただきまして、誠にありがとうございます」
「うむ、ゲルダ、ノーラ、そなたらも暑い中ご苦労である」
近づいたところで、ゲルダさんは魔王様に挨拶。
これは、この場で一番偉いのが魔王様なのだから、当然のことだろう。
魔王様の労いの言葉に、ゲルダさんもノーラさんも頭を下げて応えた。
……ここでノーラさんにも労いの言葉をかけるのが、魔王様だよなぁ。
「それで、そなたらが作業しておったあれが、見せたいものなのかえ?」
「はっ、左様でございます」
早速魔王様の視線が、そちらへと向かった。
問いかける言葉に、ゲルダさんがぴんと背筋を伸ばして答える。
うーん……やっぱりゲルダさんはこうしてるとカッコいい。
ゲルダさんの返答に、魔王様は一度頷き返し……それから、眉を寄せた。
「アーシャやノーラが作るものが、つまらぬものであるはずはないが……しかし、これは、どう見ても」
困ったような顔で言い淀み、ちらり、私やノーラさんの表情を確認するかのように視線を走らせる。
こういう魔王様は珍しいというか、初めてかも知れない。
でも、とまどう気持ちもわかる。だって、これって。
「どう見ても、ただの荷車ではないかえ?」
そう、ちょっとだけ変わってるけど、外見はただの、四輪の荷車だ。
もちろん、ただの荷車ではないのだけど。
「ええ、見た目は、そうなんですけども。
早速ごらんいただきましょうか。ゲルダさん、お願いします」
「うん、心得た」
魔王様の疑問に、私はにっこり答えて、それからゲルダさんにお願いする。
ゲルダさんはこくりと頷き返すと、荷車の元へ戻り、その前方部分にある、御者台のようなところに座る。
そして、そこに設置された大きな輪っかに手を置いた。
「……何? ……いやまて、まさか」
さすが魔王様、たったこれだけで予想できたらしい。
「ふふふふふ……そのまさかが当たっているか、ご確認いただきましょう」
私が頷いて合図を送ると、ゲルダさんも頷いて返してきた。
そして、すぅ、はぁ、と一回深呼吸をして。
……ゆっくりと、荷車が動き出した。
馬も付けず、誰も引いていない荷車が。
「……え?」
「何事……?」
流石のドロテアさんもドミナス様も、びっくりした顔で固まっている。
そりゃぁそうだろう、何しろ、動くはずのないものが、勝手に動き出してるのだから。
対照的に、私とノーラさんは思わずガッツポーズ、からのハイタッチ。
ゲルダさんも、一瞬握りこぶしを軽く上げてガッツポーズを見せる。すぐにまた手をわっか……ハンドルに戻したけど。
そして、ガタガタと荷車は走り続ける。
普通の荷車をベースに改造したものだから、さすがに乗り心地は悪そうなんだけど……でもゲルダさんはとても楽しそう。
そりゃ、未知の乗り物に、実質一番乗りしたわけだしね、楽しくないわけがない。
魔王様なんて、隣でそわそわ、乗りたそうにしてるし。
だけど、一目でまだ未完成とわかるそれに、魔王様みたいな立場の人が乗るわけにはいかないし、それはよくわかってらっしゃるみたい。
なんとか、ぐっとこらえている。
「のお、アーシャや。あれは、どういうことじゃ? なぜ、馬もなしに勝手に走っておる?」
「はい、実はあの荷車の車輪には、これと同じ原理のものがついておりまして」
そう言いながら私は、手のひらに乗るくらいの小さな円盤を取り出した。
その円盤の真ん中には芯が刺さっており、その上にもう一枚円盤が乗っている。
「実は、この上の方の円盤の縁には、ミスリル鉱石の残骸を三か所に等間隔につけておりまして」
つまり、それぞれは円の中心から見て120度間隔で開いてることになる。
「……まさか、魔力との反発現象を……?」
私の説明の途中で気付いたのか、ドミナス様が声を上げた。
さすが、としか言いようがない。
「はい、その通りです。
こっちの円盤の外側にはアラクネーさんの糸を配置していまして。
ここに魔力を通しますと……」
と言いながら私が魔力を流し込んであげると、円盤がくるくると回転を始める。
そう、つまりこれは、ミスリル銀鉱石とアラクネーさんの糸を利用した、魔力式のモーターなんだ。
いや、モーターという表現は正確ではないのかも知れない。
本来のモーターは、磁石の力が働く磁界の中で電流が流れた時に、その電流を流している導線に力が発生する現象を利用している、というのが中学の教科書に載ってる説明。
実際は、中で回転する部分に電磁石を三つ、120度間隔で配置している構造になっている、みたい。
少なくとも、従兄が分解して見せてくれた中身はそうなってた。
その構造だと、電磁石が磁石に反発する力と引き合う力を上手く作用させながら回転してる、ってことになる。
でも、今私の手の上にあるこの円盤は、そのどちらとも少し違う。
三か所に配置してある鉱石の残骸に対して、回転させたい方向へと反発する位置で瞬間的に魔力を発生させる構造を取っているんだ。
動く原理としては、ロータリーエンジンに近い。
あちらと違ってガソリンの爆発を使わないから密閉する必要がないので製品として作りやすいのは嬉しいところ。
某難しいプロジェクトを成功させた人達を扱うテレビ番組で見たけど、回転する部分が接触する内壁に『悪魔の爪痕』って呼ばれる傷がつくのを解決するのが相当困難だった、とかやってたなぁ。
反面、ガソリンではなく魔力という個人差のあるものに頼るのがネック。
走れる距離は間違いなくそれに依存するし、最高速度なんかもそうかも。
出力性能的にはどうか、というのはさすがに私もそこまで覚えてないから何とも言えないけど、少なくとも荷車を動かすには全く問題ない程度の出力はあるようだ。
実は、こないだミスリル銀の製錬をドミナス様に見せてもらってから、あの反発力を利用できないか考えていたんだよね。
そこにこの、アラクネーさんの糸である。
この糸で回路を作れば好きなところに魔力を送り込むことができる。
例えば、御者台に座るゲルダさんが握るハンドルから注ぎ込んだ魔力を、この円盤に配したミスリル鉱石の残骸に都合よく反発を生じさせるような配置に。
この辺りの機構は、ノーラさんとクリス、クラウディアさんに協力をお願いしている。
回転を利用して、上手いことオンオフが切り替わるように作ってくれた。
「これを大型にしたものを、あの荷車の車輪に仕込んでいます。
大型な分、力も強いので、ああやって人を乗せた荷車を動かすことも可能、というわけです」
私の説明に、ドミナス様もドロテアさんも呆気に取られている。
ふふふ、やったぜ、と達成感を感じていたんだけど……魔王様の表情に、おや? と思う。
魔王様は一人真剣な顔で考え込んでいた。
「のぉ、アーシャや、大型にしたものをあの荷車に、と言うたな?
逆に、小型にもできるのかえ」
「……そうです、可能です」
「ということは例えば、ステラばあさんのとこでやっておる、糸を巻き取ったり紡いだりという作業を自動的にすることも可能、と」
まじか。今の今で、もうそんな活用方法を考え始めてるのか、この人。
そして、その問いに対する答えはもちろん。
「はい、左様でございます。
他にも、印刷機をこれで動かすようにすれば、サイクロプスさんに動かしてもらわなくても、小型のものだったら動かせるようになると思います。
大型のものだったら、重い物を運ぶ荷車もそうですけど、畑を耕すのにも使えたりするでしょう」
「つまり、様々な作業が、魔力を通すだけで効率よく行えるようになる、というわけじゃな?」
「はい、おっしゃる通りです」
そして、この世界の人間というか生き物は、多かれ少なかれ魔力を持っている。
魔術の才能がない私でも、ある程度の魔力は持っているくらいだからね。
魔力が全くない人もいる、という噂を聞いたこともあるけど、見たことがないから真偽は定かではない。
で、ほとんどの人が魔力を持っている前提であれば。
「となると、特に技術がなくとも、魔力を持っているだけで労働力として数えることができる。
おまけに、その労働の効率も大幅にあがる、と」
極端な話、働くことが難しかったおばあちゃん達も、魔力を供給してくれるだけで労働力になる。
その光景はディストピアちっくだし、魔力を使いすぎて体調を悪くされても困るから、実際にはしないと思うけど。
少なくとも、今後この島に送られてきたけど手に職を持ってない、特に秀でた技術がないという子達にも仕事を与えられるわけだ。
私が考えられたことだ、魔王様の考えがそこに至らないわけもなく。
それからしばらく考え込んでいた魔王様は、深々とため息を吐き、それから私を見た。
「アーシャや。本気で世界をひっくり返す気かえ」
「好き好んでやりたいわけではないのですが……できるのにやらないのもどうかな、と思いまして」
多分、これは労働のありようを大きく変えてしまう。
それどころか……軍事転用されてしまえば、世界の軍事バランスは大きく変わってしまうだろう。
この国で、魔王様の元でなかったら、怖くて躊躇してしまうところだ。
それでも、さ。
「労働を楽にできる方法があって、それを実現できるなら、やらないと、って。
その方が、身体には良いですからね、絶対に」
結局は、そこだ。
これからミスリル鉱石の需要が高まり、運搬に人が回されることは確実。
でも、重労働を重労働のままにしてたら、当然健康を損ねてしまう。
予防が大事と言いながらそれを看過していては、片手落ちというものだ。
「で、その片棒をわらわに担がせるわけじゃな。
全く、重たいものを担がせおってからに」
苦笑しながらも、魔王様はどこか楽し気だ。
だから私も、にっこりと笑って返す。
「誠に申し訳ございません。
ですが、良きに計らっていただけると信じておりますから」
「ははっ、好きに言うてくれるわ、ほんに」
そう言いながらも、魔王様が見せた笑顔はどこか吹っ切れた、晴れやかなものだった。




