響き、広がり行く何か
「……それで、今度は何を企んでおるのじゃ?」
部屋に入ってきた魔王様の第一声がそれだった。
酷いな、そんな警戒される程、私何かした!?
……ごめんなさい、しまくってましたね。この島の文明がおかしなことになりかけてますね。
でも、ねぇ……これは、是非やりたいんだ。やるべきだと思うんだ!
「陛下、お時間いただきありがとうございます。
企んでいる、と言いますか、企画していることがございまして」
通されたのは、もうすっかりおなじみになった一室。
謁見の間ではなく、非公式な、あるいは砕けた会話をするための部屋。
この部屋でぶっちゃけた相談をするのも、もう何度目だろうか。
とはいえ、それに慣れ過ぎてこないだやらかしかけたのだし、言葉には気を付けないと。
なんて反省していることは顔には出さない。
それはそれで気味悪がられるだろうし、きっと魔王様が期待している私はそれじゃない。
「企画、のぉ……確かに、そなたの持ち込んで来るのは、企画と言って差し支えないものばかりじゃが。
同時に、そんなレベルを超えたインパクトがあるものばかりなのは、気のせいかのぉ」
「あ、あははは、恐縮です」
魔王様にジト目で見られるのにも大分慣れたなぁ……。
多分、本気で睨んでないから、こうして返事もできるんだと思う。
本気で敵対する視線を向けられたら、それだけで私の心臓が止まりかねない。
すっかり親しみある王様、になってるけど、本質的な部分の怖さは健在だ、と思う。
真剣に検討する時の凄味は、反射的に背筋伸びるしね。
「恐縮、などと言いながら、自粛する気はサラサラないのであろう?
……むしろ、何か開き直ったような顔ですらあるが」
私を、何やら確認するような目つきで見つめてくる。
流石魔王様、そこまでわかっちゃいますか。
確かに、これまでのと違って、今回のは……世界への影響が大きいことを自覚してのだし、ねぇ。
でもさ、できるってわかって、それが有効だって知ってるから、逃げるのも違うと思う。
「そう、ですね……少しだけ、自覚的にやらかしちゃおうかな、って思ってしまいまして。
幸か不幸か、最高の共犯者もいらっしゃいますし」
……しかも、その共犯者が一人で終わらないだろうことが、ありがたいし申し訳ないのだけども。
でもきっと、それに応えられるだけのことはできる、と思いたい。
「ふむ。
……そなたがそこまで腹を括っての話、とあらば、妾も覚悟して聞くべきであろうな」
そう言いながら、魔王様が座る姿勢を改めた。
もうそれだけで気圧されそうなほどのプレッシャーを感じるのだから……生まれついての王者ってこういう人のことを言うんだろうなぁ……。
でも、だからこそ、その期待には応えたい。
「では、その話をさせていただく前に、ですね……一度ご覧いただきたいものがありまして。
ええと、ドロテアさん、協力していただけますか?」
そう言いながら、ちら、ちら、と魔王様、ドロテアさんに視線を送る。
この場で意思決定権限を持つのは魔王様。だから、いいですか、とお伺いを立てる。
本来ならば視線でそれをやるのは不敬な行為だけど、建前よりも実効性や即応性が優先されるこの場でなら許してもらえる。
ドロテアさんが視線で魔王様にお伺いを立てて、魔王様も頷いた。
……こういう腹芸がスムーズにできる関係って、ちょっといいよね。とか、場違いなことを思いつつ。
「私でよければ、協力させていただきますが……」
「ありがとうございます。
では、ですね……これを持って、耳に当ててもらえますか?」
そう言いながら私が差し出したのは、紙コップだった。
文字通り、紙コップである。
これは、厚手の紙を特注で作り、さらに特注のワックスを塗って、ノーラさんに組み立ててもらった逸品である!
……なんで紙コップ一つにそんな手間かけてんだ……。
いやむしろ、日本の紙コップが、なんであんな安価で売れるんだ、と思うくらい、面倒だった。
やっぱり、企業努力って偉大なんだなぁ……。
それはともかく。
ドロテアさんは言われるがままに紙コップを手に取り、耳に当ててくれた。
多分魔王様は自分でやりたがるだろうけど、さすがに、正体不明のものを魔王様の耳に当ててもらうなんて、よろしくないしね。
そして私は立ち上がり、少し、離れる。
実は、ドロテアさんに持ってもらった紙コップの底には、糸が張ってあって。
私は、その糸が繋がってる先の、もう一つの紙コップを持っていた。
もう、おわかりだろう。
糸電話である。
ピンと糸を張った状態にして、私は紙コップに向かって声をかけた。
「もしもし、聞こえますか?」
あくまでも、普通に声をかけた、のだけど。
「ひゃうんっ!」
と、唐突に悲鳴にも似た甘い声を上げて、ドロテアさんがびくんと身体を震わせた。
その様子は、正直、こう……とても、エロかった。
一気に私の心拍数まであがったよ、どうしてくれるんだ!
「ちょっ、大丈夫ですか、ドロテアさん」
「だ、大丈夫、です……ちょっと、くすぐったかっただけで」
そう言いながら、ニッコリ笑顔を返してくるけども。
赤く染まった頬、若干乱れた呼吸……全然大丈夫じゃない。私の理性が。
「……大丈夫なんですか、だったら実験を続けますので、もう一度耳に当ててもらえますか?」
つらつらと、棒読みのように言葉が出てくる。
実際、私の中の関心事は、とっくに別の事に移ってしまっていた。
それを認めるのは、色々問題があるのだけど。
なんて私の内心の葛藤など知るわけもないドロテアさんは、また耳に当ててくれた。
だから、私は言葉を続ける。
「こんな風に、言葉を離れたところに届けられる道具でして」
「んっ、な、なる、ほど……?」
わざとじゃないんだよね?
魔王様の前で誘惑してきているとか、そんなことじゃないんだよね?
「……ねえ、ドロテアさん。
振動を感じ取れるから、こんなおもちゃの振動にも、敏感になっちゃうんですか?」
「えっ、違っ……アーシャ、これ、だめです、これはっ」
ドロテアさんは、拒否の言葉を口にするのだけど。
でも。
紙コップを耳から外しはしなかった。
それってつまり。
「だめなんですか? だったら、耳から離せばいいだけですよね?」
「あうっ、そ、それはっ、そう、ですけどもっ」
そう言いながらも、まだ耳から離さない。
これはもう……。
「ドロテアさん、耳、弱いんですね……?
でも、離せないくらい……」
「違います、違いますぅ……」
やばい、こんなドロテアさん、初めて見た。
もっと、もっと見たい。
そう、思ったところで。
こほん、と咳払いが響いた。
「これ。そういうことは後から、自室でせぬかえ」
魔王様の呆れた声に、はっと我に返る。
ほんとだよ、何が自重だよ、むしろ暴走してたよ!?
強烈に自己嫌悪というかなんというか、そんな感情が襲ってくる。
ドロテアさんも同じらしく、二人して顔を真っ赤にして縮こまってしまった。
「まったく……いや、アーシャ、そなたがドロテアと仲良くしておるのは歓迎なのじゃがな。
さすがに、場所はわきまえてもらわねばのぉ」
「ま、誠に申し訳ございません、汗顔の至りでございます……」
比喩でなく、冷や汗がだらだらと額を、頬を伝っている。
夏の暑さに加えてこの失態だ、しかたないところだろう。
「それで、つまり糸を上手く使えば、声を遠くに届かせることができる、ということじゃな?」
「は、はい、左様でございます。
ですが、それには色々難しいこともございまして……。
例えば、こうしたら簡単に届かなくなります」
そう言いながら私は、糸の途中を指でつまんだ。
途端、どうやらドロテアさんの耳元に声が届かなくなったらしい。
そんな不満そうな顔しないで欲しいな、私の中の何かがごっそり削られるから。
「声を届かせるのは、この糸の振動でございます。
ですから、ピンと張らないと伝わりませんし、途中で抑えられても伝わりません。
ですが、アラクネーさん達の糸であれば、そんな状態でも伝えることができる、ようです」
これは、本当に画期的だと思う。
電柱のようにしっかり固定できる場所を経由してネットワークを組めるということだから。
その分、色々制約があるはず、なんだけど。
今のところその制約は、変換方法くらい。
だったら、きっとなんとかできるはずだ。
「さすがに、それがいかに有用であるかは理解できるわえ。
じゃが……今日の本題は、それですらないらしい。
でなければ、そなたがこうもポンポン解説するわけもない」
じぃ、と値踏みするように私を見つめてくる。
流石、だなぁ。まあ、わかられるだけの付き合いでもある、とも思うけども。
っていうか私、普段からそんなに勿体つけてたかな……?
「流石のご賢察でございます。
それにつきまして、一つお願いがあるのですが……」
「もったいぶらずとも良い、何が必要なのじゃ」
呆れたような声で。
でも、どこか期待しているような声でもあって。
だから私は、答える。
「ありがとうございます。
実は……中庭や軍事教練所など、あまり人目のない広い場所の使用許可をいただきたくて」
「は?」
私の言葉に、魔王様が怪訝な顔を見せる。
ここまでの話の流れと全く繋がらないから、それも無理はない。
だけど、きっと驚いてもらえるはず、だ。
私は、確信を持って笑顔を向けた。




