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蜘蛛の棲む森

 四人をどう歓待するか、に関しては何とか時間の猶予を頂いた。

 逃げた、と言われれば返す言葉はないけども。

 あの場でいい加減にこうします、って言うのもどうかな、って思ったのも事実。

 キーラ、ノーラさん、ドロテアさん、ドミナス様。あの場にはいなかったけど、もちろんゲルダさんも。

 皆、ここに来てからずっと私を助けてくれた人達だ。

 どうせお礼をするなら、きちんと心から感謝を込めてお礼をしたい。

 

 ……あれおかしいな、「だから、そういうところですよ」ってドロテアさんが言ってる幻聴が聞こえる……。


 とりあえず、その日の晩御飯は私が奢ったし、今度の休診日前には皆で宅飲みする約束はさせられた。

 ……わかってる、わかってるから何も言わないで。

 自分から狼の群れに身を投げ出すような真似してる、とか言わないで!

 さすがにまだ、ドミナス様がいる前では手を出してこないと信じたい!

 出してこないよね? ね?


「私、お泊りとか初めて」


 ってはにかむように笑いながら言っちゃうくらい、皆でお泊りってだけでドミナス様がテンション爆上げだったから、断れなかった。

 そんなドミナス様も可愛かったし。

 そりゃぁ遠い親戚とはいえ王族だもの、友達の家にお泊り、だなんて簡単にできないよね。

 そして、そういう空気は皆も読んでくれるに違いない。

 きっと多少火花が散りつつも和やかなお泊り会にしてくれるだろう。そうだといいなぁ!


 などと現実逃避しつつ。


 翌日、午前の診療を終えた私は、ゲルダさんに運搬されてノーラさんのところへ。

 そこからさらに三人で飛んで、とある森へとやってきていた。

 ちなみに、例の三人は今日はキーラと一緒に工場見学である。

 ……色々カルチャーショックを受けてくるんだろうなぁ。


 なんて、余計なことを考えるのはやめとこう。いや、あの子達を無碍に扱ってるとかじゃなくてね。

 私達が降り立ったのは森の端。その向こうに見える森は、鬱蒼と茂り、薄暗くて奥までなんてとても見通せない。

 この先は、魔物の棲む領域だ。決して油断してはならない。


 いや、ゲルダさんがいたらその時点で大体なんとかなる、のはなるんだけどさ。

 油断して足引っ張った挙句に万が一があったら、間違いなくゲルダさんとノーラさんのトラウマになる。

 それだけは絶対避けねばなるまい……。


「あはは、そんなに緊張しなくて大丈夫だって。

 ちゃんと話は通してるし、ちゃんと話せる連中だからさ」

「それは、わかってるんですけど……」


 正直なところ、サイクロプスさんとかを始め、巨人族の方々にはかなり馴染んでる。

 あっちにいたころの想像とはまるで違い、とても穏やかな人が多いことも経験済みだ。

 それでも、万が一、ということもあるから、ね。


「心配しなくても、私がちゃんと守るから」

「ゲルダさん……」


 頼もしい言葉に、きゅんときた、のだけど。


「仮にも竜王を襲名したのだ、私の友人に手を出そうものなら……」


 まってまってまって!

 ゲルダさんがちょっと真顔になった瞬間、森が一気に静まりかえったんだけど!

 なんか遠くで何かが逃げ出していく音がするんだけど!

 どんだけなのゲルダさん!?


 多分、私なんかじゃわかんない、オーラとか殺気だとか、そんなものが出ているんだろう。

 隣にいても、なんかプレッシャーみたいなもの感じるし。

 きっと、生きるか死ぬかの世界にいた存在からしたら、相当に恐ろしいのかもしれない。


 一緒にいるノーラさんは、何だか平気な顔してるんだけど……。

 多分ノーラさんのことだから、気付かないくらい鈍感ってことはない。

 となると……うん、きっとそれくらい精神的なタフネスがあるんだろう。


「まあまあ、大丈夫ですってゲルダさん。

 族長に話はつけてますしね」

「うん、それはわかっているんだが……たまに、跳ねっ返りもいるからな」

「あ~……まあ確かに、全員が大丈夫かって言われたら、まあ」


 そんな二人の会話に、緊張感を新たにする。

 やっぱり、みんながみんな一枚岩ってわけじゃないんだろう。

 平和な日本だって……いや、やめよう、この話は色々まずい。


「ともあれ、話を聞きに族長の娘が迎えに来てるはずですからね、呼びますよ」


 そういうと、ノーラさんは指を咥えて、高く綺麗な音を出した。いわゆる指笛だ。

 何回か規則的に吹き続けていると、森の向こうがガサガサと揺れ出す。


 しばらくじぃっと見ていると、森の奥から、綺麗な女性が現れた。

 巨大な蜘蛛の下半身、を持っているけれども。

 長い黒髪の、物静かそうなその女性は……。


「あ、クラウディアさん?」

「こんにちは、数日ぶり。……まさか、竜王様と一緒とは思わなかったけど」


 そう、現れたのはアラクネーのクラウディアさん。

 あの夜見かけた姿そのまま……だけど、こう、びくびくおどおどしているのは、うん、ゲルダさんのプレッシャーのせいなんだろう。

 この辺りは、魔物のヒエラルキーというか、そういう類のことを感じるなぁ……。


「ふむ? 私が竜王を襲名した、ということがもう知れ渡っているのか?」

「ええ、それはもう。私達の情報網はこの島でも一、二を争うと自負していますから」


 ゲルダさんの問いに、クラウディアさんはまだおどおどした様子で、でもちょっとだけ誇らしげに答える。

 なるほど、と頷くも、すぐにゲルダさんは困ったような顔になった。


「確かに襲名はしたが、まだまだ未熟者だ。あまり畏まられてもこまるのだが、な」

「お気持ちはわかりますが……いえ、接遇する者として、努力いたします」


 クラウディアさんは、キリっと引き締まった顔になった。

 ……まだ若干、六本の足はちょっと震えてるように見えるけど、それは見なかったことにしよう。

 ちなみに、蜘蛛の足は八本だけど、アラクネーは両腕と六本の足、合わせて八本の手足という形になってるみたい。

 この辺りの細かい生態、生物学的な考察は……してみたい気もするけど、あまり観察対象として見ちゃうのも失礼だよね。

 何より、クリスに怒られそうだ。


「ところでさ、クラウディア。アーシャ先生と知り合いだったのかい?」

「あ、うん。この前、クリスを迎えに行った時に」


 その言葉に、ノーラさんが驚いたように目を見開いた。


「へぇ? アーシャ先生の友達がアラクネーと付き合ってるって聞いてたけど、あんたのことだったのかい!

 ……ちょっと気になってたんだけどさ、そんなに、凄かったのかい……?」


 ちょっとひそひそ声のような感じで声を落としたノーラさんの言葉に、クラウディアさんはこくりと頷く。


「うん、もう、凄かった……無雑作なようでいて繊細、乱暴にすら思える指使いなのに的確で……私、一発で虜になってしまって……」

「ま、まてまて! な、何の話をしている!?」


 その時のことを思いだしたのか、うっとりと熱っぽく語るクラウディアさんに、ゲルダさんが待ったをかける。

 でも、クラウディアさんは平然と、むしろ不思議そうな顔で返した。


「何って、編み物の話ですよ?」

「なっ、あ、編み物……?」


 予想外だったのか、ゲルダさんがあ然とする。

 あ、知られてない風習というか性癖というか……だったんだ。

 それもそうか、私だって世界中の全ての民族の風習を知ってるわけじゃないし。


「アラクネーはね、複雑で繊細な編み物を編める相手が魅力的に見えるらしいんですよ。

 だからあたしらドワーフと付き合ってるのも多くってね」


 ノーラさんの解説に、ゲルダさんは恥ずかしそうに頬を染める。


「な、なるほど、そうだったのか……私はてっきり……いやすまない、失礼した」

「いえ、どうぞお気になさらず。

 後日そういう意味でも食べて食べられましたので」


 さらっとそっちの話もしてしまうクラウディアさんに、とうとうゲルダさんは真っ赤になってしまった。

 わたわたと落ち着かない様子なのが、ちょっと可愛い。


「け、結局したのか!?」

「はあ、まあ、お付き合いをしておりますし。

 予想通り、というよりも想像以上に、凄まじかったです……」


 思わず、と言った感じで問い詰めてしまったゲルダさんに、容赦なく返ってくるストレートな返答。

 純情なゲルダさんは真っ赤な顔で、うっとりとした表情で語るクラウディアさんを見ていた。

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