やらかしの影響と代償
しばらくするとミスリル銀がそれ以上出て来なくなったので、電流を流すのを止めてもらう。
ゆっくりと炭素棒を引き出せば、水も滴るミスリル銀。
それ本来の輝きに、まとわりつく水の反射も加わって、なんとも幻想的な輝きだ。
それを布の上に置いて、ドミナス様に確認してもらうと。
「……間違いなくこれは、ミスリル銀。
まさか、こんな簡単に、大量に集められるなんて……」
「ドミナス、これは急ぎ陛下に報告すべきことです。
すみませんが、少し失礼します」
そういうとドロテアさんは軽やかに駆け出した。
ドロテアさんが走るところって初めて見るな、そういえば。
ふわりと髪を躍らせながら走る姿は、ゲルダさんとはまた違った綺麗さがある。
ただ……ゲルダさん程じゃないにしても結構な速さなのに、足音が全くしないのはどういうことなんだろう。
あれか、『振動』の能力を使って足音を消してるのかな?
また今度聞いてみよう、と考えているうちにその姿は廊下に消えた。
「では今のうちに、何が起こったか説明して」
「あ、はい。先程、硝酸という酸でミスリル銀を溶かしました。
で、あの液体の中に、別の形で存在していたんです。
そうなった時の特徴の一つとして、雷撃で集めることができる、というのがありまして」
正直、硝酸で溶けたこと自体がびっくりなんだけどね。
錆びないのに酸に溶けるってことは、何か酸化被膜的なものでも存在してるんだろうか。
ともあれ、溶けるには溶けて、ミスリル銀も陽イオンとして存在していたはずだ。
そこに電流を流して、マイナスの電子を流し込んであげたら、それに引き寄せられて固体の形で析出する、というわけ。
この辺の原理は、前に水酸化ナトリウムを作った時と変わらない。
今回は銅じゃなくて炭素棒を使ったのは、銅だと多分ミスリル銀よりイオン化傾向が強くて、溶けだしちゃう可能性が高かったから。
銅に比べると電気抵抗が高いから効率では落ちるんだけど、銅の電極棒を浪費しまくるわけにもいかないから、しかたない。
金の延べ棒でも使えたら一番いいんだけど……それはさすがに、無茶というものだろうし。
「そんな特徴が……それは、他の金属でも?」
「あ~……全部、ではないです。色々条件がありまして」
それこそナトリウムなんかは、このやり方で取り出すことはできない。
水の中にある水素イオンの方が先に水素になっちゃうからね。
むしろ、これでナトリウムが取り出せちゃったら、爆発的な反応が起こってえらいことになりかねない。
「なら、ミスリル銀が取り出せたのは、たまたま条件に合致してたわけだね」
「そういうことになります。銀も同じことができるので、もしかしたら、と思ったのが、まさか、でした」
なんでもやってみるもんだよね。
まあ、なんでもやってみる、を支えてもらえる環境があるから、できたことなんだけど。
普通、思い立っても化学工業プラントから硝酸は供給されない。間違いない。
それ以外も……つくづく私は、ここに来てから人の縁に恵まれているな~……。
「で、その結果が、これ、だものね……」
呆れたように言いながら、ドミナス様がしげしげと炭素棒にびっしりと付いたミスリル銀を見つめている。
「いや~、あたしもまさかここまでのものにお目にかかれるとは思ってもみませんでしたねぇ」
「私も……今だと、王族とか宮廷魔術師くらいしか触れないし」
「そう思ったら、一般庶民のあたしらがお目にかかれるどころか、触って実験して、って関われてるのも面白いよねぇ」
キーラもさすがに高揚しているのか、頬が赤くなっている。
そりゃ、魔術師からしたら、夢にまでみた、ってものだろうし。
それはノーラさんも同様かな。
また、これからノーラさんにこれの加工をお願いすることになるのだ、それはもう、たまらないだろう。
などとほのぼの感想を言っていたら、ばたばたとした足音が聞こえてきた。
「アーシャがまたやらかしたそうじゃな!?」
魔王様が部屋に入ってくるなり開口一番、これである。
っていうか、なんでこっちに駆け込んできたの!? 予定は!?
こっちを呼びつけたらいいんじゃ!?
などと突っ込みの言葉が脳内を駆け巡るが、自重自重。
こないだ失言しかけたんだ、もう繰り返さないぞ……。
「今回は特に酷い。これ」
ドミナス様が容赦ない表現で言いながら、これ、と指し示した。
それを見た魔王様は、動きを止めて。
数秒程、見つめていただろうか。それからゆっくりと顔を上げて、私を見つめて。
「どこまでやらかせば気が済むのじゃ、そなたは」
「そこまでおっしゃいますか!?」
その言葉に、思わず私は言い返してしまった。結局、言わざるをえなかったっ!
しかし魔王様は首を横に振る。
「言うに決まっておろうが。ほんに、そなたは自分のやらかしの価値をわかっておらぬのぉ……。
これは、この世界の常識を変える可能性すらある」
「う……そこまでのことなんですね……」
呆れたような口調で言われ、私もちょっと怖気づく。
正直、ミスリル銀はゲームなどでも効果がまちまちだし、大体の場合最強武器の一個か二個手前の素材だ。
従兄がやってた、ある島に流れ着いた冒険者が主人公で二人の女神が出てくる某ゲームではミスリル装備が最強だったけど……。
でも、これだけ希少な金属なんだ、単純にその経済的価値だけでも計り知れない。
ましてそれが、魔術関係の実用とも関連したら……あ、やばいことになるかも知れない!?
「まあ、そこはまだ、妾が情報統制をかければなんとでもなるがの。
この島は外部から滅多に人が来ぬゆえ」
「そ、それは、申し訳ございませんが、お願いいたします……」
魔王様がそう言ってくれたので、私は申し訳なく頭を下げた。
それに対して、鷹揚に頷いてくれて。
「うむ、任せておくがよい」
と、得意げだったのだけど。
「具体的に動くのは私ですよね? 何を偉そうにおっしゃってるんですか」
「これ、折角妾が格好をつけておるというのに、ちゃちゃを入れるでない」
呆れたようにため息を吐くドロテアさんに、魔王様は軽く笑って返す。
この主従、こういう気安さはあるけど、でも仕事の分担とかはしっかりしてるんだろうなぁ。
なんとなく、このやり取りでそんなことを思ってしまった。
「はぁ……まあ、いいのですけど。
仕事が増えた分は、またアーシャに癒してもらいますし」
そう言いながら、ドロテアさんは私ににっこりと微笑みかけてきた。
『いいですよね?』と、質問ではなく確認の圧力で。
それに対して私は、こくこくと頷くしかできない。
しかし。
この場でそんなこと言ってきた上に、私も頷いてしまったものだから……。
「まった。それなら私にも何かあるべき」
「それならあたしも、最近大分頑張ってるし、ね?」
「えっと、私だって工場で……」
うん。
三人が三人とも主張してきた。
そして、その主張は全く反論の余地がないというか、もっともなもので。
「わ、わかりました、皆さんそれぞれ、なにがしかしますから!」
私は、そう約束せざるを得なかった。
「やれやれ、モテる女は大変じゃのぉ」
「あ、あは、あはは……恐縮、です……?」
これは、恐縮でいいんだろうか、と悩みながら口にする。何か違う、気もするのだけども。
そんな私に対して、魔王様は実に楽し気だ。
「まあ、妾もまた忙しくなるから、お相子とでも思うておくがよい。
折角量産の目途が立ったのじゃ、色々作ってもみたい。
鉱石を運ぶ人足と荷車の手配をせねばな」
とか言いながら、うっきうきである。
多分、やってみたいことが色々あったんだろうな、実は。
でも、従来のやり方だとすっごい手間だから、やりたくてもやれなかったんだろう。
そういう意味でもお役に立てたのなら、良かった。
そんなことを思いながら……私は、頭の中でドロテアさん達四人をどう歓待するかを考えていた。




