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消耗戦の終わりに

 長い、長い戦いだった。


「それでのそれでの、その時グレースときたらじゃな」


 と、まるで女学生かのようにキャピキャピと惚気てくるカリスマ美女。

 不敬を働くわけにもいかないその相手に的確な相槌をタイミングよく返すためには、一言たりとも聞き逃せない。

 一応その努力の甲斐あって、グレースさんが教育関係の責任者であることがわかりはしたが。

 そんなこんなで笑顔を浮かべたまま、全身を耳にしたかのような集中の仕方でどれくらい凌いだだろうか。


「陛下、お話は尽きませんが、そろそろ次の予定もございますので」

「おお、それもそうじゃな。

 アーシャ、そなたのおかげで有意義な話ができた、感謝する」

「は、はい……恐縮でございます」


 集中のし過ぎでくらくらしながらも、私は笑顔を作って陛下に応じた。

 目の端に、ゲルダさんが労わるような顔をしてくれたのが見える。

 こくん、と小さく頷いてみせたが、伝わったかどうか。


「おおそうじゃ、よい話を聞かせてもらったのじゃから、何か礼をせねばな。

 アーシャよ、何か欲しいものや、して欲しいことはないかえ」


 立ち上がりかけた魔王様が、唐突にそんなことを問いかけてきた。

 それを聞いた私は思わず、ぱちくりと瞬きをしてしまう。

 

 一瞬心の中の日本人が遠慮をしようとしたが、それを封殺した。

 多分魔王様の性格だと、下手な遠慮はかえって失礼となりそうな気がする。

 かと言って、急に言われても、欲しいものなんて。


「え、ええと、すみません、少し考えさせていただいてもよろしいですか?」

「うむ、もちろんじゃ。じっくり考えるがよいぞ」


 魔王様は鷹揚に頷くと、もう一度ソファに座り直した。

 多分これは、私が慌てて答えを出さなくてもいいように、との配慮だ。

 ドロテアさんの方をちらりと見れば、時間にはまだ余裕が少しあるのか、せかす様子はない。

 ならば。


「陛下、失礼ながら、後いくつか質問させていただいてもよろしいでしょうか」

「それは欲しいものに関係しておるのかえ?」

「はい、重要なことでございます」


 こくんと私が頷けば、魔王様も頷き返してくれた。


「よかろう、何でも聞くがよい」

「ありがとうございます、ではお言葉に甘えまして。

 今現在、送られてきた生贄は何名程存命でしょうか。

 また、人間の治療が有効そうな、人型の魔物、魔族の方は何名ほどいらっしゃるのでしょうか」

「ふむ? 生贄として送られてきた者達が四万六千と三十八名、魔族魔物が九万八千四百二十六名じゃな。

 いわゆる四足歩行型の者はさらにおるが、それは数えぬのじゃな?」

「はい、左様でございます。ありがとうございます」


 淀みない魔王様の返答に頭を下げながら、私は頭がくらりとするのを感じた。

 十五万弱。本来なら医師300人はいる人数だ。いや、三分の二は人ではないが。

 となるとやっぱり、ただ診療するだけでは、絶対に私の手に余る。


「後、この街の広さは、どれくらいでしょうか」

「そうさな、おおよそ十キロ四方程度か」

「ひろっ!? あ、し、失礼いたしました。

 そ、そうですか……かなり広いのですね……」

「うむ、構わぬ。ああ、外縁部は畑やなにやじゃから、実際に人が住んでいる地域はもっと狭いぞ?」

「それを聞いて安心いたしました……それでも、五キロ四方くらいは考えた方がいいですかねぇ……」


 言うまでもなく、このkmという単位は私の感覚、つまり現代日本のそれに翻訳したものだ。

 ちなみに10㎞四方、100平方kmというのは、例えば大阪府高槻市で105平方km。

 私の祖父母が住んでいた人口約35万人を擁するベッドタウンの面積とほぼ同じだ。

 しかもその高槻市の面積は、北部の山などを含んだもの。

 この例で、私がカバーしないといけない範囲がどれくらいのものか、お分かりいただけるだろうか。

 そうなってくると、対症療法的な治療だけでなく、予防的な行動を並行していかないといけないのは間違いない。

 となれば、やはり。


「陛下、では、お願いしたいのですが……。

 まず、雷撃系魔術の得意な方を一人。できれば、口の堅い方を。

 それから、私を一緒に運べるような何某かの特殊な移動手段を持ってらっしゃる方も。

 後できれば、補助系というか、ちょっとした便利な魔術を使える方をご紹介いただけると助かります」

「ああ、それは、構わぬ、が……。

 ふ、ふふ、ふふふ……」


 私としてはかなり厚かましいお願いをしたつもりだったのだが、魔王様は口元を押さえて笑いだしてしまった。

 え、え、と思いながら魔王様を見て、顔を上げればドロテアさんは呆れたような顔をしていて、ゲルダさんはなんだか落ち着かない顔をしている。

 何、この状況、何?

 と困惑しているうちに、やっと笑いが収まった魔王様が顔を上げた。


「のぉ、アーシャや。そなた、欲しいものと聞かれて、真っ先に考えるのがそれなのかえ。

 質問内容から察するに、詳しくはわからぬが大方治療に必要な物事なのであろう?

 己の欲を満たすためでなく、治療を優先する、というかそれしか頭にないのじゃなぁ、そなたは」

「……あ。え、ええと……」


 魔王様に指摘されて、初めて気が付いた。

 私が、自分のための何かを、一切考えていなかったことに。

 それに気づいて顔が真っ赤になったのは羞恥ではなく、照れくささのようなもののせいだ。

 そう、多分魔王様が言う通り、なのだと思う。


「それしか、というわけではないとも思いますけれど……ある程度は、そうなのかも知れません」

「ふふ、照れずともよい。まあ、それがそなたの性分であることはよくわかった。

 また、そなたのその願いは薬師としての業務の一環であるゆえ、当然承認しよう。

 むしろ、そなた一人に任せることになるのじゃ、必要なものはなんでも言うがよい」

「あ、ありがとうございます!」


 私は、もう何度目かわからないけれど、頭を下げた。

 生前の上司もこれだけ物分かりが良ければどれだけ楽だっただろうか、などと愚にもつかないことも頭をよぎったけれども。


「で、じゃな。うってつけの人材がおるのじゃよ。

 雷撃魔術が得意で、飛行することもできる。何より、口の堅さでは右に出る者がおらぬというな」

「え、そんな方がいらっしゃるんですか!?

 それは、是非ともお願いしたいです!」


 何その都合のいい人材、と心の中で思いながら。

 当然そんな人材を逃すわけにはいかず、思い切り食いつく。

 魔王様は、そんな私を見て楽し気に見やり、そして横を見た。


「だそうじゃが、どうかえ、ゲルダ」

「陛下、この状況で私が断るわけもないとお分かりの上で、おっしゃってますよね」


 魔王様の問いかけに、ゲルダさんが苦笑しながら答える。

 え、え、と思わず魔王様とゲルダさんを見比べてしまった。


「さすがのそなたも、そこまではわからなんだかえ。

 ゲルダはな、スカイドラゴンのハーフじゃ。

 肉体的な強さはもちろん、風系統と雷系統の魔術に長け、飛行能力もある。

 そなた一人くらいなら、抱えて飛ぶこともちょちょいのちょいじゃ」

「陛下……あまり話を大きくしないでいただけると、大変ありがたいのですが……」


 困り切った顔のゲルダさんと、からかうような魔王様。

 そんな二人を見ながら、私は脳内の知識を呼び起こしていた。


 スカイドラゴン。

 ドラゴンとしては比較的小柄である反面、空を飛ぶ、ということにかけては他の追随を許さない。

 また、風と雷を操ることが得意で、吐き出すブレスは真空の刃と雷撃の双方を使えるという。

 色合いは……ゲルダさんの髪の色よりももう少し明るい青色だったはずだけれど、それはハーフゆえ、なのだろう。

 となれば、ゲルダさんの能力もそれに準じたものになるはずだ。


 なるほど、と納得した顔になった私に改めて魔王様は向き直り、問いかけてきた。


「ということで、どうじゃアーシャ。ゲルダなら文句はあるまい?」

「その……むしろ、文句を言ったら罰が当たるくらいだと思うのですが……。

 よろしいのですか? ゲルダさんには、騎士としてのお仕事があると思うのですけれども」

「ああ、構わぬよ。これも長い目で見れば、国民を守る行為であろうからの」


 あっさりと頷く魔王様に、私はまた感動のような感覚を覚える。

 私はどうやら、相当に幸運らしい。ここにきてようやく、だけれど。


「それでは、ぜひとも宜しくお願いいたします」


 そう言いながら、私は魔王様に、ゲルダさんに頭を下げる。


「うむ、では決まりじゃな。ゲルダも異論はないであろう」

「もとより、陛下のお決めになったことに差しはさむ口はございません」

「可愛くないのぉ。アーシャの出した条件を聞いて、そわそわしておったくせに」

「……黙秘権を行使してもよろしいでしょうか」


 そんな二人のやりとりを聞きながら、私は、ちょっとだけこの仕事が楽しみになってきた。





「補助系魔術の使い手は検討した上で追って工房に連絡させるゆえ、ひとまずはここまでじゃな。

 では、後は若い二人に任せるとしようかの」

「陛下、この場合に使う言葉ではございません」


 ドロテアさんのツッコミを受けながら魔王様が退出し、部屋に残された私とゲルダさんは顔を見合わせ苦笑する。

 ちなみにゲルダさんが残ったのは、私に提供された工房への案内兼、今後の打ち合わせのためだ。


「なんというか……すまない、こんなことになってしまって」

「いえ、大丈夫ですよ。それに、正直なところ……ゲルダさんが一緒で心強いのは事実ですから」


 困ったような顔のゲルダさんに笑いかけると、驚いたような顔になって。

 すぐに、笑顔を返してくれた。


「そう言ってもらえると、ありがたい。

 ……では、早速工房に案内しよう」


 そう言って部屋の外に向かおうとするゲルダさんに、声をかける。


「案内していただく前に、ちょっとお願いがあるんですけど、いいですか?」

「うん? ああ、もちろん。私にできることならば」


 振り返ったゲルダさんの反応は、予想の通りだ。

 そこに甘えて、私は言葉を続ける。


「じゃあ、お願いなんですけども。

 私と、デートしてください」


 そう言って悪戯っぽく笑う私を、ゲルダさんは目を丸くして見ていた。

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