希少金属である理由
「それにしても凄い威力ですよね~……。
でもこれ、触れたものにしか振動を送れないんですか?」
ドミナス様がそれ以上の興味を持たないよう、強引に話題を転換する。
途端に、ドミナス様を余裕の表情であしらっていたドロテアさんが、困ったような顔になった。
「なんでそんなに冷静なんですか、もう。
……そして、正解です。私が直接関与できるのは、触れたものだけ、ですね。
ですから、空気に触れて望んだ音を出したりはできますが、その後をどうこうはできません」
「なるほど~……。
あの。もしかしてその音って、大きさはもとより、方向も制御できたりします?
物凄く大きな音を、特定の方向にだけ、とか」
その言葉に、ドロテアさんの笑顔が固まった。
横を見れば、ドミナス様が何か言いかけて慌てて口を自分の両手で塞いだ。可愛い。
でも、この反応は……。
「あ、あはははは~、そんな都合のいい能力なんてあるわけないですよね、うんうん!」
私がわざと明るく大きな声で言えば、途端にドロテアさんもドミナス様もほっとした顔になった。
そっか、それくらいやばかったのか……いや、わかるけどさ。
音響兵器、と呼ばれるものがある。
強烈な音を叩きつけて、相手を無力化する兵器の総称だ。
精神に影響を与えるような音をぶつけて相手を混乱させる、なんて話を聞いたこともあるけど……それが実際に使えるかはわからない。
少なくとも、スタングレネードと呼ばれる、強烈な閃光と音で人間を無力化させる兵装は確かにある。
そんな便利なスタングレネードだけれど、爆弾みたいなものなので、基本、効果範囲に対して無差別に威力を発揮する。
だがもしそこに、特定の方向へ向けて、何度も連発できるスタングレネード的なものがあったとしたら?
例えば、要人警護にはとても有用だろう。何しろ、万が一間違って要人に当たったとしても、死にはしないのだから。
もしそんな能力を、魔王様という最重要人物の側近が使えたとしたら?
そのことを知られて、対策を立てられたら?
つまり私は、この国の防衛機密に踏み込みかけていたのだ。
っていうか、そのことを理解した、ということは多分、ドロテアさんもドミナス様もわかったはずだ。
だけど、私がはっきり明言しない限りは公的には認識されたことにならない、ということなんだろう、多分。
これで、ドロテアさんもドミナス様も、私を咎めたり拘束したりあまつさえ(ピー)したりしなくて良くなった、ということみたい。
あからさまにほっとした顔してるもんなぁ……。
うっかりしてたけど、私が交流している人たちはそういう立場でもあるんだ、気を付けないと。
「そうですよアーシャ、考えすぎです」
「そうそう、なんでもできるわけがないし」
うん、このフォローの入り方からして、ほぼ間違いないんだろうな、私の推測は。
折角フォローしてくれてるんだ、好奇心猫を殺す、な真似はしたくない。
なので私は話題を変えることにした。
「話を戻しまして、この粉々にした鉱石を、この後どうするんですか?」
そう言いながら、鉱石へと視線を向ける。
砕かれたそれをよく見たら、ところどころにキラキラとしたものが垣間見える。
多分あれが、ミスリル銀なのだろう。
やっぱり、それそのものは酸化せずに輝く状態を保っている。
金属の特徴の一つ、金属光沢というやつだ。
「ん、これを、今から処理する。
アーシャは下がってて。ドロテア、アーシャをお願い」
「あ、はい」
「ええ、わかりました」
ドミナス様に言われた通りに私が下がると、ドロテアさんがかばうように前に出てきた。
もしかして、それなりに危険な処理なのだろうか。
「では、始める、ね」
両手を突き出すように構えたドミナス様がそう言うと、その手のひらがぼんやりと光る。
何やら呪文を唱えることしばし。鉱石が置かれた床が光を放ちだし、そこに複雑な文様が描かれた。
その紋様は複雑さを増し、どんどん広がっていき……やがて鉱石が置かれた範囲を全て覆う。
更に呪文は紡がれ、光は増していき、バチバチと、鉱石が何やら火花のようなものを放ち始めて。
「『かく為せ』」
どうやら、ドミナス様が呪文を唱え切った、と思った瞬間。
爆発的な音がして、鉱石が弾け飛んだ。
「うひゃぁ!?」
私が思わず叫ぶと、ドロテアさんがかばうようにぎゅっと抱き締めてくれる。
うはぁ、柔らかい……こう、包まれるみたいで安心する……って、そうじゃない!
「い、今のは、一体……?」
抱き締められたまま、恐る恐る鉱石の方を伺う。
あれだけ凄い爆発をしたのに、先程置かれていた範囲から、大きく動いてはいない。
「私が張った結界の中で、鉱石が弾けただけ。
だから安全ではあったけど、念のためドロテアにアーシャをお願いした」
「な、なるほど、それは、ありがとうございます……?
それで、一体今のはなんだったんですか?」
私の問いかけに、ドミナス様がくるりと振り返る。
「鉱石に対して、弱く『反転』処理を実施、その後にミスリル銀に魔力を付与した」
「ミスリル銀以外の石の部分は、本来魔力を好むとされています。
だからミスリル銀に吸着するのだと」
ドミナス様の説明に、ドロテアさんが補足してくれる。
「ほほう……だから、『反転』した後は、魔力を嫌って反発したわけですね」
なるほど、わかったけどわからん。
少なくとも、物理的にはどうしてそれが起こるのか、っていうのは説明できない。
この辺りはもう完全に、「魔術だから」としか言いようがないものなんだろうなぁ。
「でも、それって……くっついてるところを、魔術で強引に引っぺがしたってことですよね?」
「うん、その通り」
流れとしては、弱く『反転』をかけることで、魔力的な力を持つミスリル銀の部分は変化はなく、石は反転した状態にする。
そこに魔力を流し込むことでミスリル銀は魔力を帯び、それを嫌った石の部分は離れようとして……結果、あの爆発が起こった、と。
一応、金属と岩石、という違う物質だから、そこまでめちゃくちゃ強く吸着しているわけではないそうな。
うーん……何が起こったか、はわかったけど……これってかなり手間がかかるなぁ。
「これ、加熱してどっちかだけ溶かして取り出す、とかはできないんですか?」
「難しい。両方とも溶け出す温度がとても高い上に、ほとんど同じ温度。
そこまでの繊細な火力調整は、できるけど集中が大変」
「できるのはできるんですね……さすが」
私が誉めると、ドミナス様はえっへんと胸を張った。可愛い。
とはいえ、ドミナス様でそれなのだ、とても一般的な魔術師ができることじゃない。
ということは、大量生産はとても無理、ということだよなぁ……。
とか思ってると、ドミナス様が散らばった鉱石の方へと歩いていく。
しゃがみ込んで、床を眺めて……ぺと、と指を押し付けた。
それから、とてとてとこちらに戻ってきて。
「はい、これがミスリル銀」
「あ、ありがとうございます。
……って、え。ここまででも面倒なのに、さらにこんな小さな粒を、ちまちまと集めていくんですか……?」
こんな、砂金程度の大きさしかない粒を!?
そりゃ希少だし高くなっちゃうわけだよ!
「人間の国では、集めること専門の奴隷を使っていた時代もあったと聞きますね」
ふぅ、とドロテアさんがため息をついた。
奴隷を色々な場面で使ってた、ということは本で読んだことがある。
古代ではもっと人間の魔術師も力を持っていて、魔術を使えない人達を奴隷として扱っていたとか。
その中にはそんな専門的な奴隷もいた、ということなんだろう、きっと。
「繊細な魔術処理だから、そもそもできる人間が今はほとんどいない。
だから人間の国での加工は廃れてしまった。
そして、私達はそこまでの労力を割く意義を見出せない」
「魔力的に色々補わないといけない人間に比べて、私達は使うまでもなく、それぞれにそれなりの力がありますからね」
「なるほど……それでミスリル銀は希少になってるんですね……」
実際に製品として使えるだけの量を集めようとなったら、とんでもない労力がかかるはずだ。
まず、この集める作業自体を効率化できないと、だよねぇ……。
「ありがとうございます、とても参考になりました。
この、散らばった鉱石とか、いただいてもいいですか?
色々実験してみたいので」
「もちろん。そのためにやったのだし」
「多分ゲルダも、アーシャが持っていく分には何も言わないと思いますし、ね」
……むしろ持って行けと押し付けてきそうな気がするなぁ……。
と思ったけど、口には出さなかった。
言ったが最後、ドミナス様も色々押し付けてきそうな気がしたから。
「ところでドロテア。
もう危険はないのに、なんで未だに抱き着いてるの」
「あら、そう言えばそうでしたね」
ドミナス様の指摘に、ドロテアさんはとぼけた顔で返事をする。
するが、離れようとしない。
うあ、自覚したらこう、色々と……と、思っていたら。
「ずるい。私も抱き着く」
「はうぁ!?」
反対側から、ドミナス様も抱き着いてくる。
こうして私は、ドロテアさんが次の用事に向かう時間になるまで、二人から散々抱きしめられたのだった……。




