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戦い済んで、日は暮れない

『なんだ、ミスリル鉱石が欲しかったのか。

 だが、風竜王の位をゲルダに譲った今となっては、我は関知せぬ。

 ゲルダのしたいようにするが道理であろう』

「は、はあ……」


 いきなり始まった親子喧嘩という名の風竜王位争奪戦からしばらく経って、やっと落ち着いた頃。

 ほんっとうにやっとこさ本題を切り出せたら、これである。

 まあ、さ……確かにあんな顛末になったら、そうだろうな、とは思うのだけど……。


 私達は今、屋敷内に案内してもらい、広間……言葉の通り広い部屋に案内され、お茶を頂いていた。

 お母様や私達人間サイズ組はテーブルにつき、お父様は上座にでんと座っていらっしゃる。

 こうしてみると、やっぱり竜王って貫禄があるんだよなぁ……。


 お父様の言葉にゲルダさんもある程度腹を括ったのか、動じずに堂々とした態度で会話をしている。


「では、ある程度の量、検証用として一度持ち出します。

 それ以降に関しては、検証結果次第ということで。

 もし本格的に採掘となれば、親父殿にもある程度動いてもらうことになりますが」


 やっぱり、仕事の時のゲルダさんは真面目できりっとしてカッコいいよなぁ。

 ノーラさんみたいに、好きな仕事してます! って全身で言ってる姿もいいんだけどね。

 とか、呑気に思っていた時だった。


『うむ、承知した。

 我が娘と婿殿のためとあらば、励ませてもらおう』


 その言葉に、ブフォ!! とお茶を吹き出してしまった。

 幸い、その方向には誰もいなかった、けど……ああああテーブルが汚れてしまったぁぁぁ!!

 慌てて手ぬぐいを取り出して拭き始める私。

 

 ちらりと周りを見れば、吹き出しかけたのを無理にこらえてゲホゲホ言ってるゲルダさん、固まったような静かな笑顔になってるノーラさん、してやったりな顔のお母様。


 やめて! 唐突に修羅場を作り出すのまじでやめて!!


 そして、修羅場を作り出した張本人は、多分きょとんとした顔でこちらを眺めていた。

 申し訳ないけど、竜族の表情はわからないので、はっきりとは言えないのだが。 

 

「お、親父殿っ! む、婿などと、そんなっ!」

「そうよ、お父さん。ゲルダちゃんとアーシャさんなら、アーシャさんがお嫁さんでしょ?」

「……そ、そういうことでもなくてですね!」


 思わず反論しようとしたゲルダさんに、お母様が追い打ちをかける。

 数秒、言い淀んだというか否定の言葉が出なかったあたり……ゲルダさん的にもありだと思ってしまったんだろうか。

 

 ごめんなさい、私ももしそうなるなら、私がそっちだと思っちゃいました!

 多分花婿衣装来たゲルダさんはめっちゃカッコいい。それは、想像しなくてもわかる。

 むしろ想像したら私の心臓と理性がやばい。


 そんなことを思っていたら、袖をくいくいと引かれた。


「そんなら、あたしとアーシャ先生だと、どっちが花嫁衣裳着るんだろうね?」


 ここで、この状況でそんな発言しますか、ノーラさん。

 案外、ノーラさんは花婿衣装も似合うんじゃないだろうか。

 こう、美少女が男装してばっちり決めました! みたいな感じで……。

 うん、私の脳細胞、大分壊れてるね!


「二人とも花嫁衣裳っていう手もありますよ」


 壊れ過ぎた結果、私の口からこぼれたのは、ある意味爆弾発言だったんだろう。

 当然その場にいたゲルダさんもご両親も、聞いたはずだ。

 しん、と一瞬の沈黙が訪れて。


「私、ゲルダちゃんの花嫁衣裳も見たいわ~」

「母上!? だから、そういう話ではなく、ですね!」

『なるほど。娘の花嫁衣裳……男親の本懐とも聞く。

 竜族にはそのような流儀はないが、ゲルダであれば……さぞ似合うであろう。

 ふふ、すまぬ、親ばかが過ぎたな』


 あ、ちょっと初めてお父様を可愛いって思っちゃったよ。

 って、だから、そうじゃないんだってば!


「いや待ってください、そもそも、そういうお話ではなくて、ですね!

 ほら、ミスリル銀鉱石の活用に関しての取り決めの話だったじゃないですか!」


 強引に、私は割り込んだ。

 このままだとやばい、まずい。私の色んなものが削り取られる。

 そんな危機感のままに言葉を発した。

 下手したら物理的な意味で命の危険があるのだけど、最早そんなこと考えている余裕もない。


 だが、そんな私の発言に対して、ご両親は冷静なもので。


『うむ、そちらに関しては委細ゲルダに委ねる。

 それよりも、ゲルダの衣装はやはり髪色に合わせて青系統がいいのだろうか』

「あら、お父さん意外とおしゃれさんね! 定番の白も似合うと思うわ~。

 でも、私としては敢えてピンクとか暖色系に挑戦してもらいたいかなって」

「だから、待ってください!

 そもそも私とアーシャは、その、まだ、その……ええと……ああ、もうっ!」


 ゲルダさんが髪を掻きむしる。

 言いたいこと、言うべきこと、でも言えないことがごちゃまぜになって、どうしたらいいのかわらからないらしい。

 もちろん、私には助けることはできない。

 私も、どうしたらいいかわからないからだ。


「ねえ、アーシャ先生」

「は、はい? なんでしょう、ノーラさん」


 頭がぐるぐるし出したところに、ノーラさんから声がかかった。

 若干足元がおぼつかないような声の私の返事に、ノーラさんは困ったような顔になり。


「これ、どうやって収拾つけるんだい?」


 そんなことを、聞いてきた。

 むしろそれは、私が聞きたい。


「うーん、どうしよっかな~……」


 そんな投げやりな返答をするのが精いっぱいだった。





 すったもんだはあったけれど、当初の目的は達成できた。

 予想外の収穫もあった。想定外の大ダメージもあった。


 なんだろう、すっごく理不尽に疲れてしまった気がする。


 あの後、何とか場を収めて、話を纏めて。

 三人で、また空を飛んだ。

 間に挟まれてた私はぐったりだし、ゲルダさんは顔を赤くして無言だしで、言葉少ない飛行だったんだけど。


 なんでかな、あんまり居心地の悪さは感じなかった。


 一つには、ノーラさんが意外と上機嫌だった、というのがあったのかも知れない。

 ミスリル銀扱い放題になるっていうのは、そりゃぁ大きいだろう。

 でも多分、それだけじゃないんだろうなぁ。


「……否定しないでくれて、ありがとっ」


 なんて、別れ際にすっごく可愛い笑顔で言ってくれたノーラさんに、また私は大ダメージを受けた。

 否定しないでくれて、っていうのは……多分、あのやり取りなんだろうなぁ……。

 否定なんて、できるわけないじゃない!? とか言う言葉は、飲み込んだ。

 なんか、さらなる修羅場が待ってる気がしたから。


 そして、今私は、ゲルダさんと二人空の上。街に戻ろうとしているところだった。


 しばらく、沈黙が流れて。私が、口を開く。


「ねえ、ゲルダさん。今こうして飛んでる時って、ほんっとうに加減してくれてたんですね~」

「うん? なんだ、急に。まあ、確かにその通りではあるが……」


 私の声に、ゲルダさんは怪訝そうな顔だ。

 それもまあ、仕方ないだろう。ゲルダさんからしてみれば、何を今更、なのだろうから。


「お父様とやりあってる時の動き、私見えなかったですもん。

 本気だと、あんな速さになるんだな~って思って。

 だったら、こうして飛んでるのは、すっごく焦れったいんじゃないかなって。

 なのに、って思ったら……凄く、ありがたいなって思ったんです」


 多分、本気だったら音速とかそんなレベルになるんじゃないだろうか。

 それくらい、あの動きは凄かった。

 だから、今飛んでる速度は……かなり遅いはず、だと思う。

 なのに、私の言葉を聞いていたゲルダさんは、くすっと小さく吹き出して。


「いや、それは、だな……ほら、前、ゆっくり歩いてみたかった、と言ったことがあっただろう?

 つまり……こうしてゆっくり飛んでいたいんだ、私は。あなたとの時間をゆっくりと」


 ……これは、きつい。散々っぱら色々削られた日の終わりに、これは、きつい。

 何、私をどうしようっていうの!? いや、多分細かく述べられたら困るから聞かないけどさ!


 動揺しまくった私は、視線をあちこちに逃がす。

 と、目に飛び込んで来る鮮やかな紅。

 一日の終わり、昼と夜の境目にだけ見える特別な光景。

 私は、しばしその光景に見惚れて言葉を失う。

 

「綺麗……」


 そんな、語彙の欠片もない言葉がこぼれる。

 私の言葉に、ゲルダさんも夕焼けへと視線を向けて。


「うん、そうだな……とても綺麗だと、思う」


 そう、呟いて。それからまた、しばし、沈黙。

 でもやっぱり、この沈黙が不快じゃない。どこか満ち足りた気持ちすら感じる。


「ね、ゲルダさん。ゆっくり、夕日を見ながら帰りません?」

「そうだな、たまにはそういうのも良いんじゃないかな」


 ただでさえゆっくり飛んでいたゲルダさんが、さらに速度を落とす。

 落ち着いて空の上から見る夕焼けは、見たこともないもの。

 しばし見惚れていた私の口から、不意に言葉が漏れた。


「そういえば、知ってます? 夕日って、高ければ高いほど長く見られるはずなんですよ」

「ほう。それは、良いことを聞いた」


 私の声に頷くと、ゲルダさんはゆるりと上昇を始める。

 どんどん、どんどんと地上が遠く、小さくなっていき、見える範囲が広くなっていく。

 ああ、この大地も丸いんだ、なんてどうでもいいことすら、思いながら。


 ゆっくりと、確実に遠くなっていく夕日の赤と、夜との境目に混じる紫。

 振り返れば、夜の藍と、さらに向こうの星の世界。

 少し切なく、でも圧倒的な色彩に満ちた世界を、私達は眺めていた。

 

 この景色は、今だけは、私達だけのもの。

 なんて、思ったりしたのは……ゲルダさんにだって、内緒だ。

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