竜の親子
現れたゲルダさんのお父様は、とてつもない存在感を放っていた。
放っていたんだけど……思ってたよりも私は落ち着いていた。
サイズ的には、サイクロプスさんよりは大きい。
けど、比較対象を知っているからか、思ったよりも大丈夫だった。
そして、放つ存在感は……魔王様と何度も会っている上に気安く言葉をかけていただける間柄だけに、割かし普通に受け入れられている。
だから、私はすっと、自然に一歩踏み出せていた。
「お初にお目にかかります。
私、薬師のアーシャと申します。お嬢様、ゲルダさんとは親しく交流させていただいております」
そう挨拶すると、スカートの裾を摘まみ上げながら深々と頭を下げる。
数秒程か、沈黙が訪れて。
おや? と私が思った次の瞬間、豪快な、周囲を震わせる笑い声が響いた。
『クハッ、クハハハハハ!!
我を前にして、その挨拶か!! 大した肝の太さよ!!』
爆発的な衝撃波、レベルの音が、風圧が迸る。
どんだけだよ、どんな横隔膜してるんだよ!
……確か爬虫類は横隔膜あったよね? なくって舌をちょろちょろ出して呼吸してるのは両生類だったよね?
とかどうでもいい知識の確認が頭をよぎる。
走馬灯、じゃないけど、なんかそれに近いものはあったんじゃなかろうか。
正対することはできる。存在感を受け止めることはできる。
でもね、一々物理的に生命の危機を感じるのはどうにかしていただきたい!
でも、どうやら私の反応は、お父様には好評だったらしい。
『さすが我が娘、見る目は確かなようだ!』
「父上、本日はそのような話ではなく、仕事上の話でございまして」
『何を照れておる、そのつもりで連れてきたのだろう?
いや、しかしそんな場に土臭い娘を連れてくるのはどうなのだ』
と、あからさまな侮蔑の視線をノーラさんに向けてくださいました。
その言葉を聞いた瞬間に、私もゲルダさんも、表情が変わった。纏う空気も変わった。
隣にいるノーラさんは表情が変わってない。こういうのを飲み込める大人な人だ。
だからこそ、私もゲルダさんも、思う所を抑えることができない。
「父上。
私の友人を、そう表しますか」
『うん? なんだ、我は事実を言っただけであろう?』
ゲルダさんの本気を感じ取ったのか、若干狼狽えた気配を滲ませながらも、まだお父様は引かない。
そっかぁ、そうなんだぁ。というのは、きっと私とゲルダさんの共通見解なのだろう。
「そうですか。その言葉を、我が愛剣を打ってくれた、親愛なる友人に対して向けられるということですね。
なるほど、よくわかりました」
と、ゲルダさんが呆れたような声で言った、次の瞬間。
ゲルダさんの姿が消えた。
は?? と思った時には、いつの間にかゲルダさんはお父様に肉薄していて。
その右手にはゲルダさんの愛剣。左手には……鱗のようなものが握られていた。
いや、多分鱗なのだろう。その輝きは、お父様の鱗と全く同じものだ。
つまり……ぶん殴るどころじゃなかったらしい。
『なっ!? ゲルダ、貴様親に対して何をするか!』
「何をするも何も、ノーラさんの作ってくれた剣の切れ味をお教えしただけですが」
明らかに動揺した声で、お父様……そろそろそう表現することが嫌になってきたけど。
スカイドラゴンの彼は抗議のような声を上げた。
だが、ゲルダさんは全くひるむことなく、睨みつける。
『お、お前が使ったからであろうが! たかがドワーフごときが作った剣など!』
「その私の力に耐えられる剣など、どれだけあったか!
ここまで見せてまだわからんというのなら、これ以上語る言葉もない!
我が友人に対する非礼、これ以上は許さぬぞ親父殿!」
『許さぬだと!? 貴様、親に対してなんということを!』
「親として敬えと言うのならば、親として見せるべき背中を見せろ!
こんな、竜の鱗すら斬ることができる剣を、見返りもなしに快く打ってくれる友人を馬鹿にされるなど、私の矜持が許さない!!
今回ばかりは謝罪してもらうぞ、親父殿!!」
あ……やばい。ゲルダさんの言葉に、なんか涙が出そうになった。
思わず、ノーラさんをぎゅっと抱きしめる。
そのノーラさんからは、ぐす、と鼻をすする音が聞こえた。
だよね……私ですら、涙腺直撃なのだから。
そして、その剣幕に、親父殿はたじたじになっている。
『謝罪だと、我に対して、そのような口を!』
「叩くとも! 娘である私が言わねば、誰が言えようか!
あなたのその捻くれた性根、今こそ叩き直してくれよう!!」
喝破するゲルダさんの後ろ姿は、とても頼もしく、格好良かった。
でも……でも、ね? もしかして……ここで、始まっちゃうの? 竜族の親子喧嘩。
しかも、竜王と見紛う貫禄の親父殿と、瞬間移動かと思うほどの速度で動けるゲルダさんの。
あ、やばい。 これは、離れないといけないやつや……。
そう直感した私は、ノーラさんを抱えたまま、じり、じり、と後ずさる。
『よう吠えた! ならば思い知らせてやろう、親の力というものを!』
「こちらこそ思い知らせてやる、友情の力を!!」
二人がそれぞれに叫んだ後……消えた。
いや、消えたと思えるほどの速度で、上空に飛びあがっていた。
これは、お母様への配慮と、お互いに全力を出せるのが空の上だから、なのだろうか。
……若干、後者寄りな気がしなくもない。
何しろ、上空に飛びあがった二人は……一瞬だけ姿を見せて。
次の瞬間には、また姿が見えなくなるほどの速度で移動しながら、親子喧嘩を始めたみたいだから。
うん、視認できないから、やってるかどうかはわからない。
シュレーディンガーの竜。そんな言葉が脳裏に浮かぶ。
ただ、圧倒的な速度で親父殿の質量が動いているせいか、時折吹き飛びそうな衝撃波やら風圧やらが飛んでくる。
その度に、私はノーラさんを抱きしめて踏みとどまっていた。
いや、むしろ踏ん張っているノーラさんにしがみついていたかも知れない。
そして、そんな空間に、時折響き渡る声。
『なぜだ、なぜドワーフごときにそこまで意地になる!』
「意地になる価値も意味もあるからだ!
私にとってノーラさんは、かけがえのない友人だ! それ以上の意味など必要ない!!」
……あ~……ノーラさんの頭を抱き込んでる胸元が濡れちゃってますね、これは。
それを受け止められてることに、むしろ光栄な気分すら感じてますよ。
ここまで来たら、もう、思い知らせてあげて欲しい、とすら思っちゃった。
だから。
「ゲルダさん!! お願い、ぶちかまして!!!」
言った直後に、我ながらお下品、と思ってしまった。
でも、それは偽らざる私の本音で。
どうやらそれは、ゲルダさんにも届いたらしい。
明らかに、空気が変わる。
ゲルダさんが、本気の本気になった、と何故か理解できた。
直後。
空間そのものが崩壊したのかと思うほどの、凄まじい衝撃音が響いて。
さらにその後、凄まじい地響きが生じ、膨大な土煙が舞い上がった。
それを吸わないように口元を押さえてしゃがみこみ……どれくらい経っただろうか。
もうもうと立ち込めていた土煙が収まったそこには……地面に叩き込まれた、親父殿の姿があった。




