突撃、麓の大御殿
そうやって三人でああだこうだとしゃべっているうちに、どうやら目的の山が見えてきた。
時間にして、多分30分も経ってない。
……あくまでも、ゲルダさんの飛行速度だからこれだけの短時間で来れたんだけどね。
これ、多分ドワーフの集落からも50㎞以上あるよなぁ……。
仮に山から鉱石を大量に下ろせたとしてどうやって運べばいいんだろ?
そんな疑問を抱きながら、さらに山へと近づいていく。
段々、高度が下がり始めた。ということは……。
「ゲルダさん、おうちが近いんですか?
おうちって、山の麓にあるんです?」
「その問いは、どちらもイエスだ。
母上は普通の人間だからな、山の上だと何かと不便なんだ。
私と親父殿だったら、何かあればすぐに飛んで山頂までいけるしな」
「な、なるほど……?」
お母様が人間だったら、そりゃ麓での暮らしになるよね。
でも、なんていうか……山頂までひとっ飛び……3000m級っぽく見える山頂まで、ひとっ飛なのか……。
いやまあ、つまりはたったの3㎞。上下方向の移動も水平方向の移動も同じような感覚で出来るゲルダさんからしてみれば、軽いものなのだろう。
その感覚は、正直理解はできない……でも、多分そんな感じなんだろうなぁ。
「ご両親お二人ともいらっしゃる感じなのかい?」
不意に、ノーラさんがそんな問いかけをしてきた。
「あ、ああ、恐らくそのはずだが」
ゲルダさんが、若干困惑したような声で答える。
ここまでの話で、お父様は非番であることがわかってし、だからアポなしで突撃してきたわけだ。
多分お母様は専業主婦的な立場、だと思われる。貴族の妻なわけだし。ドラゴンだけど。
となれば、お家にいてもなんら不思議はない。
それを聞いたノーラさんは、ニンマリと楽し気な笑みを見せた。
「つまり、アーシャ先生を連れてご両親にご挨拶ってわけだ!」
その言葉に、私もゲルダさんも、びしっと硬直した。したような気がする。
少なくとも私は固まったし、ゲルダさんの腕からも動揺が伝わってきた。
実際のところ、ノーラさんの言葉を否定できる要素は何一つない。
言葉を額面通りに受け取れば、ゲルダさんがご両親に私を合わせて挨拶を交わす、それだけの話だから。
だけど、当然深読みもできる。
そして、その場合……ごめん、自惚れとか自意識過剰とかかもしれないけど、ゲルダさんから見れば私はそういう相手、のはずだ。
その上、ご両親からの私の評価はかなり高いらしい。
となれば……色々とこう、問題になりそうな可能性は濃厚だ。
「いや、確かに挨拶、ではあるが……うん、友人を挨拶に紹介するだけだ。
もちろん、ノーラさんも紹介するぞ?」
あ、めっちゃ動揺してる。普段のキリっとした姿は影も形もなく、こう、もじもじとしているのが背中越しに伝わってくる。
……何この可愛い人。
普段のキリっとした印象とのこのギャップ! 何、私にどうしろっていうの萌え死ねっていうの!?
いや、落ち着け、落ち着け私。ビークール。
そんなゲルダさんの様子に、ノーラさんはケラケラと楽しそうに笑っている。
「あはは、その名も高きスカイドラゴン様にご紹介いただけるってのはありがたいねぇ!
でも、いいのかい? あたしを友人として紹介して」
その言葉に、ゲルダさんが笑ったのが背中越しに伝わってきた。
「もしそれで親父殿がとやかく言って来たら、一発ぶん殴るだけさ」
「わぉ、過激~!」
不敵なゲルダさんの声に、ノーラさんが実に楽しそうに応じている。
けどさ、なんでそんな話になってるの!?
もしかして……?
「あの、もしかしてゲルダさんのお父様って、あまりドワーフとか他種族に対して友好的じゃないんですか?」
「残念ながら、な。竜族は多かれ少なかれ、そういった気性はある。
母上と結婚してからは大分ましになった、と聞くが……今でも油断すると出てくるんだ。
それでも、自分が認めるくらいの功績があるものを受け入れるくらいはできるのだが」
ふぅ、とため息を吐いた。う~ん……そういう偏見に凝り固まった父親には心当たりがあるだけに、フォローが入れにくい……。
「あれ、でも私に会いたがってるみたいなこと前言ってませんでした?」
「うん、さすがにアーシャの功績は飛び抜け過ぎて認めざるを得なかったらしい。
それから……親父殿は、黒髪の女性に弱いんだ。母上がそうだから」
「あ、そういう……えっと……お察しします……」
若干歯切れの悪い会話になりながら、さらに高度が下がって……森の端に、一軒の御屋敷が見えてきた。
相当な広さ、重厚な壁を持つ館……多分あれがゲルダさんのおうちなんだろう。
「ゲルダさん、あれが?」
「ああ、あれが私の家だ。……うん、どうやら見えていたらしいな、門番が一人中へ入っていった」
「さすが、もうこの距離で十分見えるんですね……」
そりゃまあ、20㎞くらい遠くにある船も見えていたゲルダさんだ、もう数㎞切った距離であれば、いくらでも見られるというものだろう。
私にはぼんやりとしか見えないのだけど。
ともあれ、来訪の件はご両親の知るところになったはずだ。
どんな応対をされるか……私は、若干の不安を覚えた。
その不安は、とりあえず回避されることになる。
「まあまあ、あなたがアーシャさん? よくいらしてくれたわね!
こちらがノーラさん? うふふ、とっても可愛らしいのね!」
門から入ったところで出迎えてくださったゲルダさんのお母様は、それはもう朗らかに私達を歓迎してくれた。
年齢は……う~ん、ゲルダさんのお母様だから、それなりに取ってらっしゃるはずなのだけど。
若々しく、何よりも表情がとってもチャーミング。
ゲルダさんが言ってた通りの長い黒髪は、つやつやとした輝きを放っている。
なんだか、すっごく親しみやすい人だなぁ。
と、そんな私の視線に気づいたのか、お母様はくすっと笑って。
「あらあら、いいのよ、ここをあなたのおうちと思って寛いでくれても。
なんなら、私のこと『お義母様』って呼んでみる?」
「母上! 今日は仕事できているので、そのような話はまた後日に!」
若干暴走気味のお母様に、ゲルダさんが制止の声をかける。
……だけど、後日とは言ったけど、否定はしてないよね……。
多分、そのことはノーラさんも気づいたっぽいけど、ノーラさんは何も言わない。
そのことが若干怖くもあるのだけど、気のせいだといいなぁ……。
そんな感じで、お母様との顔合わせはとても和やかにできた。
できた、のだけど。
ずしん、ずしん、と重々しい音が響く。
段々、地面が揺れる振動すら伝わってきた。
え、まさか。
そう思いながら、館の方を見ると……ゴゴゴゴと擬音が付きそうな重厚な音を立てながら、正面玄関の扉が開いた。
執事っぽい人たちが二人、涼し気な顔でとんでもない質量に見える扉を開けている。
……こう、さらっと控えめにチートキャラがいるのはどうなのかと思う。
それはともかく、扉が完全に開いて……その向こうから、巨大な何かが姿を表した。
以前私は、スカイドラゴンは竜の中でも比較的小柄だ、と言った。
しかし、今目にした竜は、小柄どころか……見上げてたら首が痛くなりそうな見事な巨体を誇っている。
多分、数百年かそれ以上か……とにかく、途方もない年月を重ねた圧倒的存在が、そこにいた。
「父上、非番の日に申し訳ありません」
『何、噂のアーシャ殿に会えるとあれば些細なことよ!』
ゲルダさんの言葉に答える声はどこか気さくだったけど。
その地鳴りのような声は、確かに人間とは別の存在なのだと、強烈に思い知らされた。




