人脈は時に金脈となる
「それで、今日の本題なんだけどね。
こないだ頼まれてたものはできたよ」
と、工房に入るなりノーラさんが告げてきた。
この辺りの単刀直入な感じ、嫌いじゃない。むしろありがたい。
特に今は、色々とこう……個人的な感情をやり過ごしたいところがあるからね!
そして、見せられたものは……。
「おお……凄い、きっちり欲しい形になってる! 流石ノーラさん!」
「ふふふ、そうだろそうだろ、あたしに間違いはないだろ?」
手放しに絶賛すれば、ノーラさんはすっごく得意気な笑顔を見せる。うん、可愛い。
……あ、若干ゲルダさんの視線が怖い。でも、こればっかりは仕方ないと思うな!
目の前に置かれたのは、様々なハサミに似た道具。それから、緩やかなカーブを持つ針。
ハサミに似た道具は、鉗子と呼ばれるものだ。
ハサミと違って、切るのではなく、文字通り挟んで、摘まむことができる。
先端に鈎が付いてるもの付いてないもの……細かに大きさから形状から、色んな種類を作ってもらった。
それから、持針器。細いペンチみたいな形状の、手術用の針を保持するための器具。
針を人体の組織に刺しこむには、ある程度以上の力が必要。かつ、狭い場所にも入れられるような形状が必要となる。
それは、人間の指でやるには中々に難しい。
そもそも、手術用の手袋がないこの世界では直に指で持ったら、あっという間に指先から菌が入ってしまう。
ということで、針をしっかり固定しつつ、しっかりと滅菌消毒できる器具が必要になるんだ。
これら鉗子にも持針器にも、独特のストッパー機能が付いている。
握るだけで固定できて、もう一回握ったら解放することができるようになっているのだ。
後は、ピンセット。
ガーゼを摘まんだりとかで目にすることがあると思うんだけど、今回の目的は、針を扱うこと。
針をしっかり摘まむことができるよう先端に程よいギザギザを作ってもらっている。
縫合などの時は、針を組織に通した後、ピンセットで出てきた針先を摘まんで持針器を解放。
ピンセットを使って針を抜き出し、必要によって糸を引っ張り、まだ縫うならもう一度持針器で保持しなおす。
その作業を繰り返すことになるので、ピンセットは重要なのだ。
それらの器具が、注文通り、かつて目にしたものとほとんど変わらない形状で私の目の前にあった。
これで感動しない方が無理というものだろう。
「ふむ……流石ノーラ、実に精巧な出来だ。
しかし、これは何に使うんだ? 特にこの針らしきものは……」
あ、そっか、こないだ打ち合わせしてた時は、ゲルダさんは一回戻ってたんだよね。
配達関係のお仕事が、やっぱり忙しいみたい。
「えっとですね、これは……ああ、言うより実際にやってみましょう」
そう言うと私は、用意していた厚手のフェルト2枚と細い木綿糸を取り出した。
なお、この木綿糸はあくまで実験・練習用。
実際に使うとなると、植物性よりも動物性の方がまだいい。
それでも炎症なんかは起こるんだけど……。やっぱり、本人以外の蛋白質だとか組織だとかが入っちゃうと、異物と認識されるみたいだ。
動物性繊維の中でも、絹があればいいんだけど……残念ながら、この島でも前いた国でも、絹は多分ない。
全く見たことなかったし、話にも聞かなかったから。
カイコガはこの大陸近辺にはいないらしい……。
だから、動物の腸から作るカットグットと呼ばれるものを作ってもらおうかな、と思ってた。
だけど、ちょっと感染症とかのリスクがあるのがネックなんだよね。
なので、アラクネーの糸だったらどうかなっていうのが、今度実験しようとしてるわけ。
その前に、ちゃんと手術用の針を使えるように練習しないと、ということで、ノーラさんにお願いしてたのだ。
で、ゲルダさんの疑問に答える形で早速使って見せることにする。
「まず、糸をかけて、っと……」
おお、流石ノーラさん、期待通りの手ごたえとかかり方。
糸がかかったら持針器を持ち直して、っと。
フェルトの表面から、ちょっと潜った浅いところ……真皮はこのあたりかな?
そこに針を潜らせて、出てきた針の頭をピンセットで把持し、持針器を解放。
カチッと小気味良い音とともに、思った通りに外れてくれた。
で、針を引っ張って、全部出たら持針器で把持し直して、糸を引っ張る。
最初に針を入れた辺りで糸の端を鉗子で固定して抜けないようにしながら、一枚目のフェルトにもう一度針を入れて、抜き出し、持ち直し。
今度はもう一枚のフェルトに針を入れて、やっぱり抜き出し、持ち直し。
二、三回針を入れたら糸を引っ張ってフェルトを寄せて、それからまた針を入れて……を繰り返していく。
十分くらいそうしていただろうか、それなりの範囲を縫えたところで、私は大きく息を吐き出した。
「は~……と、まあ、こんな感じのことをするために作ってもらったんです。
でも、やっぱり久しぶりだとダメですね~……練習しなきゃ」
スピードはもちろん、丁寧さもまだまだ。
元々内科が専門だから学生時代以降ほぼやったことがない上に、転生してからの身体でやったことがないのだから、当然だ。
これを実際の治療として使おうとしたら……うん、毎日練習しても足りないくらいだろう。
反省している私を、ゲルダさんとノーラさんはまじまじと見てくる。
「あ、あれ、どうかしましたか? あ、下手過ぎて驚かれました?」
一応、こっちの身体もそれなりに器用なつもりなんだけどな~。
あ、クリスに覚えさせたら凄いかも知れない。……いや、それはそれで怖いな……。
とか思っていたら、ゲルダさんが呆れたようなため息を吐いた。
「なあ、アーシャ。つまりこうやって、皮膚を縫い合わせたりして傷を塞ごうということだな?」
「ええ。あ、血管を繋ぐこととかもやろうと思ってるんですけどね」
むしろそっちがメインだったりする。
治癒魔術のあるこの世界、しかも庶民にも使ってくれるこの島では、死ななければなんとかなる。
だとすれば、大きな血管を切ってしまって、私のとこに運ぶには間に合うけどお城に治癒術師を呼びに行くには微妙、という時に血管を繋ぐことができたら、助かる命は増えるはずだと思ったんだよね。
「そうそう、こないだドロテアさんとドミナス様にお願いして、針を刺しても痛くないように魔物の麻痺毒の調整をお願いしたりもしてまして」
薄く使ったら、部分麻酔に使えないかな~と思ったんだよね。
こちらは、調整してもらった後に実験予定。……これはまあ、私の身体でやってもギリ許されるだろう。
ちなみに、全身麻酔は怖くてまだ手が出せない。
っていうか、そんなのが必要になる状況は、治癒魔術にお願いするしかないと思う。
今外科手術やれって言われても、間違いなく無理だし。設備とか人員の関係で。何より私の技量が足りないっ!
「なるほど、それで最近色々妙な注文をしてたわけだ。
……そして、これでまだ、下手というわけか」
そう言いながら、ゲルダさんはしげしげと、私が縫い合わせたフェルトを見つめる。
久しぶりにしてはそれなりの合わさり方はしてるけど、歪みや段差があるし、正直まだまだ。
と素直にそう言ったら、ゲルダさんは微妙な顔をしていた。
「実際に使ってるとこ見たら、思ってたのと違ったとこもあって面白いねぇ。
んで、こいつを使ってアラクネーを口説こうってのかい?」
さすがノーラさん、良くわかってらっしゃる。
まあ、ここから口説けるレベルまで練習しないと、なんだけどさ。
「ええ、あちらの流儀に従って、ですね」
後は、私がどこまでやれるか、かな。クリスレベルは無理としても、やるな、と思わせるところまではがんばらないと。
道具ももっと使い慣れないと、なぁ……って、そういえば。
「そうだ、ノーラさん。今日はもう一つ聞きたいことがあったんですけど」
「うん? なんだい、何でも聞いとくれ!」
どん、と胸を叩くノーラさん。なんとも、頼もしい。
「こういう器具だと、錆とかが怖いんですが……錆びない金属とか合金とか、知りません?」
「錆びない金属とか合金? そうだねぇ……」
あっちの世界だと、もちろんステンレスっていう素晴らしい金属があったんだけどさ。
ステンレスは、鉄とクロム、ニッケルの合金。
なんだけど、流石に私も、クロムやニッケルの特徴は覚えてないし、どうやって精錬するかも同様だ。
となると、ノーラさんなら、と思ったんだけど……。
「う~ん……知ってるには知ってるけど……」
「おおっ、さすがノーラさん! それって」
「……アーシャ先生なら知ってるんじゃないかい?
ミスリル銀っていうんだけど」
「な、なんですと……」
ミスリル銀。ファンタジー物のゲームや小説、漫画でおなじみの、あれだ。
銀と似たような外見、性質を持つけど、その強度は段違い。
また、魔術的にも優れており、魔術道具の材料にも使われる。
ただし、希少ですっごく高価。
「……ノーラさん、持ってます?」
「あったらこんな顔してないと思わないかい?」
「ですよね~……仮にあったとしても、おいそれと使うわけには……」
残念だけど、錆びない金属はまたおいおい探すとしようか、と思ってた時だった。
「ミスリル銀なら、あるぞ?」
「「えっ」」
思わぬところからの言葉に、私とノーラさんは同時に驚きの声を上げてしまった。
ゲルダさんが、なんとも微妙な顔をしながら、ポリポリと頬を掻いている。
「え、あるんですか!?」
「ああ、あるにはある、が……正確には、私の所有物ではない」
「どなたかお知り合いの方の?」
「うん……」
なんだなんだ? 珍しくゲルダさんの歯切れが悪いな? と思っていたら。
しばらく考えた後、ゲルダさんが重い口を開く。
「親父殿が、所有しているんだ。それも、鉱脈ごと」
「……はい?」
ゲルダさんの親父殿。お父様。つまり……スカイドラゴンの、多分割と偉い人が。
それも、鉱脈ごとって……規模でかすぎでしょ!?
私もノーラさんも、驚きを隠すこともできず、ただゲルダさんを見つめるしかなかった。




