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二人の夜

 私達は、しばし言葉もなく、クリスとクラウディアさんが消えていった窓を見つめていた。

 だけど、不意に吹き込んできた夜風に気づいて窓へと歩み寄り、ぱたり、と閉じる。

 ……閉じちゃった。


 急に、部屋が静かになった気がする。クリスがいなくなったってのもあるんだけど。

 さっきまでは、ざわざわと風にゆれる木々の音とかしてたんだって、今更ながらに気付いた。

 それが一層、さっきまでと、今が違うことを否でも実感させてきてしかたがない。

 

 困る。

 正直、その雰囲気の変化が。こうしてキーラと二人きりになってしまった空間が。

 嫌じゃないことを自覚しちゃうから、困る。


 窓を閉めて、一つ、呼吸をして、くるりと、振り返る。


 ちょっと困ったような顔で床に座っているキーラが、そこにいた。

 お酒はまだまだ残っていて、顔は真っ赤。少しトロンと蕩けた目が可愛い。

 

 ……うん、キーラは、可愛い。それは、多分私が一番わかってる。

 一番可愛いところを見せようとしてくれているのもわかってる。

 わかっちゃってるんだよ、ね。


 ちょっとだけ、見つめあって。

 若干照れくさくて、すぐにお互い視線をそらしてしまう。

 と、床に置かれたままのワインのボトルが目に入った。


「まだちょっとワイン残ってるし、飲んじゃおうか」

「う、うん……」


 キーラが、こくんと頷いた。

 それから、目を伏せながら少し考えて。

 顔を俯かせながら、とんとん、と右手で自分の隣の床を、触れる程度の強さで叩いて示す。

 その意味するところがわかって、くす、と小さく笑ってしまった。


 私は小さく頷くと、キーラの隣に腰を下ろす。

 ちらりと横目で見れば、俯いたままのキーラの顔は真っ赤っかだ。

 でも、嬉しそうでもあり、何か堪えているかのようでもあり、そんな表情がまた可愛い。


「はい、キーラの分」

「あ、ありがと……」


 ワインをグラスに注いで差し出したら、やっとこっちを向いて受け取ってくれた。

 でも、その時にちょっと指が触れ合っただけで、ぴくんと指先を震わせたりなんかしちゃってさ。

 受け取ったらすぐに視線を逸らして、もじもじ、グラスを弄んでいる。

 何この可愛い生物。


 このままずっと鑑賞しててもいいんだけど、それもちょっともったいないかな、と思って、ちょん、と私は自分のグラスをキーラのグラスにくっつけた。


「ふふ、乾杯」

「えっ、か、乾杯……っ」


 私がグラスを傾けると、ちょっとびっくりした顔のまま、キーラもグラスに口を付ける。

 ほふ、とお互い同時に吐息を零すと、ほんのりと鼻をくすぐる香り。

 ワインだけじゃないそれは、キーラの吐息混じりだからだろうか。

 なんとも言えない、甘い香りがした。


「……なんだか、ふわふわして……夢の中にいるみたい」

「ん? どしたの急に」


 さて、何を話そうかなと考えていた矢先に、キーラが口を開いた。

 その言葉の意味するところを、考えようとする、と……ん~、ちょっと酔ったかな、上手く頭が回ってくれない。


「凄く……幸せだなぁって。

 今日、とっても楽しかった。

 この島に来てから、いつも笑ってる気がするけど……今日は、特に」

「そだねぇ……私はちょっと、喉が疲れたけど。クリスのせいで」

「ふふ、そう、だね……」


 なんだか、ずっとクリスに突っ込みを入れてた気がする。

 そしてクリスは、わざとそうしていたようにも思う。

 それを見てキーラは、ずっと笑ってたような気がする。


 ……どこまでがクリスの計算なのかなぁ。あの子、ああ見えて底が知れない。

 それは、今日良くわかった。


 などと私が今日を振り返っていると、キーラが伺うようにこちらを見て。


「……でも、楽しかった、よね?」

「……うん、それは、もちろん」


 ふわり、花が綻ぶようなキーラの微笑みに、私はどきっとしてしまう。

 この至近距離で、この表情は反則だと思うな。

 でも、キーラだったら許される、とも思っちゃう。ずるい。


 それが顔に出ちゃったんだろうか、私の顔を見ていたキーラはクスクスと笑い続けて。

 満足するまで笑って涙でも出たのか、グラスを置いて右手で目元を拭った。


「だから、ね。

 夢みたいだな、って思っちゃった。

 私のことを気遣ってくれるクリスがいて、アーシャがいて……楽しすぎて、幸せで。

 こんなに幸せでいいのかな、って思っちゃった」


 一瞬だけ、キーラの表情が陰った気がした。

 考える間でもなく、キーラはこの島に来るまで決して幸せではなかっただろう。

 使い道のわからない能力を抱え、求められる能力は不十分。

 魔術師として大きな期待を抱かせる魔力もあって、きっと「期待外れ」扱いをされたんじゃないだろうか。

 もっと心無い言葉を投げかけられたりもあったのかも知れない。

 だから、キーラの心の奥には、まだまだ傷が残ってるんだと思う。

 きっとそれはを癒すには時間が必要で、他にも必要なものがあって。


「いいんだよ、幸せで」


 私は、そう言い切る。

 それから、キーラへと微笑みかけた。

 できるだけ優しく柔らかく、のつもりだったけど、できただろうか。


 ちょっと驚いたような顔をしたキーラの顔が、またちょっと赤くなった。

 思わずくすっと笑ってしまいながら、私は左手をキーラの右手に重ね、そっと握る。


「ほら、ね。夢じゃない。

 私がこうしてここにいるのは、夢じゃない、でしょ?」

「う、うんっ……夢じゃない、よね……」


 そう言いながら、キーラは私の手をそっと握り返してきた。

 ぎゅっと、でないあたりが、とてもキーラらしい。

 ああもう、そんなことされたら、ちょっとサービスしたくなっちゃうじゃないか。


 一瞬だけ手を緩めて、キーラの指と指の間に、私の指を滑り込ませていく。

 いわゆる恋人繋ぎというやつだ。……自分で言ってて恥ずかしくなってきたけど。

 されたキーラはもっと恥ずかしかったみたい。

 気づいて、顔がさらに真っ赤になってしまう。


「あ、アーシャ、その、これ……」

「ん~? キーラは、いや?」

「い、いやじゃ、ないっ」


 ちょっとだけためらったけど、すぐにそう言ってくれた。

 うんうん、素直なのはいいことだ。


 なんて思ってたら、キーラはもぞもぞと私の方に寄ってきて、肩をくっつけてもたれかかるように体を預けてくる。

 こてん、と頭をこちらに倒してくると、ふわりと良い匂いがした。

 ……やっぱりさっきのは、キーラの香りだったのかなぁ。


 私達は、しばらくそうやってくっついたまま、黙ってお互いの体温を感じていた。

 触れ合う肩と腕から伝わってくる、熱。

 お酒のせいかな、それ以外のせいかな、触れてるキーラの腕はすっごく熱い。

 大分夜も暖かくなってきたというのに、その熱さが不快じゃないのはキーラだからだろうか。

 むしろ、心地良いくらい。


 ……そうなってくると、触れあってないところが、ちょっと寂しくもなってくるあたり……人間って欲張りだ。

 でもなぁ、これ以上は、なぁ……。


「……アーシャ、どうか、した……?」


 ちょっとだけ私より背の低いキーラが、下から上目遣いで伺うように見上げてきた。

 ちょっとだけ、何か物欲しそうにしているように見えたのは気のせいだろうか。


 気のせいかも知れない。そうでないかも知れない。

 私は、そうでないかも知れない、に乗ってしまった。


「きゃっ」


 と、キーラが小さく悲鳴のような可愛い声を上げる。

 私は、キーラの左肩に右手を伸ばして、そのまま抱き込んでいた。

 華奢な身体がすっぽりと私の腕の中に収まり、柔らかな熱を上半身全体に感じさせてくれる。

 

 ……凄く、満たされた気分。

 キーラもなのだろうか、最初こそ驚いて身体を硬くしていたけれど、程なくして身を委ねてくれた。

 こうして抱きしめていると、ほんとキーラは華奢で折れそうなくらい。

 でも、凄く、柔らかくて、いつまでも抱きしめていたくなる。


 ほんと、飽きることなく、いつまでもこうしていたい、のだけど。

 ちょっと、体勢に無理があったみたい。

 キーラの体重を受け止めてるうちに、ちょっと腰に疲れがきたのか、ずるずると体勢が崩れ出した。

 そのまま、押し倒されるように床へと倒れ込んでしまう。……キーラを抱え込んだまま。


「ご、ごめん、アーシャ、重いよね……?」

「あ、ううん、大丈夫大丈夫」


 私に圧し掛かった体勢のキーラが、申し訳なさそうに言ってくるけど、私は笑って返した。

 実際、こうして受け止めているキーラの身体は、ふわふわに軽く感じる。

 しかし、キーラはまだ申し訳なさそうで。


「でも、床だと、痛くない……?」


 それも平気なんだけどなぁ。そう返そうと思ったんだけど、なぁ。

 なんとなく、キーラの声に、言葉以外のものを感じた。

 私の胸に顔を埋めているので、その表情は良く見えない。

 けど、もしかしたら。


「そだね、ちょっと、痛い、かなぁ」


 だから。


「だから……ベッド、行こっか」


 私の言葉に、キーラはびくっと体を硬くして。

 一分程、考えて考えて。

 こくん、と小さく頷いた。


 そんな反応もキーラらしいなって、小さく笑ってしまう。


「もう……」


 とか拗ねたようなこと言われたのは、気付かれちゃったのかな?


「ごめんごめん」


 謝りながら私は身体を起こし、キーラの手を引く。

 一瞬だけ、緊張したかのように動きを止めたけど、引かれるままにキーラはついてきた。


 夏用の薄い布団をめくって、私が先にベッドに寝転がり、仰向けになる。

 さすがに、キーラはかなり恥ずかしがってたけど……繋いだままの手を引っ張ると、決心したような顔でベッドに上がってきた。

 そうだよねぇ、キーラの性格からしたら、かなり思い切ったこと、してるよね。

 だから私は、両手を広げてキーラを迎え入れた。安心して飛び込めるように。


「さ、おいでおいで」

「もう、なにそれ、私、犬じゃないよ?」


 拗ねたような顔になるのも、そんなこと言いながら私の腕の中に納まるのも可愛い。

 ぎゅ、と抱きしめてあげたら、安心したようなため息を零した。

 私も、なんていうか……満たされたような感覚を覚える。


 さっきみたいにくっついてるのもいいけど、こうしてしっかり身体を重ねると、満足感が全然違う。

 体中の暖かさと柔らかさを私一人で独占している。

 それが、何とも言えない満足感になり、もっとこうしていたい。


「キーラは、あったかいね」

「アーシャも、あったかい、よ……」


 そんな、わかりきったことをお互いに伝え合う。

 わかりきってるけど、わかりきってない。

 多分私達は、自分の本当の暖かさを、自分ではわからない。

 だからこうして、お互いに抱き合うのだろうか、なんてそんなことを考えてしまう。


 大きく息を吸うと、肺の中が暖かいもので満たされた。

 キーラの香りが詰まった、暖かい空気。

 ……ちょっと、クラっときちゃったのは……なんでだろう。

 ワインじゃない何かに酔いそうになっていることだけは、わかった。


「……アーシャは、いつも私の欲しいものをくれる、ね」

「そっかな? 私、そんなに何かあげたっけ」

「うん、いつも、くれる、の……欲しい言葉も」


 ぎゅ、とキーラがしがみついてくる。

 私は、ぎゅっと抱きしめ返す。


「……ぬくもりも……」

「キーラ?」


 どこか夢現な声。大きく深くなっていく呼吸。

 キーラの身体から、力が抜けていく。

 まあ、時間も時間だし、お酒も大分飲んじゃったもんね。仕方ないか。


「おやすみ、キーラ」

「ん……おやすみ、アーシャ……」


 キーラが、小さく返事をしてくれた。

 そのまま、キーラは規則的な寝息を立て始める。


 その寝息は、小さくて、あったかくて、くすぐったい。

 胸の奥を、くすぐってくるものがある。


「欲しいものをくれる、か……」


 じゃあ、これも欲しいものだったりするのかな?

 そんなことを思いながら、キーラの額にちゅ、と唇を落とした。


「おやすみ、キーラ……」


 そう言って、私も目を閉じる。

 キーラの暖かさと柔らかさが一層強く感じられて、それは、なんとも言えない心地良さ。

 満たされたものを感じながら私は、すぐに眠りへと落ちて行った。

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