女三人集まれば
「そんでね、そんでね?」
「ほっほ~……随分とまた、お可愛らしいことで……」
その後も、クリスの惚気話は続いた。
普段だったら「煩いもう黙れ」と頭を叩くところだけど、お酒の勢いか私もノリノリで聞いてしまう。
べ、べつにクリスのしゃべりが上手いからとかそんなことないんだからねっ!
とか意味不明なツンデレを内心で入れてみたりしてた時だった。
コンコン、とドアがノックされる。
「うん? キーラ? 開いてるよ~」
「あ、うん。……やっぱりクリスもいたんだ」
私が返事すると、かちゃりと控えめな音を立ててドアが開いた。
と、一連のやり取りを見ていたクリスが、私とキーラを幾度か見やり。
「いや、なんで今、キーラってわかったの!?」
と、ちょっと大げさな身振りで驚いて見せた。
あ、驚いたのは本当っぽいぞ?
言われてみれば、驚くのも無理はないか。
私達は今、二階の私の寝室で飲んでたのだ、誰が来たかなんて本来わかるわけがない。
でもまあ、種明かしすればそう難しいことでもなく。
「簡単なことだよ、クリスくん」
「え、何そのキャラづくり。唐突過ぎて引くんだけど」
「うわっ、容赦ないな、その言い草!」
謝れ! ホームズ先生に、ドイル先生に謝れ!
いや、クリスが知ってるわけないから、謝らせる筋合いもないんだけどさ。
「まあ、いいや。種を明かせば簡単でね。
単にここの合い鍵持ってるの、魔王様とキーラだけなのよ。
んで、この時間に魔王様がここに来るわけないし」
早上がりしたクリスと飲み始めたのは実は夕方前。
大分盛り上がって、すでに日は沈みかけている。
こんな時間にここに来れる合い鍵を持った人物は一人しかいない、ってわけだ。
いやまあ、もう一人マスターキー持ちがいるけど、あの人は多分、こういう空気のとこに来ない。
「なるほど、てっきり愛のパワーとかそんなのかと思ったよ」
「残念ながら、私にそんな妙なパワーはない!」
「えっ、慈愛の女神アーシャなのに!?」
「いつから慈愛の女神にされたんだぁぁぁぁぁ!!」
まってやめて、ほんとやめて。私に慈愛だとか、そんなの似合わないから!
ほら、ドアのとこで立ち尽くしてたキーラもくすくす笑ってるじゃないか。
って、ああいけない。
「ごめんキーラ、クリスがあほなこと言い出すから、立ちっぱにさせちゃった。
どーぞどーぞ座って?」
「ちょっと、やっぱりあたしの扱い酷いよね!?」
と、抗議して来るクリスを無視しながらクッションを出して勧める。
実は、この国ではヨーロッパ的な、土足で部屋に上がり込む文化じゃなかったりするんだ。
温暖な気候だから、靴履きっぱなしだと蒸れちゃうのかな? と思わなくもない。
割かしサンダル履きの人も多いしね。
ということで、私とクリスは床に座って飲んだり食べたり駄弁ったりしてたんだ。
そこに、キーラもちょっとはにかみながら参入してくる。
「ふふ、楽しそう。
エルマさんのお店に行ったら、クリスからの伝言でここに来るよう言われたんだけど……二人で楽しくしてたみたいだね」
そう言いながら、キーラは床に散らばる、食べ終わった器とか飲み終わったワインの瓶とかを楽しそうに眺めていた。
「ちょっとクリス、伝言なんていつのまにしてたのよ」
「ん? アーシャが目を離してた隙に?
ほら、アーシャとこんだけゆっくり飲むのも多分初めてじゃない?
だったらキーラも呼んで、同じ船で来た同士三人で、ってさ」
なるほど、その気持ちはわからなくもない。
なんせ、同じ船で来た子達はみんなそれぞれにそれぞれの場所で働いている。
キーラは、縁あってこうして色々一緒に働いてるけどさ。
クリスだって今日までゆっくり話す機会もなかったわけだしさ。
もちろん他の子達だって街であったら話すよ?
でもさぁ、最近は……。
「あっ、女神アーシャ様っ」
とかからかわれることが多くってさぁ……いや、それはクリスも一緒か。
ともあれ、ゆっくり話す機会はあんまりないから、こういう場は貴重ではある。
「クリスにしては気が利くじゃない」
「あたしにしてはって酷いな!? クリスちゃん気の利く良い子よ?」
「どっちかってーといらんことばっかり言ってる気がするなぁ」
「やっぱり酷いよ!?」
なんて掛け合い漫才みたいなことしてたら、クッションに腰かけたキーラもくすくすと笑ってる。
うん、こういう空気もきっといいのだろう。
「ま、クリスの立場はこの際置いといて。キーラも来たことだし、飲み直しましょうか」
そう言うと私は立ち上がり、キーラの分のグラスを取りにいく。
ついでに、つまみになりそうなものも台所から持ってきて、と。
エルマさんのお店で買ってきたものはそれなりの量だったんだけど、キーラのおなかを膨らませるにはどうだろう? という量しか残ってなかった。
ちょっと調子に乗って食べ過ぎたかなぁ……。
ともあれ、キーラにひもじい思いをさせるのもなんなので、こうして用意したわけだ。
部屋に戻ってキーラにグラスを渡し、座り直して。
「そんじゃ、改めて乾杯しよっか」
私がそう言ってグラスを手に取ると、二人も頷いてグラスを手にする。
「では……こうして縁があった私達三人が、無事に過ごしていけますように!
乾杯!!」
「「乾杯!」」
二人が唱和し、それぞれにグラスを合わせてから、ぐい、と煽った。
……うん?
「ちょ、ちょっとキーラ、そんな飲み方して大丈夫!?」
「え、大丈夫、大丈夫……心配し過ぎ」
そういや、キーラはそこまで強くないんだよ。一応大丈夫そう、ではある、けど。
でも、後から来るケースもあるしなぁ……。
「へいへい、クリスちゃんの心配はしないのかい?」
「クリスを心配……? 私の中にそんな行動は定義されてないな……」
「ひっど! 可愛くてか弱いクリスちゃんになんてことを!」
「どう考えても、たくましくて図太いだよね!?」
そんな私達の掛け合いを、キーラがくすくす笑いながら見ている。
……段々顔が赤くなってきてる気がするけど、今のところは大丈夫そうだ。
それに安心した私は、三人でのぶっちゃけトークを楽しんでいく。
「え、ちょっと待って、そんなことまでしてんの……?」
「いやだってほら、アラクネーって元々外に住んでたわけじゃん?
だからそーゆーことも外でするのに抵抗ないらしくってさ。
本能が刺激されるのか、いつもより反応がね、こう……」
いや、いきなり飛ばしすぎだろ、クリス。ついてく私も私だけど。
お酒のせいなのか会話のせいなのか、キーラはもう真っ赤っかだ。
私の顔も赤くなってる自覚はあるんだけどさ。
「なんだか、クリスが大人に見える……」
「いやキーラ、それは気のせい、むしろ気の迷いだから」
「んふふ~、そだよ~、こう見えて、お・と・な・の女なんだからさっ」
「クリスは調子に乗んな」
「ひどっ」
……ああもう、楽しいなぁ。
もちろん、普段の日々も楽しいんだけど、さ。
こうして気兼ねなくワイワイやれるっていうのは、またちょっと違った楽しさがあるなぁって、思う。
「でね、アーシャが言ってくれたの、最高だって」
「ほっほ~、さすが女神様、言うことが違いますなぁ」
「だから、女神様言うな!」
次から次へと、話題が尽きない。
もう、一年分くらい笑ったんじゃないか、ってくらいに笑って、笑って。
は~、と誰かが大きく息を吐き出した時だった。
不意に、クリスが左手首を見た。
「おっとぉ、話は尽きないけど、どうやらクラウが迎えに来ちゃったみたい」
「へ? ……うん? それ、もしかしてクラウディアさんの糸?」
「そそ、クラウが近くに居る時だと、震わせたりできるんだってさ。
だから、こういう時の連絡用にも使えるのさぁ」
……ほほう?
それはそれは、研究したら色々使えそうだぞ?
でも、それはまた今度にしよう。
じゃあ、そろそろお見送りを……。
「うわぁぁ!?」
窓の向こうに、美女がいた。逆さで。
夜の闇に溶け込みそうな漆黒の髪は、さらさらのストレート。
物静かそうな雰囲気の落ち着いた表情、切れ長の目。
整った顔立ちだけに、それが逆さに浮かんでると、一層インパクトがでかいよ!!
それに気づいたキーラも固まってる。平気なのはクリスだけだ。
……あ、ってことは?
「んもう、クラウってば、ここまで迎えに来なくて大丈夫だってば」
「だって、クリスが遅いから。私、心配で心配で」
クリスが窓を開けて話しかけると、いきなり二人の世界を作り出した。
かしゃかしゃ、と耳慣れない音を立てながら、クラウディアさんらしき人? の身体がぐるり180度回転する。
うん、中々凄いものを見てるなぁ、という感じだね!
よくよく見たら、窓の向こうに巨大な蜘蛛の下半身が見えた。
さすがにこのサイズだと、中々の威圧感を感じるなぁ……。
「そんな、心配することないって、友達の家なんだよ?」
「だって、たらしのアーシャでしょ?
誰でもすぐにぱくっと丸呑みだって人から聞いて」
まって、何だその二つ名は! いや、もうわからなくもないんだけど、でもできれば目の前で言うのはご遠慮願いたかった!
っていうか、クリスにどうこうしようと思うわけがないじゃない!
恋人のクラウディアさんの前で言ったら、怒らせそうだから言わないけど!
と思ってたら。
「大丈夫、私がそんなことさせない」
そう言いながら、キーラが私の腕にしがみついてきた。
多分、私が引き留めます、アピールなんだろうけども。
酔ってるせいか、むしろ私に縋りついてます感があって、とても、こう、可愛い。
「……なるほど、あなたが、キーラ。納得した。
ごめんなさい、いきなり現れて自己紹介もしないで。
私はクラウディア。クリスを捕食し、クリスに捕食された女」
表現! 表現の仕方ぁ!! しかもきりっとした真顔で言わないで!
多分アラクネーの人達からしたら、こう、「妻でございます」的な言い方なんだろうけども!
「ほらクラウ、びっくりされてんじゃん。
ラブラブステディでいいって言ってるでしょ?」
「そっちはそっちで聞きたくない紹介だなぁ!」
不用意に言われたら、間違いなくクリスを殴ってる。
そんなことしたら、クラウディアさんに何されるかわかったものじゃない、正直。
「ラブラブ……それは、その……恥ずかしい……」
「それは恥ずかしいんですね!?」
食った食われたを赤裸々に表明しておきながら!?
と思ったけど、それは自重しておいた。お下品だし。
「そんじゃ、お互い挨拶もしたし、そろそろお暇しますか~」
「あ、うん。いや、別に泊っていっても良かったのに」
三人で飲みだしてから、結構な時間が経っていた。もう、深夜と言っていいくらい。
だけど、クリスは首を振り、それからニンマリとした笑みを浮かべて。
「いやいや、お邪魔しちゃ悪いでしょ」
「なっ、ちょっ、変な気を回すな!」
「あっはは~、だってさ、ゲルダさん達にはお世話になってるし、もちろんあの人たちも好きなんだけどさ。
やっぱり、こう……同じ船に乗った仲だし、キーラを贔屓したくなるじゃん?」
なん、だと……まさか、クリス!
「ちょっとクリス、あんたまさか!」
「ふふふふ~できる女クリスは颯爽と消えるのさ~!」
そう言いながらクリスが窓から身を乗り出せば、クラウディアさんがその両腕と脚を使って器用にクリスを抱き留め、背中に乗せる。
「では、また今度ゆっくりと。失礼」
律儀に挨拶を残して。
するする……と空中を滑るように離れて行った。
暗くて見えないけど、多分糸を伝って行ってるのかな?
その様子を、私とキーラは茫然と眺め。
やがて二人の姿が完全に夜の闇の向こうに消えた後。
キーラが、ぽつりとつぶやいた。
「……二人きりに、なっちゃったね」
「う、うん」
俯いたキーラの表情は、見えない。
そして、私はキーラの顔をまともに見ることができなかった。




