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クリスの事情と近況

「いやしかし、ほんっとどういうことよ、これ」

「ん~……正直、説明を求められても困るんだよね~できるからできちゃうとしか」

「くっ、まるで天才のような物言いっ」

「いや~、それほどでも~」


 私の嫉妬交じりの言葉に、素直にテレテレと照れるクリス。

 でも実際、ほんとに天才だとかそういう類なんだろうな、とも思う。

 指の動きの凄まじさはもちろんのこと、これだけの模様を何も見ずに作るだなんて、よほどのイメージ力だとかそういうものが必要なはずだ。

 それは、非凡という言葉では足りないくらいだと思う。


 でも、そう考えたら……。


「……ねえ、クリス。言いたくなかったら言わないでいいんだけど、こんな凄いの作れるのに、なんでこの島に送られたの?」

「あ~……そこ気にしちゃうかぁ。

 ……話すのはいいんだけど……怒んない? 怒んないでね?」

「え。何、怒られそうな内容なの?」


 何かやらかしてしまったんだろうか? と小首を傾げてしまう。

 クリスって、遠慮なしに見えてちゃんと空気を読んで立ち回れる子だと思うんだよね。

 その彼女がやらかしだなんて、考えにくいんだけど……。


「や、怒られそうっていうか……でも怒りそうっていうか」

「わかったわかった、怒んないからさ」


 こんなに歯切れの悪いクリスは珍しい。

 もう少し観察していたい気もしないでもないけど、話も進まないし、ね。


 私が怒らないと言ったのを、まだ若干疑ってるのか、伺うような目つきのままクリスは口を開いた。


「んとね。とある貴族のお嬢様から依頼を受けたんだよ。

 嫁入り道具として、レース編みを作ってくれって」

「ほうほう。……いや、ちょっとまった。

 まさかさっきの怒らないでって、クリスに対してじゃなかったとかそういう話……?」

「あ、あははははは……やだなぁアーシャってば、鋭すぎぃ」


 明るく茶化そうとしてるけど、冷や汗が見えてるぞ?

 いや、私の想像通りなら、クリスが冷や汗かく必要はないよ? うん、ないよ?


「クリス、心配しないで。多分、話聞いても、あなたには怒らないから」

「大体把握してるじゃん、その言い方! 

 っていうか、なんか今の方が怖いよ!?」

「え~、そっかなぁ? 私、怒ってないよ~?」


 クリスには。その言葉を飲みこんで、努めて冷静に、穏やかに話す。

 話してるのに、クリスってばなんでそんなに怯えてるのさぁ……。


「何、その貴族のお嬢様が、クリスが編んだレース編みを自分が編んだとか言った挙句に、編んでみようとしたら全然だめで大恥かいたから、その腹いせで、とかそういう感じ?」

「完璧な正解すぎて怖いよ!?」

「いや~、よくある話だからさ~。

 そっかそっか~……。んふふふふふ」

「怖いっ、怖いからやめて! アーシャ落ち着いて!」


 あ、いかんいかん、クリスを怖がらせてどうする。

 この怒りはいつかその本人にぶつけよう。きっと何某か手段はあるはずだ……ふふふふ……。

 ともあれ。すぅ、はぁ、と深呼吸して、私は落ち着きを取り戻した。


「ふぅ……ごめんごめん、ちょっと取り乱しちゃった」

「も~……だから言ったじゃん、怒んないでねって。

 アーシャ、自分の事だと怒らないくせに、他人事だと怒ると思ってたんだよね」

「え、いや、私そんなことは……」


 ……あれ? 私が最近怒ったのって、今のクリスの話と、こないだ送られてきた子達の待遇に、だな……。

 私のことで怒ったこと……怒ったこと……あれ?


「……ほんっと、つくづく天然たらしだよねぇ、アーシャって。

 人の事にばっか一生懸命になってさぁ」

「い、いやいや、天然たらしとか違うって! それに、自分の事にも一生懸命だって!」

「ほ~。アーシャが一生懸命にやってるのって、薬作ったり石鹸作ったりお風呂作ったり、大体誰かのためになることばっかりな気がするんだけど」

「い、いや、美味しいご飯食べるのにも一生懸命だったって!」

「必死に考えてそれかい!」


 私の返答に、クリスは笑いながらツッコミを入れてきた。

 う~……我ながら、流石にこの返答はどうかとは思ったわよ。

 そんな私を楽し気に見ていたクリスは、ぽつり、と小さく呟く。


「ま、確かに色々あったけど……こうしてアーシャと会えたのは良かった、かな」

「は? なっ、ちょっ、クリス、人の事言えないと思うな!?」


 恥ずかしい台詞禁止! って思わず言いたくなっちゃったよ!?

 人の事たらしだなんだ言いながら、自分だって大概じゃん!


「あはは~、クリスちゃんに惚れるなよ~? あたしはクラウディアのものだしさ!」

「うん、それはわかってるから、ちょっとドキッとしかけたのを気のせいだ相手はクリスだって自分に言い聞かせて凌いだ」

「割かし酷いこと言われてるな!?」


 いやほんと、クリスがフリーだったらちょっと危なかったかもしれない。

 ちくせう、クリスのくせに。


「まあまあ、帰ったらクラウディアさんによしよししてもらいなさいって。

 あ、それともクリスがよしよしする方?」

「おっとぉ、ここでそういう話する? しちゃう?

 しちゃうにはちょ~っと酔いが足りないんじゃないかな~」


 とか言いながら、クリスは自分のグラスと私のグラスにどばどばとワインをつぎ足した。


「ちょっとちょっと、もうちょっと丁寧についでよね、も~。

 まあ、飲むけどさぁ」

「ごめんごめん、こぼしてないから勘弁してよ~」


 なんて言い合いながら私達はグラスを手にして、それぞれにぐいっと……半分くらい、開けてしまう。

 割かし飲んでるところに追加でこれは、うん、結構きくなぁ……。


「んで、実際のとこ、どうなのよ?」

「ん~……そう、だねぇ。

 アーシャは知ってると思うけど、蜘蛛って肉食じゃん?」

「ほほう? つまり、肉食系だと?」


 クリスの問いかけというか確認に、問いかけで返す。

 でも実際、下半身が相当に巨大になってるアラクネーとのそーゆーことの時、人間はどうしても受け身になっちゃうんじゃないかな~って思うんだけど。


「あはは~最初はそうだったんだけどさぁ。

 これがねぇ、逆転しちゃうとそのギャップがまた可愛くってさぁ」

「なんですと!? ど、どうやって!?」


 私の問いかけに、クリスはにんまり笑って……意味ありげに、指を動かした。

 先程、神業とすら言えるレース編みを披露した、その指を。

 私はしばし、その指使いを凝視して。


「ま、まさか、その指で……?」

「ふふふふ……下から攻めてはいけない、なんて誰が決めたかな……?」


 まさかの下剋上、だと……?

 畏怖にも近い面持ちで凝視する私に、クリスはニマニマとした笑みを返してくる。

 こやつ、こんな本性を隠しておったかっ!


「最初はクラウディアから来ることが多いんだけどさ、押し倒されてあげといて、下からこちょこちょしてあげてね?

 段々耐えられなくなって、いつの間にかコロンって仰向けになって脚を全部開くポーズ取っちゃうんだよねぇ。

 んで、もうちょっとこちょこちょしてあげたら最後には両腕と六本脚全部使ってぎゅって抱きしめてくるのよ。

 その瞬間が、もう、幸せでねぇ……」

「は~……って、生々しいわ! すっごく参考になったけど!!」


 いや、なんの参考にするつもりだ私。

 落ち着け。いや、落ち着くのももったいない気がするな……?


「よ~し、何か調子出てきたし、もうちょっとしゃべっちゃおっかな~!」

「お~、さすがクリス、待ってました!」


 ごめんなさいクラウディアさん。

 まだ顔を見たこともない彼女へと向かって謝罪しながら。

 私達はグイっとグラスを空け、また注いで……テンションを上げていったのだった……。

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