女神様がみないようにしてる
「8番の糸なくなりそう! 在庫持ってきて!!」
「こっち、布巻取り終わり、回収!」
機織り機の前に集う乙女たちが、今日も修羅のような形相で駆け抜けていく。
その横を、私はスカートの裾を翻さないよう、流れる髪を乱さないよう歩いていた。
「ああっアーシャ様っ!」
「ふふ、ごきげんよう。今日も元気そうで何よりですね」
「ええっ、アーシャ様のおかげです!」
そんな言葉に、私は汚れを知らないような笑顔で答える。
途端、感極まったような表情になるのはどうかやめていただきたい。
などと正直に言うわけにもいかず、むしろ軽く手を振ってなぞ見せれば……あ、なんか腰砕けになっちゃった。
まって、ほんとにどんだけなの!?
と言いたい気持ちを、月〇先生に監視されているつもりで、私は顔に出さない。
私は女優。女神様を演じる女優。
そうやって笑顔を振りまく私に向けられる視線は二種類。
こないだ来た子達が向けてくる、すっかり心酔しきったような熱意のあるものと。
前からいる人達が向けてくる、同情の色が濃いものと、だった。
うう、まだ同情してもらえるだけありがたいっ!
などという泣き言を言えるわけなどありもせず。
更に困ったことに、こないだ来た子達は結構な割合でこの地区に配属されていた。
彼女たちの前で、女神をやめるわけにもいかないしさぁ……。
そうこうしているうちに、目的のステラさんのいる事務所に辿り着く。
「こんにちは、ステラさん。ごきげんよう」
「ああ、アーシャ先生……なんていうか、大変ですねぇ……」
あのステラさんが、心底同情したような顔で言ってくる。
事務所に入ってステラさんと顔見知りの子達だけになったことを何度も何度も確認した後。
私は大きく息を吐き出した。
「あ、あははは……いや、まあ、仕方ないんです、うん。大体私のせいですし」
「はあ……まあ、私から今更言うこともないですけども。
で、アーシャ先生、今日はどういったご用件で?」
「あ、はい、今日は例のガーゼとマスクの状況をですね」
うん、こうやって変に気遣いすぎずに用件に入ってくれるのが、正直今は有難い。
ステラさんなりに気を使ってくれてるんだろうか。そんな気がする。
「ああ、あれですね。ガーゼはこっちにサンプルが。
マスクはこちらに。正直、マスクはもう実用に使えそうですよ。
あれを使わせてる子達が明らかに体調がいいですからねぇ」
「あ、そうなんですね、良かった、道理で顔色良い子が多いと思いました!」
思わず私は、声を上げてしまう。いけないいけない、今の私は女神女神……いや、今はいいんだった。
実は、つい先日マスクの試作とテストをお願いしてたんだ。
それを、ここの機織り工場とか製紙工場とかの子達を中心に使ってもらって、検証している最中。
こういうとこって、糸くずとか繊維片とかかなり飛んでるはずなんだよね。
で、それは吸いこんじゃうと肺だとか呼吸器系の疾患に繋がる恐れが大きい。
なので、それを防ぐために。そして、来る冬に備えてというのもあって、マスクを今から試作してもらってたんだ。
それが上手くいってるみたいで良かった良かった。
と思ってたんだけど。
なんだかステラさんは、何か言いたげな顔で私を見ている。
「あ、あれ、どうかしました? あ、何か課題でも見つかりました?」
「いえね、特に今のところは大きな問題はないんですけどね。
上手くいってる、って話をして、喜ぶのがあの子達の体調のことなんですねぇ」
「え、あ、はい。そのためにお願いしてましたし」
ステラさんの言葉に、私は小首を傾げる。
中長期的にはもちろん島全体の健康のために、だけど、短期的にはここの人達のためだからね。
それが上手くいってるわけだから、喜んで当たり前だと思うのだけど……。
私の表情をまじまじと観察してたステラさんが、ため息を吐いた。
「それなりの数の人間がね、自分の手柄が増えたって喜ぶもんなんですよ。
あるいは、上手くいったからと私らに恩を着せるとかね。
先生はどっちもないどころか、本当に心からあの子達の健康を喜んでる。
少なくとも、私の眼にはそう見える。
私の目を欺けてるってなら大したものだし、ほんとにそう思ってるなら尚更ってもんです」
そう言いながら、ステラさんが笑った。とっても綺麗な笑顔で。
普段も、いい年齢の重ね方をされてて綺麗なんだけど、もっとこう……素直に笑えていた時の笑顔っていうか。
そんな澄んだ笑顔を向けられて、私は思わず言葉を失ってしまう。
ステラさんは、しばし私を見つめて……不意に、吹き出した。
「ふ、ふふ……何をそんな、鳩が豆鉄砲食らったような顔してるんですか。
やめてくださいな、そんな顔されたら……私まで、あの子らみたいにアーシャ様を崇めたくなっちゃうじゃないですか」
「はい!? や、やめてください、ステラさんにまでそんなことされたら、私もう、どうしたらいいか!?」
正直なところ、この島のボス的存在として、魔王様を除けばステラさんは最たるものだ。
経験、風格、どれをとっても申し分ない。ノーラさんはさすがにまだ、若さが見えるしね。
あ~……エルフの人たちはどうなんだろう。まだ会ったことないからわかんないけど。
話を戻そう。そんなステラさんにまで崇められた日には、私はもう本気で人間でいられなくなる。
少なくとも、キーラやゲルダさん達の前以外では素が出せなくなるのは間違いない。
それはさすがに、いくら私でもご遠慮願いたい!!
必死な私に、ステラさんは笑いっぱなしだ。
「ふふ、は~……まさかこの歳にもなって、こんなに面白いことがあるとは思いませんでしたよ」
「あ、あはは……そう思っていただけるのは、光栄、です……?」
少なくとも、ステラさんにそう評価してもらえるのは、きっといいことだ。
きっと、魔王様並みに人を見る目がある人だと思うから。
だから人を使うのも上手いし、これだけの規模で製糸織物関係を回せているのだろうし。
「さて、これだけ笑わせてもらったんです、何かしたいことがあるならご相談に乗りますよ?」
……うん、やっぱりね、こういうとこが魔王様並みだっての。
ほんと、なんでわかっちゃうのかなぁ。
ともあれ、聞きたいことがあるのは事実なので、お言葉に甘えることにした。
「ありがとうございます。実は、今度やりたいことに、アラクネーさん達の協力を仰げたらと思ってまして。
紹介はノーラさんがしてくださることになっているんですけど、交渉するにあたって、他からも情報を集めたいなって」
うん、例の縫合糸、手術用の糸にアラクネーさんの糸が使えないかっていう話でね、今度会うことになったんだ。
大体の性格だとかはもちろんノーラさんから聞いているのだけど、他の情報も欲しいなって。
どうにも、ノーラさんからの情報だと、職人的というか、技術的な部分が多くて……。
まあ、職人的な話だけで琴線に触れることができるなら、それに越したことはないのだけど。
で、糸を扱う関係上、ここならなにがしか交流があって情報があるんじゃないかなって思ったんだ。
実際にアラクネーの糸を使ったりはしてないみたいだけど、もしかしたら研究中かも知れないし。
などと考えていた私を、ステラさんはしばし驚いたような顔で見つめて。
それから、なぜか、吹き出した。
「あ、あれ、何か変なこと言っちゃいました?」
「いえ、そんなことはないんですけど、ねぇ……奇遇というかなんというか……」
ステラさんは、本当におかしそうに、身体を震わせている。
あ、あれ、そんなにおかしいこと言ったかな……?
と、私が困惑している間に、なんとかステラさんは持ち直したみたいだ。
こほん、と咳ばらいをしてから、私に向き直る。
「すみませんね、ほんと、奇遇というか、だったので。
その話ならね、クリスが一番詳しいと思いますよ」
「え、クリスが? 意外な名前が……。
あ、ということはクリス、元気にやってるんですね?」
私の言葉に、ステラさんはこくりと頷く。
良かった良かった。
こっちに同時に来た、言わば同期と言えるクリスだけど、どうにも会う機会にあまり恵まれないんだよね。
お互いの仕事のペースがかみ合わないせいなんだろうけど……。
「どうしてあんまり一緒に飲めないのよぉ!」
なんて感じで、こないだエルマさんのお店で絡まれたりもしたけど、それはこっちも聞きたいよぉ。
てか、もしかして色々溜まってるんだろうか。
ガス抜きも兼ねてゆっくり話を聞くのもありだなぁ、とか思ってたんだけど。
「ええもう、元気にやってますよ。
元気過ぎるくらい、かも知れませんねぇ」
そう言いながら、ステラさんは私を見つめてくる。
え、え、何、私の顔に何かついてます??
とか思ってたところに、予想外の言葉が放たれた。
「ほんと、先生と言い……あの時の子達は、どうしてこうなんですかね?」
え。
まって、どういうこと!?
少なくとも私はクリスに何も関与してないよ!?
そんな私の疑問に、ステラさんは何も答えてくれなかった……。




