やらかしの後始末、の結果
「やってしまった……」
私はテーブルに両肘を突き、項垂れていた。
夜になってガヤガヤと賑やかになっている、エルマさんのお店の一角。
そこのテーブルで私は一人沈鬱なオーラを出していた。
隣に座るキーラもゲルダさんも困ったような顔をしているし、正面に座るノーラさんは呆れた顔をしている。
「いやね、アーシャ先生。わかる、わかるよ。
あたしらと同じ境遇の子達を力づけようとしたのはわかってるんだ。
だけど、さぁ……加減ってものがあるじゃない?」
「あ、あははは……加減を、間違えちゃったというか……全力過ぎたというか……」
ジョッキを片手に持ちながらのノーラさんの説教に、私は平身低頭になるしかない。
あの後、女の子たちは皆、一度お風呂に入ってもらった。
いきなりお風呂に連れてかれるだけじゃ入り方がわからないだろうってことで、ボランティアの人による髪の洗い方から体の洗い方からの指導付き。
最初はおっかなびっくりだった子達も、お風呂から上がるころにはすっかりリラックスしてたみたい。
「垢が凄くよく落ちることを面白がってたよ」とはボランティアの人の弁だ。
あ、ちなみにボランティアの人はちゃんと有休的な扱いになってるらしい。
どんだけホワイトなんだこの国……。
で、休憩してもらってから診察したんだけど、さ。
「アーシャ先生って、本当に凄い人なんですね!」
って目をキラキラと輝かせながら言ってくる子達の多いこと……。
なんか、ボランティアの人達が、私のやってきたことをかいつまんで話したらしい。
きっかけは、石鹸だったみたい。
「こんなに汚れが落ちるなんて、初めてです。こんなものがあるなんて……」
「ああ、これもね、アーシャ先生が作ったんだよ」
というところから話が始まって、そりゃまあこの温浴施設だって私発案だしねぇ……。
人によってはお手洗いの綺麗さにも驚いたらしいけど、それも次亜塩素酸ナトリウムのおかげだし。
いや、これ自体は上下水道が既にあったからできたことなんだけど、そのことは省略されたみたいだ。
……うん、まあ、話の端折り方によっては、触れないで話をしちゃうこともあったかもねぇ……。
お風呂場で裸の付き合いをしながらそんな話で盛り上がったら、まあ、皆のイメージの中で私がどんどん肥大しちゃうよね、きっと。
なんか、診察してる間、私を聖女か何かのように崇めてる人もいたよ……どーしよ、ほんと。
などと回想しながら、ひたすら私がノーラさんにペコペコしてると、ゲルダさんが助け舟を出してくれた。
「まあまあ、アーシャも悪気があったわけじゃないんだ。
それに、来たばかりの彼女達を間近で見たら、なんとかしたいと思ってしまうのも仕方ない」
「うーん……いやまあ、それはそうなんでしょうけどねぇ」
ノーラさんもそれはわかっているのか、強く反論はしない。
実際、あの子達の状態は酷かった。
幸いなことに大きな病気やケガはなかったけど、ほとんどの子がかなりの栄養失調。
餓死まではいかないけど、ほっとんど碌な物を食べてなかったのは明白だった。
予想通りだったので、すぐに食堂に案内して、スープとかとにかく胃に優しいものを食べてもらったんだけど、さぁ……泣きながら「美味しい美味しい」って食べてる子とかもいてね。
ほんっと、どんな扱いしてたんだって、腹が立ったよ。
まあ、それはまたどこかで晴らすとして。
その後は一休みした後ドミナス様がカメラで一人一人撮影して、名前と情報を軽く聞き取りして、で作業は完了。
ゲルダさんと一緒にお城に連れていった。
で、私の時と同じように魔王様に謁見した、んだけど。
流石に女性であることにはめちゃくちゃ驚いてたけど、それ以降の話に対しては、私達の時に比べたら皆落ち着いたものだった。
その反応やらを見ていて、何やら魔王様は勘づいたらしい。
一通り謁見が終わった後に、魔王様が私を手招きして、問いかけてきた。
「のぉ、アーシャや。そなたまた、たらし込んだのかえ」
「は、あははは……何のことでございましょうか……」
……乾いた笑いで返すしかできなかったのは、仕方ないと思う。
また、今回の子達は大半が読み書きができないらしいので、一旦グレース様のところに行くことになった。
仕事をしながら、学校に通うことになりそうなんだけど、さ……。
「皆さんには、この鉛筆と紙を使って文字の練習をしてもらいます。
ああ、ちなみにこの鉛筆と紙は薬師のアーシャ考案によるものですよ」
とか、グレース様が言っちゃったらしい。
あ、そうそう、実はこないだ鉛筆も作ってもらったんだよね。
フォレストジャイアントは木材加工もそうなんだけど、炭焼きも得意だったみたいでね。
で、印刷機用として大量に炭の粉を作ってもらってるんだけど、その一部を成型して芯にして、作ってもらってる。
これがまた、軽いし取り回しは良いしで、好評なんだよね。特にグレース様に。
欠点は、やっぱりこすったら消えちゃうことではあるんだけど、文字の練習用には問題ない。
ということで、ご機嫌なグレース様は何かにつけて鉛筆の話をしてるそうだ。
……うん、鉛筆に紙、練習用のプリント、全部私発案のものだ。
そりゃぁ……何者だってなるよね……。
実際に印刷するとこも見ちゃったみたいだし。
なんか、この島での字の読み書きの重要性をわかってもらうために、広報のチラシを印刷しているところの見学があったらしい。
で、その時ドミナス様が写真を印刷してたそうな。
多分これ、決定打だったんじゃないかなぁ……。
「これは、住民情報台帳用の写真。
うん? そう、これはアーシャの発案。
ふふ、そう、アーシャは凄いの」
とか、ドミナス様が得意気に言ってたらしい。
きっと、悪意も他意もなく言ってたんだろうなぁ……。
そして当たり前のように行われる、グレース様をして神か悪魔の所業と言わしめた、写真印刷。
さぞかし、衝撃的だったのではないだろうか。
ということで、局地的に爆上がりしてしまった私の名声をどうしようかって話なんだよね。
「やったことは仕方ないけど……このままだと、アーシャの身が持たないと思う」
キーラが心配したように言ってくれる。
うう、ありがとう、優しい言葉が身に染みるっ。
「アーシャこう見えてヘタレだから、じわじわプレッシャーに押しつぶされそうだし」
「ああ、それは確かに」
「まったくだねぇ」
続いた言葉に、がくっとなってしまう。
ゲルダさんもノーラさんも、ノータイムで同意してるし。
へ、ヘタレじゃないやい! ……いや、ちょっと最近自信ないかなぁ……。
とか内心でへこんでた、そこへ。
「ああ、やっぱり皆ここにいましたか」
「お疲れ」
と言いながら、ドロテアさんとドミナス様がやってきた。
最近、この二人もすっかりこの店の常連だ。
「ああ、お疲れだ。随分遅かったじゃないか」
「ええ、ちょっと、ね。アーシャの後始末を」
「はい? 私の後始末??」
ふふ、と笑いながらドロテアさんが席に着いた。
ドミナス様もその隣に座る。
「ということは、アーシャ先生にたらし込まれた女の子達のかい?」
直球なノーラさんの言葉に、私はがくりと俯き、ドロテアさんはこくりと頷いた。
「少し骨が折れましたけど、何とかなりましたよ」
「え、嘘……一体、どうやって……?」
キーラが、信じられないものを見るかのような顔になる。
うん、っていうか私も信じられない。
皆からまじまじと見つめられてるのに、ドロテアさんはたじろいだ様子もなく余裕の表情で。
「ええ、あの子達皆、アーシャにお熱になってましたからね。
逆に煽って、信仰レベルにまでしておきました」
「何やってるんですかぁぁぁぁ!?」
私は声を上げながら、ガターンと椅子が音を立てるのも構わず立ち上がった。
今信仰って言ったよね? 親交じゃなかったよね!?
でも、私の抗議の声にもドロテアさんは涼しい顔だ。
「盛り上がってるところに水を差すのは難しいですからね。
でもこれで、変なアプローチを受けることはほぼないですよ。
なにせ、神聖にして不可侵たるアーシャ様に昇格したんですから」
「う、そ、それは……いい、のかなぁ……?」
正直、いいわけがない。
でも、他になんとかできた手段も浮かばない。主に私の身と心の安全を担保する手段は。
しかしそれでか!
今日、このお店に来てから何回も「アーシャ先生、うちに来た新しい子が『この島には女神様がいるんですね!』とか言ってたんだけど、何やらかしたんです?」とか言われたのは!!
恨みがましい私の視線を、ドロテアさんは余裕のスマイルで受け止めた。
「ちゃんと陛下に許可もいただきましたよ?」
「提案された時には爆笑してた」
その時のことを思いだしたのか、ドミナス様は口元を押さえて笑っている。
ち、ちくせう、止めてよ魔王様! いや、代替案はないんだけど!
「ってことは、私って……」
「この島の生きる女神様、に仕立て上げられてしまったわけだな。
私も少しだけ加担してしまった形になるか」
と、ゲルダさんはちょっとだけ申し訳なさそうだ。
いや、でもゲルダさんはそこまでの責任割合はないはずだ。
大体は……。
「いえ、そもそも私がやりすぎたのがいけないんですから……」
うん。ドロテアさんのも、後押しでしかない。
大体は、私のせい、なんだから。
はぁ……明日から、どんな顔して街を歩けばいいんだろう……。




