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秘密の会談

「ふむ、クリスは裁縫が得意と。ステラばあさんのところでお針子が足らなんだな」

「キーラは魔術が使えるのじゃな。ドミナスに預ける、使えそうなところに回すがよい」


 次々と振り分けていく魔王様の声が右から左へと抜けていく。

 この街で、私、一人。

 その言葉が延々と頭の中で巡っていた。


 現代日本では、人口10万人当たりの医師数はおよそ200人。

 高度に専門化した現代医療においては、それだけいても足りないと言われていた。

 仮に5万だとしても、100人必要という計算になる。

 つまり、私は100人分の仕事をしないといけないわけだ。

 ブラックにも程があるだろう、いくらなんでも。


 確かに薬師は貴重な存在だから、あまりここには送られてこなかったのだろう。

 タイミングがいいのか悪いのかわからない教会のお触れのせいで、私はここに送られたが。

 もしかしたら今後は増えてくるのかも知れないけれども、現時点では私一人。


 重症患者は治癒魔術でなんとかしてもらう、魔族や魔物は勘弁してもらう、という条件付きでも、まだまだ人手が足りない。


「どうしてこうなった……」


 いや、もちろん私の発言のせいだし、結局はここから逃げるつもりもないのだけれど。

 それでも、ぼやかずにはいられない。


 もちろん、私一人で高度医療などできるわけもないし、そもそも私の専門は内科だ。

 診察と薬の処方だけに絞れば、もう少し状況はましになるだろう。

 それでも殺人的な忙しさになりかねないが……。


 そもそも街の広さは? 実際の人口は?

 衛生状況は? どれくらいの頻度で病気が発生しているのか?

 与えられた工房に、足が悪い、動かせないなどの理由で来ることができない人に対して往診はするのか?

 街の外に人はどれだけいる?

 魔物はともかく、魔族に対してもある程度は対処すべきでは?


 ぐるぐると頭の中を、様々な疑問が駆け巡る。

 考えて、考えて。

 そして、あることに気が付いて思わず苦笑を漏らした。


 なんだ、結局やる気じゃないか、と。


 現実に押しつぶされそうになったことなど、いや、どうしようもなかったことなど、いくらでもあった。

 その中でも、できることを、できる限りにやってきたはずじゃないか。

 きっと私は、元々はそういう性分なのだろう。


 ならば、やってやろうじゃないか。

 魔術という手段もあるのだから、やる前から諦めるだなんて愚かすぎる。


 魔王様による振り分けが終わる頃には、私はすっかり腹を括っていた。


「さて、これで一通りじゃな。

 ああそれと、字の読み書きができぬものは先にあちらのグレースの元へ行くように。

 通達を掲示することもあるゆえ、読み書きの練習もしてもらわねばならぬからの。

 では各々、それぞれの案内に従い移動するがよい」


 全員が頷き、立ち上がった時だった。

 思い出したように魔王様が私の方を向き、にっこりと笑顔を見せた。

 騙されないぞ、その笑顔は薬師がいないと告げた時の笑顔だぞ、と心の中で警戒していると。


「ああ、アーシャ、そなたは残るがよい。少し話したいことがあるゆえ」

「え、わ、私だけ、ですか?」

「うむ、そなただけじゃ。何、危害を加えるわけではない、安心するがよいぞ」

「は、はぁ……かしこまりました」


 もちろん、拒否することなどできるわけもない。

 割合フランクに接してくださっているが、そもそも魔王様と私では立場が違う。

 今の、私だけかと聞き返したことだけでも下手したら不敬罪になりかねない。

 だから当然、従うしかないのだが。


 逃げたい。凄く嫌な予感しかしない。


 逃げる場所など、もうどこにもないとわかっているのに、そんなことを思わずにはいられなかった。

 



 一人残る私に様々な視線を向けつつ他の皆が退出した後、私は別室へと引っ立てられた。

 いや、本当に連行されたわけじゃないのだけれど、気分的にはそんなものだ。

 足取り重く案内され、腰を下ろしたソファの隅にできるだけ小さくなっている私の正面には、にこやかな笑顔の魔王様。

 その左にはゲルダさん、右には側近の女性が立っている。


「さてアーシャよ、そなたにわざわざ来てもらった理由じゃがな。

 そなた、何者じゃ?」

「え、ええと、おっしゃってる質問の意味がよくわからないのですが……」


 いきなりずばっと直球で聞いてきた魔王様の質問に私は覿面に慌ててしまう。

 え、まさか、たったあれだけのやり取りで何か勘付いたっていうの?

 

「とぼけずともよい。先程言うたであろう、危害を加えるわけではないと。

 ゆえに、そなたをどうこうしようというつもりはない。

 じゃがの、無視しておくわけにもいかんのじゃ、今後のために」

「今後のために、ですか……?」

「そう。そなたは一体何者じゃ? どんな教育を受けておったのじゃ。

 とても山村出身の農民の娘が受けてきたものとは思えぬ。

 かと言って、身分を偽り潜入してきた間者の類でもない。

 あんな風に率先して発言するような目立つ真似はせんじゃろうからのぉ」


 な、なるほど……それは、わからないでもない。

 私の知識は、普通の平民のものとはかけ離れている。

 でも、いきなりばらして理解してもらえるかどうか……そう思い、誤魔化してみることにした。


「薬師の師匠が色々な本を持っていましたので、それを読ませてもらっておりました。

 ゲルダさんの種族を知っていたのはそのおかげです」

「ふむ、それは勉強家なことで結構じゃな。

 じゃが、それだけではなかろう?」

「ええと……どうしてそう思われるのですか?」


 やっぱり誤魔化されてはくれないか~と思いつつも、何がそんなに魔王様の興味を引いたのか、それが気になった。

 質問に質問で返されたのに、気を悪くした様子もなく魔王様は、むしろ得意げになって答えてくれる。


「そなたのその、農民出身とは思えぬたたずまいや振舞いも気になってはおったのじゃがな。

 決定的なのは先程のやりとりじゃ」


 言われて先程のやり取りを思い出すが、全く見当がつかない。

 何か特別なことを言っていただろうか、と考え込んでいると、魔王様の楽し気な声がした。


「心当たりがないということは、よほど身に沁みついておるのじゃなぁ。

 ほれ、一年に千人以上、と驚いておったろう?

 その後も何やら思案しておったようじゃが……」

「は、はい?」


 あまりに予想外な台詞に、私は間抜けな声を出してしまう。

 多分、顔も相当間抜けなことになっているはずだ。

 魔王様は、悪戯が成功した子供のようなにんまりとした笑顔で私を見ながら言葉を続ける。


「普通の平民は足し算引き算すらできるかどうか。

 それなりに教育を受けておる立場の者ですら、掛け算割り算などペンと紙を使ってもおぼつかぬ者が少なくない。

 なのにそなた、暗算で計算しておったろう。

 それも、あの場面で精緻な計算は不要と判断してか、概算でざっくり」


 言われて、思い出す。確かに、そんな計算をした。

 そして、言われるまで思い出せないくらい、確かにそれは私にとって当たり前のことだった。


「ただ暗算ができるだけでなく、どういう数字が必要だとか一年あたりの人数を把握する意味だとか、そんなことを考えられる者など限られておる」

「そ、そんなことでお分かりになられたのですか……?」


 私は驚きのあまり、口がぽかんと開いてしまった。

 いや、側近さんやゲルダさんも驚きと畏敬の目で魔王様を見ている。


「他にもあるぞ?

 そなた、組織や役割分担というものを理解しておるじゃろ。

 担当がどうの、妾自らやることがどうのなどと、普通は気にせず言われるがまま。

 それを気にするのは、組織の意味を知り、効率のいい構成や動きを考える必要のあった人間、もしくはそのための教育を受けていた者であろう。どうじゃ?」


 指折り数える魔王様は、とても得意気で。

 言われたことを思えば、反論の余地などなく。

 ぐうの音も出ない私を魔王様は楽し気にみやり。


「言うたであろう、妾は人を見る目には自信がある、と」

「……感服いたしました、降参いたします」


 私は素直に頭を下げるしかなかった。

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