重要任務:お出迎え
結局、人目に触れるギリギリのところまで、ゲルダさんとドミナス様に抱き着かれまくってた。
一瞬だけ頬に唇が触れた気がするんだけど、きっと気のせいだよね。
うん、してやったりな顔のゲルダさんが見えた気がするけど、それも気のせいだよね。
なんか私の首筋にしがみついてドミナス様が精一杯背伸びして何かしようとしてたけど、それも気のせいだよね。
まあ、うん。
二人の体温が肌に残ってるし、香りが鼻の奥に残ってはいるのだけど。
危うく、意識がヤバい世界に持ってかれそうにはなったけど。
なんとか踏みとどまった私を、残念そうに見るのはやめてくださいゲルダさん、ドミナス様。
ともあれ、ようやっと私の目でも見られる距離に、船がやってきたところで、やっと二人は離れてくれた。
「では、ここからは打ち合わせ通りにしようか」
まるで何事もなかったかのようにさらっというゲルダさん。
……でも、さっきより明らかにツヤツヤしてますよね!?
「了解。私は施設内で待機している」
と、同じくツヤツヤしているドミナス様が応じた。
いや、むしろツヤプニといった感じの、絶好調なお肌になっている。
なんでだ、なんで私にくっつくだけでそうなるんだ……。
……いやまあ、私もなんだかんだ、気分が良くなってる気はするのだけども。
ともあれ。
「わ、わかりました……私は、あちらで待機しています……」
よろりらと、私は建物の影に隠れるように待機する。
そうこうしているうちに、船がついに接岸した。
……私が乗せられた船も大概だったけど、この船も大差ない。
途中で沈んでも構わないとばかりの、外洋航行がギリギリできる程度しかない船であることは明白だ。
この分だと、中の子達も、どんな扱いを受けているか知れたものじゃない。
ギリ……といつの間にか、奥歯を噛み締めてしまっていた。
落ち着け、落ち着け、と自分に言い聞かせる。
ここで私が、怒りを露わにしてどうする。
迎えるあの子達には、何の罪もないのだから。
それをぶつけるべき連中は、以前私が来た時のようにさっさと退散していった。
うん。あんな連中、一々気にしたらいけない。
この理不尽は、今はどうしようもないけど……いつか、きっと。
そして、そのいつかのために、今はあの子達をしっかり迎え入れなければ。
残された子達は、皆一様に暗い顔だ。服装もかなりみすぼらしい……予想通りの扱いを受けてたみたいだ。
落ち着け、落ち着け、と自分に言い聞かせる。
と。ゲルダさんがばさりと、フードを外した。……あの時の光景が、脳裏に蘇る。
「……遠路遥々ようこそいらした、歓迎する、などと言われても、あなた達には迷惑かどうでもいいかどちらかだとは思う。
あなた達の境遇には……うん、同情、とは言いたくないが、それに近い感情があるのは確かだ。
それが侮辱に聞こえるなら、申し訳ない」
ゲルダさんの声が聞こえる。
その言い回しは、懐かしさすら覚えるものだ。
精々二か月かそこら前なのに、遠い過去のようにすら思える。
言い方を変えてるのは、やっぱり、何を言うか考えた末のことなんだろう。
こんなところにもゲルダさんらしさを感じて、私は思わずくすっと笑ってしまった。
うん、ちょっと落ち着いた。
そうしている間にも、ゲルダさんの言葉は続く。
「だが、私達はあなた達を無碍には扱わない。
むしろ、大陸よりもよほど幸せな生活を約束する。
間違いなくこの島の生活水準は大陸よりも高いし、それはあなた達にも分け隔てなく提供される」
おお!? お、大きく出たなぁ……。
いや確かに、今のこの島、この街は大陸のどんな街よりも衛生的で快適だと思う。
元々上下水道があったところに、色々な改革が上手くいっているのだから。
ああ、送られてきた子達は、どういうことかと戸惑ってる。
うん、降り立った当初よりも、随分と感情が出るようになってるな。さすがゲルダさん。
「そして、約束しよう。
私は、必ずあなた達を守る。それが私の使命だ。
それはきっと……多分、彼女もそれを望んでいるから」
うん? なんか方向性が……え、その流れでこっち見るの!?
まさか、この空気の中で私出て行かないといけないの!?
「紹介しよう、この国を大いに発展させた、類まれなる女性を。
人間の薬師である彼女は、あなた達の健康状態を確認するためにここにいる、が。
きっと、それ以上の何かをもたらしてくれる。それは、私が保証しよう」
まって、まって!!
私、こんな空気の中で出て行けないから!!
あ、やばい、来た子達の顔に期待が滲み始めてる。
ちょっとまって、こんなの裏切れないじゃない!?
「すまない、人間である彼女がこの国で重要な位置にいる、ということを外部の人間には知られたくなかったので、彼女には控えてもらっていた。
だが……もういいだろう、船は十分遠くに行ったから」
この辺りは魔王様達とも話し合ったんだよね。
むしろゲルダさんと並び立って、送られてきた人間が食べられるどころか、こうして重要なポジションにいることを示した方がいいんじゃないかって。
良い影響も悪い影響も考えられるから、っていうことで今回は見送りになったのだけど。
ともあれ、人間が重要な立場にいる、という言葉に明らかに女の子たちは反応していた。
ああ、ちくせう、やっぱり不安だったよね、食べられちゃうのかとか思ってたよね!?
そんなとこに私が出て行ったら、きっと安心するよね!?
ああもう!
私は女優、私は女優! お願い月〇先生、私に力を貸して!!
「では、アーシャ、こちらに来てくれるかな」
「はい、ゲルダさん」
……自分でも驚くほどに、柔らかくも凛とした声が出た。
静かに建物の陰から姿を現し、ゆっくり、ゆっくりと歩み寄っていく。
向けられた数多の視線を、柔らかな微笑みで受け止めた。
ふわりと風が流れ、夏の日差しの中さらさらと私の髪が躍る。
見ていた女の子たちの息を飲む音が聞こえた気がした。
「皆さん、こんにちは。ご紹介に預かりました、薬師のアーシャです。
長い船旅、お疲れでしょう。
まずは、湯浴みと着替えの用意をしていますので、こちらにお越しください」
そう言いながら、片手で背後にある公共温浴施設を指し示す。
施設を紹介され、ざわり、とどよめきが走った。
実はこの港近くの温浴施設、傍目には砦みたいな防衛施設っぽい外見なんだよね。
ここは外からの人の目に触れることが多いから、カモフラージュみたいなものだ。
大規模温浴施設をこんな港の側、街の外縁に作れるだけの豊富な水道やらがあると知れたら……変な刺激を与えないかを懸念して、そうしたらしい。
なので、施設を紹介された彼女らは、一様に驚いてる。
そりゃまあ、この外観の施設が実はお風呂だなんて、びっくりだよねぇ。
おまけに、そこで湯浴みをしていい、だなんて言われたら。見たところ、皆一般庶民っぽいし。
だったら。
「ああ、安心してください。ここで皆さんに湯浴みをしてもらうことが、この街の健康を守るのに必要なんです。
だから、贅沢じゃなくって義務なんですよ」
冗談めかした口調で言いながら、悪戯っぽくウィンクを一つ。
呆気に取られた女の子たちの中から、くす、という笑い声。
あるいは、ぐす、と涙ぐむ声。
きっと、ちょっとは気を緩めてくれたんじゃないかな。
だから、もう一押し。
「私も、以前は皆さんと同じ立場でした。
でも、今こうして大事なお仕事を任されて、こうして笑っています。
だからね、時間はかかるかも知れませんけど、皆さんもこうして笑えるようになります。
私と、ゲルダさんと、皆で、笑わせちゃいます」
それは、私がもらったものだから。キーラやノーラさんやエルマさんがもらったものだから。
だから、この子達にもあげたいんだ。
「笑えるように、元気になって欲しいんです。
……うん、私が、皆さんの笑顔を見たいんです。そのために、協力してください」
私がそう言い終わると。
女の子達はあるいは顔をくしゃくしゃにしながら。あるいは笑いながら。
皆、泣き出した。きっとそれは、悪い涙じゃなかった、と思う。
その光景は、私がここに来た時と被るものがあった。
きっと、出迎えの一歩としては失敗しなかったんじゃないかな。
とか考えていると。
「……アーシャ、流石、だが……やりすぎだ」
と、側に来たゲルダさんがぽつりと困ったようにつぶやいた。
いやいや、やりすぎとか、そんな……と思ったんだけど。
……女の子達が私を見る視線の熱量に、背筋が冷える。
「……私、やらかしちゃいました……?」
「多分、な……」
ゲルダさんのため息に、私は気が遠くなりそうな感覚を覚えた。




