釘は刺されるもの
そしてグレース様と魔王様との会談も終わり、次はドミナス様とカメラや印刷機の打ち合わせ。
「なるほど、面白い概念」
「これを取り入れたら、写真の状態を表現もできるようになると思うんですよ。
『魔力吸収』が全部剥がれてゼロになった状態から、全く剥がれてない状態までを表すことができるので」
実は、ゼロの概念を提案したのには、こんな目的もあったのだ。
『魔力吸収』が完全に剥がれて、原版の帯電が完全に残っている、写真は真っ白になってしまう部分。
これを数字的に表せたら、次に何かできるようにならないかな、と期待してた。
つまり、写真をさらにデジカメによるものに近づけようという考え方。
グレースケールも、確か0から255だったはず。
で、黒がゼロ、白は255とかで表現できるようになったら、また何かにつながるんじゃないだろうか。
そんな話をしているうちに、あっという間に暗くなってしまっていた。
夏も間近に迫り、大分日が長くなったことを考えると……うん、これはまずい。
時刻で言えば18時頃だろうか。多分もう少ししたら、キーラやゲルダさんがエルマさんの店に来る頃だ。
こないだ、カメラの修羅場が終わった時、キーラから怒られたんだよね。
いくらなんでも夜遅くまで頑張りすぎだって。
今度帰りが遅かったら、健康のために特製薬草汁を飲ませる、とまで言ってた。
……どんなのかはわからないけど、多分、青汁の酷い版なんだろうな、とは思う。
流石にそれは、ご遠慮願いたい!
「ということで、降りてください、ドミナス様」
「え。やだ」
私のお願いに、左膝の上に座るドミナス様は、即答で拒否である。
うん、可愛い。可愛くはあるのだけど。
さすがにこのシチュエーションではご遠慮いただけないでございますかしら!?
「ドミナス様、そこはちょいとだけ大人になりましょうや」
と、右膝に座っていたノーラさんが窘めながら、お手本とばかりに降りてくれた。
うん、偉そうにいってるけど、今の今まで同じことしてたんだからね!?
いや、座られること自体はいいのだけど、これだけ座られるとちょっと足が痺れちゃうよ……。
「私、もう大人だから」
とか言いながら、拗ねた様子を見せるのは、これはこれで可愛いのだけど。
そういえば、ドミナス様って何歳なんだろう。魔族だから、人間のものさしじゃ測れないだろうし。
それはそれとして、ほんとにどいてもらわないと困るんだけどなぁ……と思っていた時だった。
「アーシャ、まだいたのですか。もう日が暮れます、送っていきますよ」
と言いながら、ドロテアさんがやってきた。
うん、最近はドロテアさんも私が遅くまで居残ることをあまり許容してくれなくなっている。
キーラと連絡でも取りあっているかのように、二人して私が無茶するのを抑えようとしてくるのだ。
いや、もちろんそれはありがたいのだけど。
「ドミナスも、そろそろいい加減になさいな」
「うう……」
さすがにドミナス様も有能秘書たるドロテアさんには弱いのか、反論の言葉が出てこない。
と、そこにノーラさんが声を掛けてきた。
「そういや、ドロテアさんはこっちに顔出したりしないんだね?」
「ええ、それはもちろん。陛下の御側仕えがありますし」
「ふ~ん、アーシャ先生のことが気になったり、顔見たいとか思わないのかい?」
うん? ノーラさんがこういうこと聞くのは珍しいな。
そういう持って回った言い方とかしない印象だったのだけど……。
だが、ドロテアさんはどこか余裕を感じさせる笑みを見せて。
「もちろん気にはなりますけど、顔を出そうとは思いませんね」
「へえ、そりゃまたどうして」
「それはもちろん」
と言ったところで、ドロテアさんが私に向かって流し目をしてきた。
やばいくらいに決まってるし、思わずドキッとしたのは仕方ないんじゃないかな!?
「何かと理由を付けて顔を出す私より、きちんとすべきことを終わらせてから顔を見せる私の方が、アーシャの好みだと思いますから」
それはもう、自信たっぷりな笑顔で、言い切ってくれた。
……うん、まあ、その二択なら、確かにそっち。
そこまで読まれてるのが怖くもあるけどね!?
聞いていて何か思うことがあったのか、ドロテアさんの顔を凝視した後、ドミナス様が私の膝からそそくさと降りる。
それを見て、ノーラさんが会心の笑みを見せた。
え、まさか、これを狙ってドロテアさんに話を振ったの!?
そしてドロテアさんもそれを理解して、ああいう言い方したの!?
……多分、かなりの割合で本心だったとも思うけど。
まって、なんでこんな高度な心理戦の渦中にいるの私。
いや、狙われてるのが私だから、なんだけどさ、わかっちゃいるんだけどさ……。
「そんじゃ、あたしもいい加減切り上げますかね」
「ノーラも働きづめなんです、適度に休みを入れてもらわないと」
ふぅ、とため息を吐きながらの声は、心からのものだった、と思う。
もしかしたら、こうした本心があるからこそ、色々タイミングの良いあれこれができるのかもなぁ……なんて思わなくもない。
やっぱり、まだまだドロテアさんには敵わないなぁ。
「ところでドミナス。夜の室内、の写真情報は十分ですか?」
「え? ……あ、確かに、撮ってない……」
あ~……そっか、そういうところにも気が回っちゃうんだ?
「なら、アーシャを送るついでに、夜の酒場で撮影してみるのはどうでしょう」
ドロテアさんの言葉に、ドミナス様は意表を突かれた顔になり、私とノーラさんは顔を見合わせて笑ってしまう。
この提案を、ドミナス様が拒否するわけもない。
どうやら今夜は楽しい夜になりそうだ。
……明日は休診日じゃないから、自重はしよう。
とか思いながら、酒場に四人でたどり着くと、既にそれなりに食べていたキーラとゲルダさんが待っていた。
遅くなった私を、キーラはジト目で、ゲルダさんは困ったような苦笑で迎えてくれた。
「ごめんなさい、キーラ、ゲルダさん! 遅くなりました!」
私は、開口一番平謝りである。こんな状況で言い訳なぞしたら、かえって火に油だ。それはよくわかっている。
そんな私をしばらく睨むように見ていたキーラは、ふぅ、とため息を吐いた。
「……自分を大事にしてって、何度も言ってるのに……」
「ごめん、ほんと、いつの間にかって感じで……明日からはもっと時間に気を付けるから、ね?」
今日は精々残業1時間から2時間程度、一番酷かった時に比べればずっとまし、と思う日本人魂。
でも、そんなことを言えば本気で怒るのが目に見えてるから、心の中だけにしまっておく。
根本的に、この社畜根性的な何かを何とかしないとなぁ……。
でも、そんな私の内心は透けて見えてたらしい。
私を見つめていたキーラが、もう一度ため息を吐き。
「もう、私が工房に住み込んで、アーシャの管理した方がいいような気がしてきた」
と、発言した。
途端、場の空気に緊張が走る。
今この場にいるのは、キーラ、ゲルダさん、ノーラさん、ドロテアさん、ドミナス様。
ええとまあ、その。私にアプローチをかけてきている五人全員が揃っているわけだ。
ちょっとでも匙加減を間違えたら一気に修羅場となりそうな状況の中に、敢えて。
多分、敢えて、なんだと思う。
言い終わったキーラは、ぷるぷると武者震いのような震え方をしながら、でも何とか真剣な表情を保っていた。
そんな発言が出れば、他の皆が黙っているわけもなく。
「待ってください。管理というなら私が適任でしょう」
「いやいや、朝起きれたり時間管理できる時計作ればいいんじゃないかい?」
「それは魔術の方が、なんとでもできる」
「いっそ私の生活リズムに合わせさせるという手もあるぞ?」
「でもそもそも、私、午前の診察を手伝うわけだから、朝からいた方が」
五人がそれぞれに自分の意見を主張し合う。
そして、それぞれに説得力もあるから、なおの事困る。
まって、これ、誰か選ばないといけないの!?
それか、平等に全員……まって、だめ、それはこう、なんというか……私の何かが削られるっ。
と、一しきり議論が白熱したところで、ドロテアさんが不意に私の方を見た。
「アーシャ、あなたが自重しない限り、何度でもこうなりますからね?」
「あ、はい、気を付けます……」
もう、一しきり平身低頭するしかなかった。
それでようやっと皆も落ち着いてくれた、かと思ってたんだけど。
「話が一段落着いたところで申し訳ないのだが……アーシャ、哨戒部隊から連絡があった。
明日昼過ぎに、船が来る。
例の、健康状態の確認をお願いしないとならなくなった」
哨戒部隊、というのは、この島を取り巻く海の上空を飛び回っている、スカイドラゴンを中心とした飛行型魔族による監視・警戒任務に当たっている部隊だ。
その彼らが発見した船、と聞いて、皆の顔が複雑なものになる。
この、魔族の島に来る船、ということは、つまりそういうことだ。
「うわぁ……あ、はい、それは、ちゃんと、行きます……」
ちくせう、なんでこのタイミングなんだよ!? 本気で恨むぞ、あっちの連中!!
私がこっちに来てから二か月あまり、その間に船は来ていなかった。
これくらいの期間が空くのはたまにあるのはある、らしい。
で、それに対して、私も少し役割が増えている。
実は、銭湯を展開している時に、魔王様にお願いして港付近に一つ銭湯を作っていただいたんだ。
目的は、送られてきた生贄達を清潔にすることと健康状態のチェックを一つの施設でする、というもの。
つまり、言葉は悪いが、検疫みたいなものだ。
今のこの国、シュツラムガルドと大陸の国々とでは、衛生状況がまるで違う。
そして、送られてくる生贄の子達は、その中でもさらに劣悪な環境におかれていた子がほとんどだ。
だから、この国の衛生状態を保つためにも、彼女達をお風呂に入れて、服も洗濯して、健康状態をチェックして、ということが必要なんだよね。
……というのが、建前。
本音は、絶望に打ちひしがれている心に、少しでも暖かいものをあげたかったんだ。
それには、向こうの庶民には贅沢品であるお風呂だとか、綺麗な服だとか、美味しいご飯だとか……。
そういうのが、必要なんだと思う。それは、私達がゲルダさんから、魔王様から、この国からもらったものだから。
だから、魔王様にお願いしたんだ。
まあ、魔王様には建前の説明ですでに看破されてたみたいなんだけど……。
「また、お仕事増やしてたの……?」
私をジト目で見るキーラの声が低くなる。
あ、ドミナス様とノーラさんも似たような表情だ。
ドロテアさんとゲルダさんは、苦笑はしてるけど、助けてはくれないみたい。
「ご、ごめん! でも、薬師業務の一環だから仕方ないの!」
と、仕事の概要を説明したら……さすがに、理解は示してくれた。
キーラだって、そういったことに救われた一人なわけだから。
理解はしてくれたのだけど。
「でも、それはそれとして。
ほんとに、次無茶したら、薬草汁だからね……」
「あ、はい、気を付けます」
キーラの本気の声音に、私はそう返答するしかなかった。




