ドワーフと魔族が手を組んだ結果其の2
結局、ドミナス様から話を聞いた魔王様が押しかけてきたので、呼び出すのと形は変わらなかった。
いや、一応形としては魔王様が勝手にきただけだから、ドミナス様の不敬とかそういうことにはならないはず!
ともあれ、ドロテアさんに追いかけられながら押しかけて来た魔王様が、私達三人が描かれた紙を見ると、凝視すること数分。
「のう、アーシャや。これは、そなたが描いたとか、そういう類ではないな?」
「もちろんでございます。ここまで精密に描くなど、人間業ではございません」
……あるいは、ドミナス様だったらできちゃうんだろうか、と思わなくもないけど、人物画は得意じゃないとか言ってたな、こないだ。
そして、私の描く絵なんて、ほんっと素人に毛が生えた程度のイラストだ。
デッサンだとかもそんなしっかりやったことないしね。
だから、ここまで精密に、正確に描画するなんて、できるわけがない。
私の言葉に頷いて返すと、また魔王様は手元の紙に視線を落とした。
「ということは……姿形すら写し取ってしまったのかえ、その機械で」
呆れを通り越してどこか虚ろな響きすらある声で言いながら、理解できない、とばかりに首を振る魔王様。
わかります、そのお気持ち、わかります。
「正直、今回ばかりは、わたしのせいじゃありません。
本気でノーラさんとドミナス様のせいです」
「いや、どうせ基本アイディアはそなたじゃろうが」
すかさず魔王様のツッコミが入った。
いや、確かにそれはそうなんですけどね……。
「それはその通りなんですけども……。
お言葉ですが陛下、私が最初に提唱したのは、この程度のものでございまして」
そう言いながら、一つの小さな箱を取り出した。
それは、箱の内側が黒く塗られ、一面だけ、薄い紙が貼られている。
紙が貼られている面の反対には、小さな針孔が空いており、そこから入ってきた光が、紙のスクリーンに当たって風景を描き出している。
いわゆる、ピンホールカメラというものだ。
これを使って、『魔力原版』に絵を描けないかな、というのがスタートだった。
ただ、やってみてわかったんだけど……当たり前だけど、ピンホールカメラだと取り込める光の量が少ない。少なすぎる。
だから、『魔力原版』に付与されてた『魔力吸収』があんまり剥がれなかったんだよね。
正確に言えば、十分に剥がれるまでにかなり時間がかかった。
昔々の写真は一枚撮るのに数分とか数十分かかったとか言うけど、それと同じくらいだったんじゃないかな。
取り出した私自作のピンホールカメラを、それはそれで興味深かったらしく魔王様はしげしげと眺め。
「……なるほど、予想外の進化を遂げたらしいことは、わかった。
どうせそなたのことじゃから、手柄を自分のものにはせんのじゃろうし」
やれやれと肩を竦める魔王様と、うんうんと頷くドロテアさん。
……え~、私、そんなに言われる程かなぁ……。
若干納得はいかないけど、とりあえず納得はしてもらえたらしい、と説明を続ける。
「この大きさでこういう画像……写真というのですけど、これを撮れたのは、一つにはノーラさんの作ってくれたこの『レンズ』が大きいのは間違いありません」
実は、この世界ではレンズが発明されていなかった。
富裕層は治癒魔術によって視力矯正すらできるみたいで、近視も老眼もほとんどいないみたい。
まあ確かに、目の水晶体そのものや、その調節をする毛様体筋の治療、と考えたら一応理屈は通る。
庶民は、職人以外は目を酷使することもないし……その職人も、貴族お抱えの職人とかだったら治癒魔術を使ってもらえてたみたいだ。
その副作用として、拡大鏡が必要な程の細かい細工や部品だとかが生み出されてないみたいだけど。
そんな状況で、私の提言のもと凸レンズを作ってもらったら……ノーラさんもドミナス様も食いつきが凄かったよ。
「なんだいこりゃ、物が大きく見えるよ!?」
「絶対不可侵のはずの光が、歪むだなんて……」
あ、そっか、魔術的にはそうなるんだ、なるほど、とか思う発言もあったけどさ。
……もしかしたら、だからレンズみたいに光を歪めるものは禁忌扱いだったのかな……?
そのせいか、レンズによる光の屈折という現象を受け入れるのにドミナス様は少し時間が必要だったけど、ノーラさんはもう、ノリノリだった。
まあ、ドミナス様も、受け入れてしまった後は。
「所詮光もただの現象。絶対視するのが間違いだった」
とか、得意げな感じで言ってたけど。
ドミナス様からすれば、自分が唯一使えない魔術系統だもんね、色々思うこともあるんだろう。
やっぱり光系統は、勇者だとか神官だとか、一部の限られた人、の中でもさらに限られた人でないと使えないらしい。
そりゃまあ、絶対視もされるよね。実際は……見たことないからわかんないけど。
そして、一度仕組みを理解したノーラさんは、あっという間にレンズを複数組み合わせて取り込んだ光を上手く『魔力原版』に当てる機構を作り出してしまった。
まあ、それが上手くいきすぎて、最初の写真は光が当たりすぎて真っ白になっちゃったんだけどさ。
「なるほど、光を当て過ぎてもだめ、と」
「ですねぇ、『魔力吸収』が完全に剥がれちゃってます』
今回のアイディアは、『魔力原版』に『魔力吸収』を付与した上で、外から入ってくる光を当てて適度に『魔力吸収』を打ち消させ、印刷用の『魔力原版』に意図する通りの白黒画像を表現できないか、というところから始まっている。
入ってくる光は、なにがしか物に当たって反射してくる光がほとんどなんだけど、黒いものに当たった光はほとんど反射しない。
だから、原版に当たった時に白くなる部分と黒くなる部分が分かれる、はず。
つまり、文字のコピーの原理を、画像に応用できないか、っていうことなんだ。
光が弱くしか当たらなかったところは『魔力吸収』が強く残っている。
それを帯電している『魔力原版』に重ね合わせれば、そこが黒として表現されるはず、と思ったのだけど、いきなりで上手くはいかなかった。
その失敗を踏まえてノーラさんは、設定した時間で自動的に光の取入れが遮断される機構……つまり、シャッターを作っちゃったんだけど……それも、シャッタースピードを調整できる機構まで組み込んで……。
正直、もうこの時点で意味がわからないんだけどね……。
で、色々試行錯誤している時に、ふと思いついてしまったんだけど。
「室内光でこれだったら、絞りもあるといいのかも知れませんねぇ」
「絞り? なんだいそれ」
私の発言に、ノーラさんがすかさず食いついてきたので、説明する。
絞りは、文字通り絞るものだ。この場合は、入ってくる光を、だけど。
真夏の屋外とかだと、どれだけシャッタースピードを速くして一瞬しか開かなかったとしても、物凄い光の量が入ってきて、結果写真が真っ白になってしまうことがある。
それを防ぐために、入ってくる光の量を制限する『絞り』という機構があるのだ。
いやごめん、元々は違う目的だったかも知れないけど、私はそう捉えてる。
「ほほう。なるほど、外で撮影するためには、絞りが必須、と」
「ええ、そうなんです」
私の説明を聞いたノーラさんが、なるほどと頷いた。
それに対して、私もこくんと頷き返す。
「そうと聞いたら、何としても組み込まないとだねぇ」
そう言って、ノーラさんは絞りにも取り掛かり、それも程なくして組み込まれることになる。
ほんと、どんな技術力をしてるんだ、ドワーフ……。
それから色々試行錯誤しているうちに、ピントを調節する機構まで組み込んでいたのは、正直目を疑った。
さすがにオートフォーカスまではない、みたいだけど……と安心していたら。
「それなら、なんとかできるかもしれない」
とドミナス様が言い出してしまった。
なんでも、ピンボケしている状態、つまり輪郭がぼやけてしまっている状態だとコントラストが弱まっている。
黒いところが弱い、という表現をしてたけど……それを検知すること自体はできるそうだ。
そして、その信号を基に、伸び縮みする棒だとかは作ることができる、らしい。
「そんじゃ、そいつをこのピント調節機構と組み合わせれば……」
「うん、勝手にピントを合わせることも可能」
ノーラさんの言葉に、ドミナス様は力強く頷いてみせた。
私はその傍で、「どうしてこうなった」と頭を抱えていた。
さすがに、今日までに完成はしてないけど……できないことがあんまりないドミナス様と作る物に間違いがないノーラさんのことだ、遠からず作ってしまうに違いない……。
また、『魔力原版』の方も次々進化していった。
最初は白と黒ではっきり分かれてしまい、濃淡なんて感じられないものだったんだけど。
「重ね掛けして層を何重にも作って、当たる光の強さで剥がれる深さを変えられませんかね?」
「なるほど。多分可能」
と言って、ドミナス様がやってくれたんだけど……。
「やりすぎ! やりすぎですって!」
「え、まだまだいけるけど」
うん、気が付いたら、何万という薄い層が作れるようになってしまっていた……。
普通の写真なんかで使われるグレースケールは確か256階調、白から黒までの濃淡を256段階に分けて表現してたはずだ。
医療用とかだともっと細かい階調が必要になるからってんで、16ビット65,536階調だったかな?
つまり、それに迫る勢いの精密な濃淡を表現できるようになってしまっていた。
さすがにそれは、普通の写真では必要ない。
でも、ドミナス様曰く、数百も数万もあまり大差がない、らしい。
各層に使う魔力は微弱なもの。ドミナス様からすれば、何重にしようが関係ないらしい。
……多分それ、ドミナス様だから、だと思うんだけどなぁ……。
また、『魔力原版』の小型化も進んだ。
というのも、実は小さい『魔力原版』から大きな『魔力原版』に魔力を移すと、自動的に引き延ばされることがわかってしまったんだ。
もちろん小さくしすぎたら、像がつぶれちゃってちゃんとした写真にならないみたいだけど。
「なるほど、ってことは、機械の小型化もし放題ってことだね」
「違う、そういうことじゃないです!」
「面白い。小型化と高精度化の限界に挑戦」
「しなくていいです! まだその段階じゃないです!」
という私の制止の声も振り切り、二人は小型化高性能化に走り始めてしまった……。
「その結果が、このざまですよ」
そう言いながら、私はノーラさんに手のひらサイズのカメラを向けてカシャッとシャッターを切った。
実験ですっかり撮られ慣れたのか、一瞬で可愛いポーズを作ってくれる。可愛い。
次にカメラから延びるコードを印刷機のコネクタに接続、印刷用『魔力原版』に魔力を転写。
サイクロプスさんたちがグルグルと印刷機を動かしてくれると……あっという間に、ポーズを取ってるノーラさんが印刷された。
魔王様は、一連の工程を黙って見守り。
出来上がった印刷物を見つめて。
ふぅ~~~と深い深いため息を吐いた。
「そなたら三人を組ませることに、一抹の恐怖すら覚えてしまうの、これは」
「あ、あははは……正直申し上げまして、私もちょっとどうかと思いました……。
本来は、もっと時間がかかるはずの処理なんですけどね……」
うん、なんでデジカメからプリンタで印刷する程度の手軽さなんだこれ。
あ、サイクロプスさんがいてのことではあるけど!
もっとレトロなカメラの、色々苦労して現像したり、とかいうのをイメージしてたんだけどなぁ!?
でも、そこまで魔改造してしまった当の二人は気にした様子もなく。
「だって、ドミナス様にできないことはあんまりないんだし」
「ノーラの作るものに、間違いはないから」
がしっと肩を組んでどや顔すらしている。
可愛いので、ついでに撮影しておいた。




