光が描くもの
そして、実際の作業が始まると……うん、やっぱりノーラさんは半端なかった。
「ノーラさん、ガラスの加工とかいけますか?
こういうガラスが欲しいんですけど」
「ちょっと先生、誰に聞いてんだい?
あたしがそれくらいできないわけないじゃないか!」
そう胸を張ったノーラさんの手により、あっという間にガラスが望みの形になっていく。
正直、若干引くレベルで。
早いだけじゃない、精度もとんでもないもので。
「う、うわぁ……これ……いや、本気で凄いですね、流石ノーラさん!」
「ふふふ、アーシャ先生をそこまでドン引きさせられたんなら光栄だねぇ。
もうちょっと精度落としていいなら、それこそ量産してみせるよ?」
にんまり、得意げな笑顔のノーラさん。
確かに、言われるだけのものを作ってくれていた。
そして、このセリフ。
一度最上位モデルを作ってから、実用レベルまで精度を落として時間などのコストを下げていく。
この考え方ができる辺り、ノーラさんは凄腕の職人というだけでなく、リーダーとして生産を引っ張っていただけのことはある、と言えるだろう。
技術の研鑽と、現実的な落としどころのバランスを取ることができる。
この感覚を持っている人は、決して多くはない。
もしかしたら、飛び抜けた技術があって、その価値を正しく認識できているからこそ、「ここまではほんとは要らないんだけど」と思えるのかも?
……こう考えると、生産の世界も奥が深いな……。
もうちょっとしたら、そっちにも色々アイディアを出した方がいいのかも知れない。
今の段階では、ノーラさんに丸投げで全く問題ないとも思うけど。
ともあれ、ざっくりとした試作はできた。
それを実際に動かしてみて……うん、まあ、いきなりは上手くいかないものだけど。
「なるほど。光を当て過ぎたらだめ、と」
できたものを前に、ドミナス様が納得したように何度も頷く。
そうなんだよねぇ……何気に、そこの加減がかなり難しいんだよねぇ。
「そんなら、こういうのどうかねぇ?」
と、ノーラさんが、1時間も経たないうちにとある仕掛けを作り出してみせた。
その出来栄えに、ドミナス様はもちろん、私も絶句してしまう。
え、まじでドワーフってチートだな!? 心の底から思ったよ!?
決して詳しいジャンルじゃないけど、前世で見たそれと遜色ないよ!?
あ~……ほんっと、ノーラさんいてよかったわ~……。
これなら、光の量の加減も相当にできる、はず。
「……これ、明るい時と暗い時も同じでいいの?」
「いや、明るい時は早く、暗い時はゆっくり閉じないといけないはずです」
ドミナス様のもっともな疑問に、私が答えていると、ノーラさんが、待ってましたとばかりの笑顔を見せた。
「実はね、そう言われるだろうと思ってさ。
このネジ回すと、閉じる時間が変えられるんだ」
そう言うと、ネジを回して実際に見せてくれた。
確かに、相当に細かく調整できている……っていうか、アナログ式だから、良くも悪くも細かくならざるを得ないのか!
よくもまあ、その特性をここまで現実的なところまで落とし込めたもんだ……。
「こんなことができるなら、光の強さに応じてどの速度に合わせるかもわかるようにできたらいいですねぇ……」
確か、露光計という道具があったはずだ。
私の祖父はカメラを趣味としていて、その撮影にたまに連れて行ってくれた。
その時、フィルムカメラで撮影するときに露光計を使っていた記憶がある。
詳しい仕組みとかはわからないんだけど……。
「それなら、光の強さに応じて変化するものは作れる。
闇属性魔法の応用で」
と、即座にドミナス様から答えが返ってきた。
そういえば、そもそも今のプロジェクト自体も、魔力吸収に光を当てたらどうなるか、から始まったんだった。
だったら、光の強さに応じて表示が変わる、程度だったらドミナス様とノーラさんなら問題ないはず。
これで速度の調整ができるなら、だ。
「速さだけで調整できる限界もあると思いますし……『魔力原版』の方も、光に対しての感度を何段階かに分けて用意できるといいかも知れませんね。
明るすぎるところでも問題ないものとか、暗すぎるところでも反応できるものとか」
「なるほど、それは問題ない」
さすが、できないことはあんまりないドミナス様、自信たっぷりに言い切ってくれる。
思わず手を伸ばして、ノーラさんとドミナス様の頭をなでなでしてしまった。
……二人ともとても嬉しそうなのが、とても可愛い。
いや、だから煩悩は横に置いておけと。
「しかしこれ、こうやって光を曲げて当てるんだろ?
上手く調整してやったら、大分小さくできるんじゃないかい?」
「確かに、手の平サイズくらいまで小さくしてるのもありましたねぇ……」
「ほほう?」
ふと零した前世の記憶に、ノーラさんの瞳に炎が宿った。
いやまって、そんなつもりはなかったの、煽るつもりじゃなかったの!
なんて言っても後の祭り。
恐ろしい集中力で没頭したノーラさんは、私のアドバイスも取り入れながら独自の機構も編み出して、とんでもないものを作り込んでいった。
その様は……とても、口が出せないほどのもので。
私とドミナス様は、お互いに顔を見合わせて。
「……ドミナス様も、『魔力原版』の小型化と高精度化をやってみてもらっていいですか?」
「もちろん。ノーラがここまでやってくれるのだから」
当てられてしまったのか、私達もやる気がさらに出てきてしまった。
正直、作業段階に入ってしまえば、私にできることはあんまりない。
例えば設計だって、私は学んだことはないし、ノーラさんの設計図の精度には敵うわけもない。
それでも、知識を総動員してできる限りのアドバイスをしていく。
その日は気が付いたら朝になっていて、いつの間にかドミナス様のベッドで、三人寝転がっていた。
二人にしがみつかれていたので、ちょっと腕が痺れてたけど、気にしない!
「うん……なるほど、これは、いい」
「でしょ、ずっとこうしてたくなるでしょ?」
とか二人は呑気な事言ってたけど……。
「ちょっ、朝!? ご、午前の診察がっ!」
と、私は慌てて駆け出す羽目になったけど……。
それからしばらく、朝になって慌てて工房に戻ったり、夜遅くに戻ったりの日々。
ちなみに、夜遅くなった時はドロテアさんかゲルダさんが送ってくれた。
……うん、送ることになった時には、それぞれに呆れたような、困ったような顔されちゃったよ。ごめんなさい。
でもでも、きっと出来上がったものを見たら、仕方なかったんだと思ってもらえるに違いない!
そうだといいなぁ……。
ちなみにね、夜のドロテアさんはこう……ヤバい。ヤバかったんだよ。
この前送ってもらった時のことなんだけど。
「こういうのも、雰囲気があっていいですね」
とか言われて手を握られた時は、心臓が飛び出るかと思ったよ!
まあ、振りほどくのもなんだし、手をつないだまま工房まで送ってもらったけどさ……。
ああ、やっぱり深みにどっぷりはまってるよねぇ……。
そして歩きながら話した内容は、他愛もないものだったんだけど。
でも、それだけにドロテアさんの素が垣間見えるものだった。
「実は、猫を飼ってるんですけどね。
こう……構いすぎてもいけないみたいで。
でも、可愛くて可愛くて、仕方ないんです。
そうやって葛藤しているところに、不意に私の腕の中に来たりしてですね……もう、完全に良いようにされているなって」
「な、なるほど……ドロテアさんでもそんなことがあるんですね……」
とても意外な素顔が見られたりして……うん、凄く楽しかったのは間違いない。
そんな会話をしながら、でも時間も道のりも過ぎていく。
やがて、工房に着いたところで。
ちょっと、名残惜しいなと思ってるところに、ドロテアさんも名残惜しげな色を滲ませる笑顔を見せてきた。
「アーシャ、私は一生懸命なあなたが好きです。
でも、頑張りすぎて無理をして欲しくもないのです。
甘えるべき時には甘えてくださいね?」
と、真正面から見つめられて。次の瞬間、ぎゅ、と抱きしめられた。
ああ良い匂い、柔らかい、とか思ってしまったのは仕方ないと思う。
「は、はい、気を付けます……」
夢見心地で、でもそれだけでも返事できたのは、我ながら結構頑張ったと思うんだけどな!
ぽわ~っとした気分のまま、帰っていく背中を見送っちゃったよ。
ドロテアさんも大概だけど、ゲルダさんはゲルダさんで、さぁ……。
「飛んでもいいのだが、大した距離でなし。
いや、言い訳だな。あなたとこうして、ゆっくり歩いてみたかった」
とか柔らかな笑顔で言い出すんだもの。
なんかもう、ギャルゲじゃなくて乙女ゲーの主人公になっちゃったのかな? とか錯覚しちゃったよ!?
またね、私より背が高くて脚も長いゲルダさんは、当然私より歩幅も広い。
おまけに軍人だから、歩くのも普通は速いはずなんだけどさ。
さりげなくちらちらと横目で私の位置を確認しながら、歩調を合わせてくれるんだよね……。
それがまた、悠然とした歩き方に見えて、それはそれでカッコいい。
なんかもう、見惚れて何度も足が止まりそうになったよ、ほんと。
「ん? アーシャ、どうかしたか?」
「ふぇっ!? あ、いや、なんでもないですよ?」
いや、足は止まらなくとも、見惚れてしまってはいたらしい。
ゲルダさんの言葉に、思わず慌てた返事をしてしまう。
そんな私の反応に、ゲルダさんはくすっと悪戯な笑みを見せて。
「そんなに慌てる必要はないのだが。
アーシャにだったら私は、何をされてもいいのだから」
「あ、は、はい……」
とか、上の空な感じの間の抜けた声で返すのが精いっぱいだった。
こんなに恵まれてていいのかな……公私ともに充実しすぎだよ。
とか思いながら、一週間ほど経過して。
ついにそれは、完成した。
「……おおお……」
「いや、もう何度言ったかわからないけど……凄すぎないかい、これ……」
「正直、ここまでとは思わなかった」
私達は、三者三様にそう呟く。
出来上がったものは、それはもう想像以上の出来で。
「早速陛下とグレース様に時間をもらってくる。
なんならここに呼び出す」
「いやそれは待ってください!?
あくまでもお時間いただくだけで一つ!!」
珍しく鼻息の荒いドミナス様に向かって、慌てて声を掛ける。
でも、そんな私の声も上ずってしまっていた。
もう一度、私は手元の紙に視線を落とす。
そこには、私と、ドミナス様と、ノーラさん。
白黒ではあるけれど、三人がそっくりそのまま、描かれていたのだから。




