開けたい扉
「ということで、この『魔力原版』を使って新しいことをしてみたいと思ってですね」
「ふむ、どんなこと?」
ようやっと解放された私は、当初の目的である打ち合わせに入っていた。
ちなみに、『魔力原版』とは、例の印刷機の原版になるあの板。
ずっと例の板呼ばわりもなんだ、ということで『魔力原版』という名前を付けたのだ。
もちろん本来はそれ以外の用途もある板ではあるんだけど……まあ、そこは仕方ないところだろう。
「こっちの原版から、こっちの原版に状態が写せるわけですよね?
だったら、こう、重ね掛けといいますか……『魔力付与』してる上に『魔力吸収』を乗せて、消せないかなって」
私の発言に、ドミナス様はふむふむ、と頷いてから、考えに浸り始めた。
私の横で、ノーラさんが興味深げに、私の持つ二枚の『原版』を覗き込んでいる。
「恐らく、可能。ちょっと実験しないとだけど」
「おお、さすがですね!」
「ふふ、私に魔術の領域でできないことは、あんまりないから、ね」
私の称賛の声に、得意げに胸を張るドミナス様、可愛い。
でも、でもね。
「ところで、ドミナス様」
「ん、何」
私の声に、不思議そうな顔で見上げてくる。
とても、間近の距離で、身体を捻りながら。
「何、じゃなくてですね。
なんで私の膝の上に座りながら会話してるんですか!?」
思わず、声を上げてしまった。
そう、ドミナス様は、椅子に座る私の膝の上に座って今までの会話をしていたのである。
ちなみに、ノーラさんは私の背中にくっついて、私の横から顔を出して会話を聞いていた。
つまり、幸せサンドイッチはまだ続いていたのである。
ああ……こうしているだけでも何かが削られていくぅ……。
「だって、ドロテアは一晩くっついてたんでしょ?
だったら、私もそれくらいくっつく」
「ええ……そ、それは確かにそうなんですけど……でもほら、加減ってものが」
「実験始める時は離れるから、お願い」
「あ、はい」
……思わず反射的に答えちゃったけどさぁ……仕方ない、よね?
膝の上でちょこんと座って、時折私に身体を預けてくる華奢な美少女が上目遣いにお願いしてくるんだよ?
即答で首を縦に振るしかできないじゃないか!
そして、そんな私の答えに、ドミナス様は満足げな顔で何度も頷いて見せてくる。
正直、抱きしめたいくらい可愛い。
「んっ……アーシャ、ちょっときつい……」
「え。あ、え、えええ!?」
いや、抱きしめていた。
ドミナス様の声に、慌てて腕を離す。
な、なんてこと……この私としたことが、一度ならず二度までもっ!!
ドミナス様の無自覚誘い受け、恐るべし……。
「ちょっとアーシャ先生、あたしをほっといてそれはないんじゃないの?」
と拗ねたような口調で言いながら、ノーラさんが抱き着く腕の力を強めてきた。
っていうか、押し付けてきた。
ゲルダさん系の張りが強いふくらみを。小柄な体にそぐわぬご立派なものを。
「い、いや、ほっといてるつもりはないんですけどね?
っていうか、ノーラさんがほっとかれないようにしてきてますよね?」
「んふふ、わかってくれるんだ?」
若干どぎまぎしている私の声に、ノーラさんは嬉しそうにしながら、ぐりぐり、胸を押し付けてくる。
やはり、わかっててやってるらしい。
まさか「あててんのよ」を自分で体験することになるとは、思いもしてなかったよ、正直!
「むぅ。ノーラもあの夜いたのに。不公平」
「や、あたしはほら、ドロテアさんに比べたら大人しくしてましたから?」
私とノーラさんのやり取りに、拗ねたようなドミナス様の声が割って入る。
だがそこはノーラさん、ケラケラと笑いながらあっさりと返してきた。
そう来るとは思ってなかったらしいドミナス様は、ちょっとびっくりしたような顔になる。
「それは、そう、みたいだけど……でもやっぱり、不公平」
「そりゃまぁ、結局はそうなんですけどね。
だったら、ドミナス様も今度工房に泊まりに来たらどうです?」
「待ってノーラさん、あそこの持ち主、一応私」
持ち主無視してお誘いかけるノーラさんに、一応ブレーキをかける。
いやまあ、いいんだけどね、ドミナス様だったら歓迎だし。
……その場合、さらなる地獄が待ってる気がするのだけれど。
だが、ノーラさんの誘いに飛びつくと思ってたドミナス様は、しばし沈黙して。
「そうしたいけど、難しい、かも」
と、ぽそり、つぶやいた。
予想外の言葉に、思わず私とノーラさんは顔を見合わせて。
それから、ドミナス様を改めて見る。
「えっと、難しいかも、って……お忙しいからですか?」
「そこは、なんとでもなるのだけど」
と、珍しく歯切れの悪い返答が返ってきた。
なんだ、どういうことなんだ?
しかし、考えたって答えが出るわけでもない。ならば、思い切って。
「ということは、他の理由があるんですか?
来られない理由……あれ? そういえばドミナス様って、どこに住んでるんですか?
もしかして魔術師寮じゃなくて、この部屋とか?」
なんで来れないんだろう、と考えた時に、ふと気になった。
よくよく見ればこの部屋は、寝室に続いていたり簡単なキッチンがついていたりで、一人暮らし程度なら十分できそうな環境だった。
そしてどうやら当たりだったらしく、ドミナス様は一瞬驚いたような顔になって……ちょっと、観念したような顔になった。
「正解。私は、王城のこの部屋に住んでる」
「なるほど、それで……いや、でも外泊許可くらい取れそうですけども??」
納得しかけたけど、でも、やっぱり不思議だ。
そんな私を、ドミナス様はじっと見つめて。小さく、ため息を吐いた。
「そこが、難しい。一応私、王族だから。
陛下の遠い親戚、程度だけど」
「なるほど。……ええええ!? そ、そうだったんですか!?」
ドミナス様の言葉に、納得して。
すぐに、大きな声を出してしまった。
いや、言われてみれば確かに、だから魔王様にあんな態度取れたのかとか、やたら予算使えるわけだとか、納得はするんだけど。
ちなみに、ゲルダさんがドミナス様を呼び捨てにしてるのは、幼馴染だからというのもあるけど、魔族の文化が大きいみたい。
個人主義的であり、王族であっても扱いは魔王様以外はほとんど変わらない、とか。
そんな私の声に、ドミナス様は困ったような顔をした。
「そうなの。だから、難しい。
私は魔術こそ陛下と同等に近いけど、身体の方はからきしだし」
ちょっとだけ、自嘲の色があったのは気のせいだろうか。
確かに華奢な見た目だし、その通りの筋力しかないみたいではある。
自分一人でいくらでも身を守れる魔王様と違って、ドミナス様は身の安全確保が必要になるのはわかる、のだけど。
……なんか、やだ。
そんな風にどこか諦めた風に言うのを、そのままにしておきたくない。
「なら、ドロテアさんやゲルダさんと一緒ならどうですか?」
「それなら、あるいは、だけど。
陛下の側近や上級騎士を、私が私用で使うのは、好ましくない。
……お願いしたら、陛下もドロテアもゲルダも、いいって言うだろうけど。
私が、公私混同を望まない」
そう言って首を横に振るドミナス様。
……珍しく饒舌だ。
うん、やっぱり、外出してみたいんじゃん。遊びに来たいんじゃん。
だけどしがらみがあって、できない理由を色々考えて抑え込んでるんじゃん。
なら、やるべきことは、一つ!
「だったら、丁度いいです。
今考えてるもの作って、ついでにドミナス様が外に行くお仕事、作っちゃおうじゃないですか」
私の言葉に、ドミナス様は目を見開き、ノーラさんは待ってましたとばかりに顔を輝かせる。
「え、でも、そんなこと……できる、の?」
「ドミナス様、そりゃぁ聞くだけ野暮ってもんです」
半信半疑なドミナス様の言葉に、ノーラさんが笑顔で答える。
そして、私に向かってウィンク一つ。
「アーシャ先生の言うことに間違いはない、だろ?」
そんなこと言われたら、私も笑顔でどーんと受け止めるしかないじゃないか!
「もっちろん!
でも、ノーラさんの力も必要ですからね!」
「任せといてよ、あたしの作るものに間違いはないからね!」
にっ、と不敵な笑顔を見せるノーラさん。
私も笑って返して、アイコンタクトからの、ハイタッチ。座ったままだけど。
そんな私たちのやり取りを、ドミナス様は呆気に取られたように眺めていて。
やっと飲み込めたのか、しばらくしてから、おずおずと口を開いた。
「本当に、できるなら……やってみたい」
その言葉が聞きたかった! なんて、ね。
でも、その言葉が私とノーラさんのやる気をさらに煽ったのは間違いない。
だから、二人してドミナス様に向かって手を差し出す。
「もっちろん、やりましょう!」
私の声に。差し出された手に。ちょっとだけ、迷って。
はにかんだ笑みを見せながら、ぱちん、と両手で私とノーラさんに、ハイタッチしてくれた。




