ある意味、暖かい日常
エルマさんに話を聞いてもらって、アドバイスをもらって、解決はしてないけど心の整理は付いた。
おかげで、その日の夜はまあ、ちゃんと眠れたと思う。
で、翌日は朝からいつもの通りに診察。
いつもの通り、にはしてた。基本的には。
ただ、脱水した薬草を渡してくる時とか、ちょっとした場面でキーラの手と私の手がやたらと触れ合ったのは気のせいじゃない。
その度に、キーラがちょっと頬を赤らめて。
「あ、ご、ごめん、ね……?」
とか上目遣いで言ってきたから。
ねえ、どう思います?
キーラが精いっぱい考えたアプローチがこれなんですよ、きっと。
可 愛 す ぎ か よ !?
もうね、なんかヤバい声出そうになったよ、何回も!
でもまさか、患者さんいる前でそんなことできるわけないじゃない?
もう、必死こいて色々我慢しながら、にっこり笑顔を作ってですね、答えるしかないじゃないですか。
「ううん、大丈夫だから、ね?」
と。……気のせいか、さらに顔が赤くなった気がするんだけど、なんでだろう。
ああ、後ね、食事休憩の時とか、今までは向い合せで座ってたんだけど、今日は隣に座ってきた。
「今日、こっちでも、いい……?」
「う、うん、もちろん大丈夫だよ」
とかいうやりとりがありつつ……。
でもね、隣なのにぴったりくっついたりとかはできなくて、ちょっと間空けてるのよ。
これが精いっぱいだとか、どんだけ可愛いのこの子!?
だめだ、まさかこんな奥ゆかしいアプローチの方が心にクるとは思わなかったよ!
おまけに、そういうアプローチしてくるのに仕事は仕事でちゃんとやってくれるんだからさ……ああもう、本当に良い子だなぁ。
ほんと、こんないい子に好意を向けられてるのが自分だなんて、信じられないんだけど。
「今日のご飯も、美味しい、ね……」
「そだね、さすがエルマさんとこのご飯だよね~」
「ふふ、それに、アーシャと一緒だから、かな……」
やめて、そんな可愛いことを、頬を赤らめながら言うのやめて。心臓が止まるかと思ったから。
はぁ……好意を向けてくれるのがキーラだけだったら、喜び勇んで受け入れるんだけどなぁ……。
そんな、楽しくも心臓に悪いランチを終えて、キーラは工場に、私は王城に。
あ、なんか韻踏んだ感じ? いや、それはどうでもいい。
今日は、前ちょっと考えついたことをドミナス様にお時間もらって相談しにきたんだ。
魔王様に謁見する時と違って、ドミナス様のお部屋にはほとんど顔パス状態。
印刷機の時に何度も通ったからねぇ……。
道順ももう、勝手知ったるものだし。ということで、さくさくとお部屋の前へ。
コンコン、とドアをノックしてから声を掛ける。
「ドミナス様、アーシャです。いらっしゃいますか?」
「ああ、開いてる。入って」
直ぐに、ドミナス様の簡潔な返答が返ってきた。
ありがとうございます、と返事をしてから、ドアを開ける、と。
目の前にドミナス様がいた。
「うわっと、ど、どうしたんですか、ドミナス様」
「ん、待ってた」
短く言うなり、ぽふっと。
そう、ぽふっという感じで、私に抱き着いてきた。
私は決して背は高くないのだけど、ドミナス様はその私よりもさらに頭半分ほど小さい。
そんなドミナス様が抱き着いてくると、首筋というか胸元というかに顔を埋める格好になる。
なんて解説している場合じゃない。
「ちょっ、ド、ドミナス様!? いきなり、どうしたんですか!?」
「……イヤ?」
「や、イヤってことは絶対ないですけど、い、一体……」
私の答えに、ドミナス様は安心したような顔で見上げてきた。
……この距離でこの身長差で見上げられると、こう……やばいものがあるね!?
そんな私の動揺を知ってか知らずか、ドミナス様はちょっと拗ねたような顔になり。
「ドロテアから聞いた。皆ばっかりズルい」
「え、き、聞いたんですか!?」
なんで口を滑らせたドロテアさん!!!
いや違う、ドロテアさんに限ってうっかり口を滑らせるなんてありえない。
何か狙いがあるはずだ……なんだ、一体何が狙いなの!?
そんな私の内心の動揺なんてお構いなしに、ドミナス様は私の胸元にすりすりと頬を擦りつけてくる。
く、くすぐったい、けど……ちくせう、抵抗しがたい何かもあるぅぅ!
私が無抵抗なのをいいことに、ドミナス様はたっぷり5分くらいそうやってすりすりしていた。
一しきり満足したのか、ほふぅ、と吐息を零す。
「うん。実に、いい」
「え、あ、はい、恐縮です……?」
よく、わからない、けど。
ドミナス様が満足したのなら、いいのかな?
っていうか……あれ、おっかしいな、いつの間にドミナス様も……??
いや待って、ほんとにいつの間に!?
直接会ってからそんなに経って……あ、色々一緒にやってましたね、一月とかそこら。
で、でも、ほんとに私達、普通に物づくりしてただけなのに……。
とか、ドミナス様を受け入れつつ困惑していると。
ぽふん、と背中に軽い衝撃を感じた。
ぶつかってきたのは、私よりももうちょっと小柄、ドミナス様と同じくらいの身長の人。
そして鼻をくすぐる、石鹸と機械油の混じった、不思議で、でも嫌じゃない匂い。
「もしかして、ノーラさん、ですか?」
「おっと……へへっ、嬉しいねぇ、当ててくれるだなんて」
そう言いながら、ノーラさんはそのまま私の腰に腕を回し、抱きついてくる。
や、ちょ、ちょっと、さすがにおへそ辺りを手でさわさわするのは、ちょっとどうかと思うんだけど!?
っていうか、確かにここで待ち合わせて話し合おうとしてたけど、いつの間に……と考えたところで気がついた。
ドアを開けたところでいきなりドミナス様に抱き着かれたから、廊下から丸見えなんだよ、これ!
だから、背後からノーラさんは来れたし……多分、お城の人にも見られちゃってるんじゃないだろうか。
「……むぅ」
そんな私とノーラさんを見ていたドミナス様はまたちょっと頬を膨らませ、ぎゅっと抱き着いてくる。
あ、腕ほっそい。そんな腕で一生懸命抱き着いてくる姿は、正直愛らしい。
「んふふ」
なんか背後で笑みをこぼしたノーラさんも、負けじと抱きしめる腕の力を強めてくる。
力強くありつつ、苦しくないよう繊細に力加減をしている、ノーラさんらしい抱擁の仕方。
って、ハグソムリエか私は!
そもそも、二人の抱擁を味わってる場合じゃないんだってば!
「や、ちょ、ちょっと二人とも一旦離れましょう!?
ここ、人目がありますから!」
そう必死に訴えるけども、二人は聞いてくれない。
結局、たっぷり5分以上はそうやって二人に挟まれてたのだった。
……それ自体はすっごく幸せだったけど、けど……また何か、私は大事なものを失った気がする……。




