悪夢のような一夜が明けて
「うぁ……あったたた……」
うめき声を上げながら、私は目を覚ました。
目を開ければ、この島に来てから何度も寝起きして、すっかり見慣れた天井。
そして、鼻をくすぐる慣れているけど慣れない匂い。
何より、慣れない感触。
「え、何この、柔らかい、の……。
んぅ……暑い」
柔らかいだけではない。暖かい。
なんとも心落ち着く柔らかさと温度、心臓の鼓動。
……鼓動?
「ひ、ひぇっ」
私は、悲鳴を上げそうになるのを堪えた。
そう、私の頭は、がっしりとホールドされている。
ドロテアさんの胸元で。
あれだ、お風呂で拝見させていただいたご立派なものが、私の頭部を包み込んでいたんだ。
いや、服は着てるから、素肌ではないんだけど。
そして、暑いはずである。
私の右腕にはキーラがしがみつき、左腕の側でノーラさんが丸まっている。
二人とも、とても可愛い。
いや、そうではなく。
「な、なんで、どうしてこうなった……?」
私は、痛む頭に苦しみながらも、なんとか思考を纏めようとする。
昨夜は、エルマさんのお店で晩御飯を食べようとしていた。
ところが、開始早々人外酒飲みバトルが始まってしまう。
それに参戦しようとするキーラの無謀な挑戦を引き留めながら、ゲルダさんとノーラさん、ドロテアさんの凄まじい飲み比べに圧倒されて……。
ああ、私もキーラも、釣られて普段より飲んじゃったよ……思い出してきたよ……この頭痛はそれか……。
で、いつまでも飲み続ける三人をいい加減持て余したのか、エルマさんに閉店だからと叩き出されて……。
……あれ? なんか、ゲルダさんが樽を担いでるイメージが頭をよぎるぞ……??
飲み直し? 工房なら部屋がたくさんある?
……何がどうしてこうなったか、すごくよくわかる単語が蘇ってくるぞ……?
「あれ、だったらゲルダさんは……?」
そういえば、別れの挨拶をした記憶がない。
どこにいるんだろうと、皆を起こさないように首だけを動かす。
……むにゅんむにゅんと柔らかい感触。
『ん……』なんて悩ましくも色っぽいドロテアさんの吐息。
ほんとは起きてるんじゃないか? と疑ってしまうくらい、こう……エロい。
それはともかく、探せばすぐにゲルダさんの姿は見つかった。
私の足元近く。床に膝をつき、ベッドに身を乗り出した格好で。
あれだ、机に突っ伏して寝ているような、そんな格好。
角度的に、私の足にすり寄っているようにも見えて、こう……。
いやまて、違うから、これは違うから!
「あ~……そう言えば、言ってたなぁ……」
ゲルダさんのように背中に翼を持つ人たちは、当然ベッドに普通に寝転がることはできない。
うつ伏せだったら寝ることはできるが、寝返りを打つと翼を傷めてしまうこともあるとか。
だから普段は、『止まり木』と呼ばれる、突っ伏して寝られる寝台を使っているんだそうな。
そういえば、今の体勢みたいな格好をして説明してくれてた。
……もうすでに、そんな話をしながらこの寝室にいたわけだ。
あ~……よくよく嗅いだらアルコールの匂いがするし、目の端に酒樽が見えるぞぉ……。
「いやまあ、いいんだけどさ……」
私は、小さくため息を吐く。
今日は休診日で、寝過ごしても問題ないのだから。
そう、実はついこないだから、休診日を設けていたんだ。
きっかけは、何かの報告でお城に言った時のこと。
「アーシャ、お疲れ様です。
いつも忙しそうにしていますが、ちゃんと休みは取っていますか?」
と聞かれて……あ、強張ったドロテアさんの顔がフラッシュバックした。
うん、確かその時、ついうっかり、休日なんて一度も取ってないことを漏らしてしまったんだ。
なんせ私の住んでた山村では毎日働くのが当たり前。
その習慣と、こっちにきてからの忙しさもあって、ついつい毎日……。
そこからすぐに魔王様に話がいったらしく、呼び出されて。
「アーシャ、これは提案ではない、命令じゃ。
少なくとも週に一度休みの日を決め、その日は決して薬師絡みの業務を行わぬこと。
よいな、これは妾の名において命じることじゃ。
そなたならば、この意味はわかるであろう?」
と、かなり真剣な表情で言われてしまったんだよね……。
そこまで心配されて、さすがの私もいやとはいえなかった。
ということで、最初のお休みを取ったのが先週。
……不覚にも、昼過ぎまで寝てしまったのは……うん、やっぱり疲れてたんだな、と思う。
で、一日休んでまた一週間働いて、今日は休みの日。
休みの前日だから、こうしてみんなで集まって飲んだっていうところはある。
だからドロテアさんの『埋め合わせ』にも行ったんだし。
……そこまで考えて気が付いたんだけど……まさかこれ、ドロテアさんの計画通り……?
ドロテアさんの報告から、私の休日が決まった。
そして、最初の休日は本当にただのお休み。
この日をドロテアさんが占有したら、そのために休日を取らせるようにしたのか、と怪しまれるだろう。
魔王様はいいぞもっとやれとか言い出しそうだけど。
ともあれ、二回目のお休みの時であれば、計画的犯行と思われる可能性は減る。
あくまでも私の想像でしかないのだけど……。
こうして、とても満足そうに私を抱え込んでいる姿を見れば、そう邪推したくもなろうというもの。
でも、それを追及したくは、なくなってしまう。
「うう……これが、極楽気分ってやつ……?」
そう。ドロテアさんに抱え込まれた頭の感触と、触れ合う肌の熱と柔らかさはとても気持ちがいい。
キーラにしがみつかれている腕には、やっぱりご立派なそれが押し付けられ、とても気持ちがいい。
ノーラさんの体温も、普段キリっとしてるゲルダさんがこうして無防備な寝姿を見せているのも、表現しがたい満足感を覚えてしまう。
同時に、完全に泥沼にはまってしまったことも、自覚しちゃうけど……。
碌に動くこともできない状況で、私や、キーラ達の様子を確認する。
全員薄着ではあるものの、何某かの衣服は身に着けていた。
記憶でも、身体の感じでも、そーゆーことをした形跡はない。
一応、最後の一線は越えてない。
でもなぁ……カウントダウンは始まっている、ということも嫌という程わかる。
「なんでだ、どうしてこうなった……」
そうぼやかざるをえない。
今までの自分の行いを振り返っても……ちょ、ちょっと親切にしすぎてたかな……?
とか、思わなくもないけど。
かといって、やらない方が良かったかと言われたら、そんなことも当然言えず。
なるべくしてなった、と言えなくもない。
「あはは……どうしよっかなぁ~……」
皆を起こさないように気を付けながら、乾いた笑いを零すしかできなかった。




