繋がっていく先
そこからの変化は、本当に目まぐるしかった。
「はい、これ、書いてください、後で受け取りに来ますから」
と、キーラが待っている人にどんどんクリップボードに張り付けられた問診票を配っていく。
ちなみに、ノーラさん達にこういうボード欲しいってお願いしたら、一日で30個とか作ってくれた。
どんな生産力なの、ほんと……。金具の部分とかバネの部分とか、そんな楽じゃないと思うのだけど……。
「アーシャ先生の頼みとあっちゃね!」
と、とてもいい笑顔で言ってくれたのが嬉しかった。
でも、それだけでは終わらなくて。
「でも、頑張ったんだから何かご褒美が欲しいねぇ」
とか言われちゃってね?
何が良いかって色々聞いた結果……頭を撫でて欲しいってことになった。
わしゃわしゃと頭を撫でて上げてる時のノーラさんは、すっごく嬉しそうな笑顔だった。
「んふふ、いいねぇ、こういうのも」
とかで、満足はしてもらえたみたい。
これくらいで喜んでもらえるのは嬉しいんだけど……なんかこう、どんどん深みにはまっていっている気がする。
ともあれ。ノーラさんの手助けもあり、問診票はかなりの効果を発揮してくれた。
何しろ、待っている人達の待ち時間で書いてもらえる。
うん、書いてもらえるっていうのが凄くありがたい。
改めて、魔王様とグレース様のやってたことの凄さを感じるなぁ……少なくとも、私の住んでた村だとこうはいかない。
おかげで、知りたい情報がある程度纏まった状態で私のところに来るから、診察時間も大幅に短縮できる。
キーラだって、薬草の脱水だとかそっち方面に割ける時間が増えたわけだから。
「……この問診票使うようになってから、すごく楽……」
「だよねぇ、私も患者さんと話しやすくなったし、回転も速くなったし」
と、前よりも落ち着いて摂れるようになったランチタイムで二人、しみじみと言い合ったりしてる。
それから、お知らせの配布も本格的に始まった。
これがいかに重要な役割であるかを魔王様から直接説かれたフェザーフォルク達の士気は高く、誇りに満ちた顔で毎日王都の空を飛び交っている。
ちなみに、やっぱり結局、取りまとめ役としてゲルダさんが抜擢された。
「なんだか不思議なものだな。私にできることなど、誰かを守るために戦うことだけだと思っていた。
それが、石鹸を作れたり、今こうして、王都で行き交う情報を支える役割を与えられている。
私にこんなことができるだなんて、アーシャ、あなたが来るまで考えたこともなかった」
と、こないだエルマさんのお店で一緒に晩御飯を食べている時に言われたんだけど……ちょっとでもゲルダさんの可能性を広げる役に立てたなら嬉しいな。
私に、最初に希望を見せてくれたのは、ゲルダさんだから。
ちょっとでもお返しできているなら、こんなに嬉しいことはない。
「ただ、このお役目を受けるにあたって、一つ条件は出した」
「え、そうなんですか? 一体どんな条件を?」
実直なゲルダさんには珍しいな、と思ってそう尋ねると、ゲルダさんはちょっと悪戯な笑みを浮かべて。
「うん、アーシャ、あなたに長距離移動の必要が生じた場合、そちらを優先してよいという条件で」
「え。あ、はい、それは、ありがとう、ございます……?」
私は、そんな風に答えるしかできなかった。
もう一歩深みにはまったような気がしたのは、錯覚であって欲しい。
「そう言えば、フェザーフォルク達だけだと込み入った場所だとか魔術師寮のような集合住宅だと配りにくいということが判明してね」
「あ、確かに言われてみれば……」
フェザーフォルクは、背中に大きな翼が生えている。
それは開けた場所であれば全く問題はないのだが、込み入った場所だと邪魔になる、どころではない。
下手をすれば翼が傷ついてしまい、彼女らの生活に大きな支障が出てしまうのだ。
「だったら、地上を走るのが得意な人達に任せるとか。グラスランナーの方とか得意そうじゃないです?」
「ふむ。なるほど、配布拠点を作って一度そこに運び、そこから先は歩きで、とすれば上手く回りそうだな」
私の提案に、ゲルダさんは頷いてくれた。
そして、その後すぐに魔王様に提言し、許可がおりたらしい。
数日後、薬草を届けに来てくれたナスティさんがその話に触れてきた。
「ということで、うちらに話が回ってきましてなぁ。
仲間内も乗り気でしたさかい、お受けすることにしたんですわ」
「あ、あの話本格的に動き出したんですね。
ナスティさん達だったら街中にも詳しいでしょうし、ゲルダさんも心強いと思いますよ」
「……ええ、それにうちらは体もこまくて、あちこち行けますさかい」
と、にっこり笑ったナスティさんだったけど、一瞬口ごもったのはなんだったんだろう。
その晩、ご飯食べてる時にふと思い出したんでエルマさんに聞いてみたら。
「ああ、そりゃあれかもねぇ。ほら、グラスランナーは手癖が悪いって悪評もあるだろ?
なのにアーシャってば、ちらっともそんなこと考えずに、あの子らなら向いてるとか言ったもんだからさ」
「……あ~……な、なるほど……」
そうか、あれは照れていたのか。もしくは呆気に取られていたのか。
本人に聞いても本当のことは教えてくれないだろうけども。
もしも、それで嬉しいと思ってくれたのならいいな、って思う。
それらが動き出してしばらくすると、効果は覿面に現れ始めた。
特に、高齢の方にはありがたいみたい。
「あたしは脚が悪いから、中々掲示板に見に行けなくてねぇ。
おかげで見落としがないから助かりますよ」
と、こないだ診察に来ていたおばあちゃんが言っていた。
他にも、忙しくて見に行けない人なんかにも情報が行き渡るようになったみたいで、これは大きな改善と言っていい。
高齢者と言えば、住民情報台帳の制作の件だけど、基本的には役所に来て本人に書いてもらうようにお願いして、脚の悪い高齢者の方の分だけ魔王様が打ち出すことに結局なった。
この辺りの通達を配布物でできるようになったのはやっぱり大きいんだなぁ、と実感。
魔王様も、人数絞ったうえに、そういう事情とあってか、めちゃくちゃ気合入れて打ち出している。
なんか、すっごく早くに打ち出し終わってしまいそうだなぁ……。
そうそうそれから、私も配布物を作らせてもらったりしている。
手洗いうがいの意味、やり方なんかをこう、イラストにしてみたりしてね。
その絵を見た魔王様なんかは……。
「のぉ、アーシャや。そなたの絵、妙にこなれておるというか……描き慣れておるのぉ。
これもあれかえ、学校の、美術とやらのおかげかえ」
「え、あ、え~っと、はい、そうですよー」
と、随分興味深そうにしげしげと見ていたので、そう誤魔化しておいた。
……ほら、人間誰しも黒歴史ってあるじゃない?
多分さ、オタクな人なら一回はイラスト描こうとしてみたりするもんじゃない?
まさかそんなことを解説するわけにもいかないから、その場は誤魔化したんだけどさ。
ちなみにそのイラスト自体は「わかりやすい」と好評だったみたいで、手洗いをちゃんとする人が増えたみたいだ。
おかげで食中毒だとか風邪で来る患者さんが大分減ったような気がする。
この辺りはもう少し数字が集まってから判断しないとだけど。
もう少ししたら、熱中症対策に水分補給の大切さを書いた配布物を作ろうと思う。
それで、ちょっとでも体調を崩す人が減ったらいいな。
「最近、患者さんの数減ってきた気がする、ね……」
「そうだねぇ、いいことだよ。
薬師なんて暇なのが一番なんだからさ」
笑って返す私に、キーラはちょっとだけ驚いたような顔になって。
それから、笑顔を返してくれた。
「そう、だね。私、アーシャのそういうところ、いいなって思う」
「あはは、そう、かな?」
そう言いながら、患者さんが一段落した工房で、一息入れようとキーラの作ってくれたレモン水を口にした。
いつもより美味しく感じたのは……気のせいじゃないかもね?




