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言の葉が繋ぐもの

「はぁ……とんでもないことになってもうたわい。

 まあ、それはそれでやるとしてじゃな。

 アーシャや、一つは、と言うておったが、ということは他にもあるのかえ?」


 おお、さすが魔王様、あの状況でもちゃんと覚えてくださっていた。

 最近すっかり愉快なことになっちゃってるけど、やっぱり優秀な王様なんだな、と思う。


「さすが陛下、ありがとうございます。

 実は、印刷できるようになれば、やりたかったことがありまして。

 手洗いのやり方や意味などを、印刷したもので配布したかったのです」


 正直なところ、これが最大の狙いだったのだ。

 お風呂の普及により、この街の清潔さは一気に上がった。

 でも、それでもまだ、十分とは言えない。

 特に、あれこれ色んなものを触る手は、どれだけ洗っても洗いすぎということはない。

 いや、ちょっと言いすぎたけど、でも、感覚としてはそんなものだ。

 

 だから、一度きちんと周知したかったんだよね。

 残念なことに、多分今後もこの島の住民は増える。その彼女らに効率よく教えていくためにも。


「なるほど、確かにそう言ったものがあれば意味もわかりやすく、実際にどうすればいいかも伝わりやすいというわけじゃな」

「左様でございます」


 正直、石鹸はかなりの勢いで普及している。

 やっぱり、一度綺麗な服や髪の良さを知ってしまえば、人間それを維持しようとするものらしい。

 使うことが良いこと、と認識してもらえてる今なら、手洗いの意義も伝わりやすいと思うんだ。


「また、季節ごとに健康維持の面で気を付けてもらいたいことが細々とありまして。

 それを、定期的に発信していけたらな、と思っていました」

「そこに今回のこれは、うってつけというわけじゃな」


 直近で言えば、夏場の水分補給だ。

 出て行く汗の分、水分を補給しないと最悪熱中症になってしまう。


「特にノーラさんみたいな火の側で仕事してる人は、ちゃんと水分補給しないとだめなんですからね?」

「そうだったのかい。あたしは今まで夏場も平気だったけどねぇ」

「な、なるほど……じゃあ、他のドワーフさんで夏場体調を崩した方は?」

「……言われてみれば、確かにいたねぇ、それなりの数」


 そ、そっか、ノーラさんの体力と生命力もチートだったってことかな?

 でも、流石に普通のドワーフさんは常識の範囲内だったみたい。

 となれば、ドワーフさん向けの内容を書いてもいいかもしれないなぁ。

 それはそれとして、注意はしておかないとなので。


「ノーラさんも、今迄平気だったからって、無茶はだめですよ?」

「アーシャ先生に心配はかけたくないし、仕方ないねぇ。

 他のドワーフ達のことも気にかけておくよ」


 と、約束してくれた。ノーラさんだったら、きっとちゃんと守ってくれるだろう。


 夏場は他にも注意事項があるけど、冬は冬で、いかに身体を温めるかが重要。

 首手首足首、五つの首を守れと言ってたのは誰だったかな?

 実際、首と手首、足首の保温は効果が高いんだよね。他にも、太い血管が走ってるところは全般的に。

 そういった知識を配信していきたいんだ。


「なるほどのぉ。確かにそれは有効そうじゃ」

「陛下、それにお知らせというのならば」

「うむ、国からの知らせを、紙で配布するという手段があるの」


 ほんと、このお二人は凄いよなぁ……これだけの情報で、そういうところに辿り着くんだから。

 現代日本でも、官報だとか自治体からのお知らせというものは配布されていた。

 手元に残る形で、様々な公的情報が配布される、ということの意義は、きっと大きい。

 特に、この世界だと……知らないから知らないうちに損していた、ということはあると思うんだ。

 それを少しでも減らせたら。情報は、力だと思うから。


「国土全体に配布するとなれば、工夫がいるじゃろうが……フェザーフォルク達にやらせるのが一番かの」

「ハルピュイア達は手がないですからね……ああ、各都市に配布拠点を作って、そこまで彼女達数人に配布物が入った箱を運ばせるならいいかも知れません」

「取りまとめる責任者も要るのぉ……ゲルダあたりに任せるか」


 魔王様とグレース様の意見交換は止まらない。

 知らないところでお仕事増えそうなゲルダさん、止められなくてごめんね……。


 それはともかく。なんだろう、こういうポジティブというか、創造していく企画力とでも言うべきものが、このお二人は優れているんだろうな。

 こうできる、こうしたいっていうビジョンを持って、かつ実行可能なレベルにまで落とし込める。

 きっと、上に立つ人に必要な素養ってこういうものなんだろう。


「お知らせに載せる情報も考えないといけませんね。民に必要な情報はどんなものか……精査しなければ」

「うむ、為すべき義務とその期限についても載せたいところではあるが、それ以上に、得する情報を載せねばなるまい。

 そうでなければ、読む気など起こらぬであろうから」


 こういうところに気が回るのも、凄いなぁ……お上の都合だけでなく、それをどうしたら読んでもらえるか……受け手側のことも考えられるって。

 往々にして、受け手側と発信側の都合はズレるものなのに。


「例えばあれじゃ、グレースを讃える詩や、妾のグレースへの思いを綴った言葉はどうじゃろうか」

「陛下。惚気話は自重してくださいと何度も申しましたよね?

 控えるどころか全国民向けに発信するとはどういう了見ですか」


 た、たまにこういうことを言うのもご愛敬、だよね? きっと。

 そこから延々とグレース様のお説教が始まり、魔王様は平謝り。

 でも最後にグレース様は。


「その言葉は、夜二人きりの時に聞かせてください」


 とか言っちゃうんだよね……とっても、可愛らしい笑顔で。

 もうね、傍で見ていた側としては、ご馳走様ですとしか言いようがない。

 ていうかもしかしてこれ、痴話喧嘩を目の前でされてただけ?

 いや、だけ、じゃないけど、でも……いやまあ、いいんですけどね?


 とか思っているところに、グレース様が小さい笑みをこぼしながら。


「しかし、色々なことが一気に動き出すのでしたら、目まぐるしくもありますね。

 充実していますから、望ましくはあるのですが」

「よいではないかえ、妾らが忙しくなる代わりに、国民の生活が向上するのじゃから」

「ふふ、それもそうですね」


 若干戸惑い気味なグレース様と、不敵な魔王様。お二人とも、楽しそうではあるんだけど。

 やり取りを聞いてて、あれ? と思った。

 もしかして、気付いてないのかな?


「あの、陛下、グレース様、発言してもよろしいでしょうか」

「うん、なんじゃ?」


 魔王様に促され、発言を続ける。


「では、恐れながら申し上げます。

 こうして一気に話が広がっておりますのは、ひとえにお二人がこれまで、国民に対して文字が読めるようにと教育してくださっていた賜物でございます。

 なにしろ、文字を読める国民が少なければ、配布物を作っても効果は薄いわけですから」


 そう、これらの施策は、皆がある程度以上文字が読める、っていう前提で企画されている。

 読める人が少なかったら、結局誰かが読み上げるとかしてあげないといけないわけだから、これらの施策は成立しない。

 

「お二人が根気強く蒔かれていた種が、今芽生えたということですよ、きっと」


 もう一言付け加えると、魔王様とグレース様は息を飲んだ。

 それから、グレース様は口元を押さえ、俯く。そんなグレース様を魔王様は抱き寄せ、肩をさすってあげていた。

 

 きっと、私には想像もつかない程の苦労や葛藤だとかいったものがあったんだろうな。

 それらが一つの結果が出て報われた、と思えば、感極まっても仕方ないところだろう。

 横で見てるドロテアさんも、もらい泣きしちゃってるし、ノーラさんやドミナス様だって感慨深げだ。

 ……あ、いけない、私までほろっときちゃったじゃないか。


 お二人を見つめていた私に、ドロテアさんが不意に視線を向けてきた。

 

「アーシャ、そういうところですよ、あなたは」

「え、こ、こういうところ??」


 ドロテアさんからは、ちょっと窘めるような口調で言われたけど……え、私、そんな言われるようなこと言ったかな……??


 ともかく。ここから、この国で行き交う情報が、爆発的に増えていくことになった。

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